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黒鵜姉妹の異世界キャンプ飯 ~腹ペコ転生姉妹~  作者: 迷井豆腐
第五章 ヘカトンアヒージョ
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第73話 温泉

 涙でずぶ濡れになってしまったセシルを着替えさせる為に、美味達が利用している宿へとやって来た一行。白い湯気と独特の香りが漂うこの場所に、セシルとエボンは物珍しそうに辺りを見回す。


「これが王都の宿ですか。この湯気といい香りといい、変わった雰囲気の場所ですね」

「私もこんな宿があるなんて、初めて知ったよ。と言うか、絶対お高い宿だよね、ここ……?」

「まあ、王都唯一の温泉付き宿ですからね。お値段もそれ相応です」


 ここへやって来た最大の目的、それは宿の温泉を皆で堪能する事であった。セシルが綺麗になって着替えもでき、更には親交を深める良い機会になると、美味がそう提案したのだ。


「や、やっぱり…… あの、セシルさんのお財布、正直そこまで暖かくはないと言いますか……」

「そこは安心してくれ。元はと言えば、私のメイドであるエボンがしでかしたのが原因―――」

「―――今、私のエボンと言いましたか!? イータ様の口から、そんな言葉が!?」

「はいはい、エボンさんは少し黙っていましょうね」

「ンーーー! ンンーーー!」


 再び感極まりそうになったエボンを、見事な手際で取り押さえる甘露と美味。流石のエボンも黒鵜姉妹が相手では、手も足も出ないようだ。


「ハッハッハ、エボンはやはり相変わらずだな! っと、すまない、話を戻そう」

「ハ、ハァ……」

「エボンが事の発端ならば、主であるこの私が代金を立て替えるのは自然の摂理! つまりは大自然主義! セシルは何も気にする事なく、存分に湯につかってくれ! ああ、浴衣と言う着替えもあるから、その点も安心だな!」

「いやいや、やっぱり悪いですって! 流石にそこまでして頂く訳には―――」

「―――まあまあまあ! 冒険者たるもの、謝礼は素直に受け取っておくべきだぞ! さあさあさあ!」

「ああ、ちょっとーーー!?」


 有無を言わせず、早々にセシルを宿の奥へと連れて行ってしまうイータ。美味と甘露もそれに続き、エボンをえっさほいさと運ぶのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 温泉、それは安らぎの究極の形の一つ。肩まで湯につかり、ホッと心と体を休める。ただそれだけの事で、人はひと時の安寧を手に入れる事ができるのだ。宿の露天の岩風呂はにごり湯となっており、真っ白な水面が広がっている。そのような光景はこの世界では大変に珍しく、初めてこの湯を目にした者は、大抵が驚き警戒心を示すものだが―――


「はえ~、極楽極楽…… お姉ちゃんはやんわりと蕩けてしまいそうだよ~…… そう、それはまるで、上等なジュレのように~……」

「たとえが独特過ぎますね。まあ、気持ちは概ね同意しますが」


 ―――前世が純日本人な美味と甘露からすれば、何ら警戒するに値しない、むしろご褒美の要素でしかない。初めて宿を利用した時から、二人には躊躇も迷いも存在していなかった。


「ああ、温泉とは良いものだ…… 私はまた、新たな自然の神秘を知ってしまった…… ビバ、大自然……」


 この世界の者においても、このイータのように躊躇なく温泉を堪能する例が、極稀にではあるがあったりする。イータの場合は理性と言うよりも、本能的に最初から受け入れ態勢が整っていたのだろう。仮にこの温泉がマグマだったとしても、そういうものだと美味達に言われれば、受けれてしまいそうである。


「え、ええっ? このお湯に入るの? あまり嗅いだ事のない匂いがするけど、毒とかじゃないんだよね……?」

「私もこういった湯を目にするのは初めてですね。ですが、イータ様は問題なく入浴されています。ならば従者たる私は主を信じ、行動するのみ…… イータ様、お隣に失礼致しましゅッ!」


