第54話 鉄血制裁
「コォケェェェェーーー!」
突如として上空に出現した二体目のフラムマガッルス。見るからに怒気に塗れたその様子は、体中から発せられる炎の激しさにも如実に表れていた。先ほど倒した個体以上に燃え盛っている。
「つ、番だと!? あれだけの怪物が、まだ居たと言うのか!?」
「運が良いのか悪いのか、見ての通り居たようだ。ミミ、カンロ、どうする? 見方によっては食材が二倍になったようなものだが…… 行けるかい?」
「きゅー……」
「……いえ、無理ですね。最初から『理武』で飛ばしていたのもあって、これ以上美味ねえの戦闘継続は不可能です。かと言って、戦闘力において格段に劣る私が勝てる相手でもありません。取るべきは逃げの一手、です」
ポーチから大量の小袋を取り出したながら、甘露が苦々しくそんな言葉を口にする。
(今取り出したのは…… 逃走補助用のアイテムかねぇ? まあ、冒険者として真っ当な判断だ。食材を諦める事自体はかなり不本意のようだが、引き際はよく弁えている)
ふと、エスタが抱えていたイータを地面に降ろす。
「むっ、エスタ殿?」
「イータ、あれだけ元気に観戦していたんだ。エネルギーの切れたミミの世話くらいはできるだろう?」
「それはまあ、大丈夫だが…… 何をする気だ?」
「今日は色々と良いもんを見せてもらったからねぇ。そのお礼って訳じゃないけ――― あ、いや、あのフラムマガッルスは私が相手するよ。アレは私の獲物だ」
「えっ? ……あの、良いんですか?」
「良いも悪いもない。装備を作る素材として、丁度あいつの羽が不足していたところなんだ。そんな時に偶然たまたま、二体目のフラムマガッルスが現れた。なら、ここで逃げるのはもったいないだろう? これは依頼とは全く関係のない、私の個人的な趣味の話さ。分かったかい? 分かったな?」
「……はい、了解しました」
「よろしい」
エスタは右手の駆動を確認するかのように、何度か拳を握る動作を繰り返す。しかしながらその間にも、上空のフラムマガッルスは臨戦態勢を整えていた。獲物を捕捉し突貫する、あの猛撃の構えである。
「コッコッコ……!」
「なるほど、一体目とは違い様子見もなしのようだ。では、こちらも遠慮なく動くとしよう」
エスタがそんな言葉を口にした次の瞬間、ボウッ! と、何かが爆発したような爆音が轟いた。次いで周囲に波及したのは、小さな子供くらいなら軽く吹き飛ばしてしまいそうなほどの強風。甘露とイータは腹ペコ状態の美味を支え、これに何とか堪える。
「クッ! こ、今度は一体なんだ……!?」
「イータさん、上です、上」
「上、だと? ……あっ!」
炎渦巻く遥か上空、そこに滞空していたのはフラムマガッルスだけではなかった。装甲の背、足裏から緑色に着色された風を巻き起こしながら、エスタが敵の目の前にまで至っていたのだ。
「エ、エスタ殿が、飛んだッ!? 凄く飛んだ!?」
「飛びましたね。美味ねえでも、あそこまでの跳躍は無理かと」
「驚いたかい? この装甲は特別製でねぇ。何を隠そう、魔力を篭める事で爆発的な風を巻き起こす『風牢石』の加工物が備わっているんだ。この程度の飛行ならスキルなしでも可―――」
「―――コオォォォーーー!」
説明の最中であったが、エスタの正面に陣取っていたフラムマガッルスが、強烈な炎の息吹をエスタ目掛けて吐き出した。説明に夢中になっていたのか、エスタはそれをもろに受けてしまう。
「エ、エスタ殿ぉぉ!? エスタ殿の丸焼きぃぃ!?」
「もろに飲み込まれましたね。ですが、まあ―――」
「―――ああ、心配されるには値しない。これじゃあ装甲どころか、毛の一本だって燃えやしないねぇ」
フラムマガッルスの口から放出される息吹の嵐。その中から声がしたかと思えば、全くの無傷の状態でエスタが姿を現す。炎の息吹の中を直進して来たのか、今はもうフラムマガッルスの目前にまで迫っていた。
「コォケェッ!?」
激昂中のフラムマガッルスも、この事態には流石に驚いた様子だ。怒りの色が目から消え、体を取り巻いていた炎の鎧も、動揺を表すかの如くゆらりと揺れている。
動揺から生じた隙を突き、エスタはフラムマガッルスの首に手を掛けていた。人間に首を掴まれたとしても、普通であればフラムマガッルスは全く意に介さなかっただろう。そんな事をすれば逆に燃やしてやるし、人間如きの非力な手では害となり得なかったからだ。
「コ、ココッ……!」
が、今回は違った。エスタの巨人のような大きな手は、ギリギリと万力の握力で首を締め上げ、その上炎を恐れている様子も一切なかったのだ。痛み分けどころではない、一方的に攻められてしまっている。首を絞められている為に息吹が吐けず、いくら体の炎を燃え盛らせても、それを浴びるエスタがダメージを負っている気配はない。手を振り払おうと試みても、そもそもがパワー負けしているが為に徒労に終わる。
「私を焦がすには、少しばかり火力が足りないようだ。ああ、だが安心するといい。どうせ肉は下の子達が欲しがるだろうから、薬品の類は使わないでおいてやる。『紫蜂』と違って、私は不必要に使うタイプでもないしねぇ。まあ、何だ。つまるところ、きっちり原始的に仕留めてやろう」
「……ッ!?」
フラムマガッルスの首を片腕で掴んだまま、エスタは真下に向かっての降下を開始した。再び爆音が轟く。
―――そして、甘露やイータが気が付いた時には、フラムマガッルスの頭部は地面に埋もれていた。
「い、いつの間に降りて来ていたんだ……? というか、何をしたんだ……?」
「……恐らく、上空から一気に降下し、フラムマガッルスを頭から地面に叩き付けたのでしょう。尤も、私の目ではエスタさんどころか、あれだけの巨体を誇るフラムマガッルスの姿も追えませんでしたが…… 格の違い、見せつけられましたね」
目にも留まらぬ速さ、なんてものではない。二人には轟々とした風の音しか知覚する事ができず、加速したエスタとフラムマガッルスを捉える事ができなかった。現在腹ペコで倒れている美味が万全な状態だったとしても、多分同じ感想を抱くのではないか。と、ピクピクと小刻みに震えるフラムマガッルスの亡骸を眺めながら、甘露はそんな考えを頭に巡らせていた。
「さて、今の一撃で絶命させた訳だが…… カンロ、この後の作業は任せてしまっても良いのかい? どうやらミミが仕留めた方も、まだ血抜きの途中だったようだが? ああ、でも炎の羽根は貰っておこうか。一応、私はこれを欲していた訳だしねぇ」
そう言って、未だ燃え続けているフラムマガッルスの羽根を採取し始めるエスタ。どうやら、遠回しに解体作業を手伝ってくれるらしい。
「肉は頂いても良いのですか??」
「美味く調理してくれるのだろう? なら、等価交換成立だ。それに、そろそろミミが限界を迎えそうだよ?」
「あっ」
「うう、唐揚げ……」
「ミミ、しっかりしろ! 空腹は深刻だが、傷は浅いぞ! 傷だけは浅いぞぉーーー!」
「……少しだけ、急ぎましょう」
エスタの助けを借りながら、甘露は急いで血抜きと解体を終わらせ、調理へと取り掛かるのであった。