 ダバァン! と、凄まじい勢いで温泉へと突貫するエボン。


「こらっ、エボン! 湯に飛び込むメイドがどこにいる!」

「しゅみばぜぇぇん……」


 当然これはマナー違反である為、イータよりこってりと叱られるのであった。叱られる最中、エボンの鼻からは赤い何かが出ていたようにも見えたが、恐らくは気のせいだろう。そう、きっと気のせいなのだ。


「セシルさん、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ~。毒なんて入ってしませんから~。あ、むしろ薬かな? メディック?」

「その英単語、惜しいですが意味は違いますからね?」

「えへっ、甘露ちゃんに指摘されちゃった。まあ、それくらいに極楽浄土って事で! さあ、セシルさんも!」

「う、うん」


 美味に後押しされ、セシルがゆっくりと湯に入り始める。


「ふあ……」


 湯につかったセシルの口からは、結果として何とも言えない安らぎの声が出ていた。この世界において、風呂という文化はそれほど広まっておらず、馴染み深いのは貴族などの富裕層のみとなっている。当然、シャワーなんて便利なものもない。精々が泉での水浴びしか経験のなかったセシルにとって、温泉という抗い難い快楽は、文字通り彼女に抗える代物ではなかった。隣に居る美味と同じく、一瞬でジュレの如く蕩けてしまう。


「あ、あうあ……」


 開けっ放しとなった口からは、無意識に言葉にもならない言葉が漏れ出す始末だ。セシルはすっかり温泉の魅力に引き込まれ、自我を喪失してしまっている。


「フフッ、堪能してる堪能してるぅ~。甘露ちゃん、セシルさんにも気に入ってもらえて良かったね! 何よりも良い事をした後は、ご飯が美味しい!」

「それはそうなのですが…… これは堪能のし過ぎで、ちょっと心配なくらいですね。セシルさん、意識はありますか? 私の右手、何本指を立てているか見えます?」

「えへ、えへへ…… 十本……?」

「あー、駄目みたいですね。セシルさん、まずは半身浴から慣らしていきましょう」


 セシルを温泉に慣らしたり、潜水しようとするイータを止めたり、鼻血を爆発させる寸前のエボンを落ち着かせたり――― 入浴中、甘露は大活躍であった。そんな彼女の功績もあって、五人の入浴は漸く落ち着きを取り戻したようだ。


「「「はへー……」」」

「ご、ごめん、とんだ迷惑を掛けてしまったようで……」

「気になさらないでください。初温泉となれば、誰だってそうなりますから。イータさんとエボンさんの奇行に比べれば、全然納得のいく理由でしたし」

「あはは……」


 そんなフォローまで言われ、セシルは感謝してもし切れない様子だ。ともあれ、温泉の中で五人仲良く横に並び、夕焼け空を見上げる。


(綺麗だなぁ)


 心地よい湯の音を耳にしながら、セシルは不意にそう思った。彼女にとって見慣れている筈の空だが、今見るこの景色は不思議といつも以上に美しく感じられた。心がリラックスすると、ここまで心境に変化が起こるものなのかと、改めて驚かされる。それから、空から視線を下に落としたセシルは―――


(……やっぱりでかいなぁ)


 ―――隣でジュレになっている美味のとある場所を、冷静な心で凝視した。特に意味のある行動ではない。ただ何となく、本当に何となく、改めて確認したくなったのだ。


(私もそれなりにある筈なんだけど、ミミさんには絶対に太刀打ちできないよねぇ…… カンロさんも歳の割に案外…… イータさんは形がすっごく綺麗だし…… あ、でも……)


 エボンの方へと視線を向けるセシル。


「ふう、後で残り湯を保管しておきませんと……」


 何か聞いてはいけない言葉を耳にした気がしたが、それはそれとして凝視するセシル。


(エボンさんには色々な面で勝てないと思っていたけど…… ここの大きさだけは、うん、ここだけは……!)


 セシルは湯の中で小さくガッツポーズを決め、今日一番の自信を得るのであった。

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