第53話 マイテリトリー
肉の焼ける音に混じったのは、口から出てしまった食欲の滝か、それとも腹から出てしまった空腹を知らすサイレンか。どちらにせよ、その音はかなりの大きさで、遠くに居たイータやエスタの耳にも届くほどのものだった。
「……? 今の音は何だ?」
「ッ!」
但し、その音を受けての両者の反応は全く違っていた。首を傾げるエスタに対し、聞き覚えのあり過ぎるイータはハッキリと確信したのだ。美味の食欲が最高潮に達した、と。
「ふんぬっ!」
威勢の良い掛け声と共に、それまで必死に突き刺そうとしていた大剣を、あっさりと抜き取る美味。この行動はフラムマガッルスにとっても意外なものだったようで、暴走状態にあった飛行運動が僅かに緩まる。美味はその隙を突いて、両手で持った大剣を大きく、それはそれは大きく振りかぶるのであった。
「近付けば近付くほど、ジュージューお肉の焼ける良い匂いと音がして――― とってもお腹が空くんじゃーーーい!」
嘘偽りのない、心の底からの魂の叫び。ヒートランド全域にまで届きそうな声量を出した美味は、同時に振りかぶった大剣を振り下ろしていた。向かう先にあったのは、フラムマガッルスの首である。
―――ズゥッパァーーーン!
それは剣技でも何でもない、単純な斬撃であった。三日月を描くように振るわれた大剣、しかし、それが何かに遮られる様子は全くなかった。つまるところ、あれだけ苦戦していたフラムマガッルスの首を、いとも容易く刎ね飛ばしたのだ。時間経過と共に勝利が近づいていた筈のフラムマガッルスからすれば、一体何が起こったのか、それこそ死に至ったその時まで、一切理解する事ができなかっただろう。それくらいに一瞬の出来事であったし、事故にしても唐突過ぎた。
「……フラムマガッルスを一撃、一撃か。今日一番の驚きだ。火事場の馬鹿力、というやつか?」
「いえ、単なる食欲かと」
「うわっ!? カ、カンロ!? いつからそこに!?」
行き成り隣に現れた甘露に対し、イータがビクリと驚く。
「いえ、煉獄唐辛子の採取が終わったので、普通に戻って来ただけなのですが?」
「な、なるほど? そうか、それは普通だったな、すまない!」
「イータ、アンタはもう少し周りが見えるようにならないとねぇ。今後の課題だ」
「承知した!」
今後の課題を忘れないよう、良い返事の後に何度もその内容を口にするイータ。大変に素直である。
「で、だ。フラムマガッルスにミミをぶつけて、そのまま密着状態での接近戦をさせる。カンロ、今回の作戦を考えたのはアンタなのかい?」
「……作戦と言っていいほどのものなのか、少々疑問ではありますが、美味ねえに指示を出したのは確かに私です。一度に沢山の指示を出すと、美味ねえの頭が爆発してしまうので、兎に角最初から倒す気で行け、とも言いましたけどね」
甘露曰く、それで駄目だったら後は落ちないように頑張れ、としか美味には伝えていなかったようだ。
「……大雑把が過ぎないかい?」
「それくらいが美味ねえには丁度良いんです。ほら、さっきも無傷で倒す筈が、うっかり首を刎ねちゃいましたし」
これ以上は念話で逐一指示を出さない限り無理。と、甘露は両腕で大きく×印を作ってみせた。
「今回の討伐対象であるフラムマガッルスは、美味ねえと同じくらいの、いえ、それ以上の実力を誇る強敵でした。また、主戦場が空中となる事から、苦戦を強いられるとも予想していました」
「ほう? 予想していたのに、わざわざ空中での戦いをさせたのかい?」
「そうです。確実に仕留める為には、ああやって近付くのが一番手っ取り早い方法でしたので。それに―――」
ガコンと、ポーチから大きな鉄板を取り出す甘露。オーダーメイドで作られたものなのか、その鉄板は業務用レベルで大きなものだった。
「―――あそこは敵のテリトリーでもあり、美味ねえのテリトリーでもありましたから」
「空中がかい?」
「鉄板の上が、です。フラムマガッルスを『鑑定眼(食)』で目にした時に、あの炎で包まれた体から、肉の焼ける良い匂いがする事を知りました。となれば、敵の間近はバーベキューを、或いは焼肉をしている鉄板とイコールです」
「………」
イコールなのか? と、思わず無言になるエスタ。一方、イータは納得するように大きく頷いていた。
「美味ねえは食欲が強くなるほどに、戦闘時に引き出せる力の桁が変化します。普通の戦場ではまずあり得ない、本当の偶然で巡り合った状況ですが…… フラムマガッルスの周辺は、美味ねえの食欲を刺激する、バトルフィールドにするには最高の場所だったんですよ。本来は剣で両断できないであろう格上の敵も、あの通りです」
甘露の説明を聞いて、エスタは思った。先ほどの戦闘の通り、姉の美味は相当に面白い力を持っているが、その美味の力を最大限発揮させた妹の甘露もまた、相当に興味深い能力を秘めている、と。状況判断能力もそう、頭上であれだけの激しい戦闘が行われている中で、淡々と収穫作業を行っていた胆力だってそうだ。収穫作業自体も煉獄唐辛子の特性をよく理解し、正しい手順、正しい方法で行っていた。イータにしていたように、エスタが改めて指摘するような点も、今のところ見当たらない。
(まあ今のところは、だが。しかし、それを抜きにしてもカンロはまだまだ子供の年齢と来たもんだ。全く、将来が末恐ろしいよ)
頭に描いた思考を一旦打ち切り、エスタは話に意識を戻す。
「……なるほど。食べるのを我慢して、食欲を限界まで溜め込んで、そして最後に一気に吐き出したと、そういう事かい。考えたねぇ」
「まあ、美味ねえ的には理性半分、本能半分でやった感じだと思いますけどね」
「美味しく…… なぁぁーーーれぇぇーーー!」
会話する甘露達の真上から、再び美味の叫びが聞こえて来る。皆が見上げればそこには、落下しながらフラムマガッルスを何度も斬りつける美味の姿があった。
「……怖いねぇ。首を切り落とした上に、念入りに止めか。それに、台詞と行動も全然合っていない。何とも狂気的な絵面だ」
「だが、実際ああする事で美味しくするからな、ミミの剣は」
「美味ねえー! 血抜きがまだ完璧ではないので、解体作業はまだやらないでくださいねー! 全ては料理の為に!」
「はーい! 全ては料理の為に、っと!」
そうこうしているうちに、落下していた美味が地面に着地。首の狩られたフラムマガッルスも、次いで美味の隣辺りに落ちて来るのであった。
「よし、これで討伐完了! そしてお姉ちゃん、もうお腹が空いて力が出ないよぉ……」
力を使い果たしてしまったのか、着地した美味は直ぐに脱力してしまい、そのまま地面に倒れてしまう。次いで聞こえて来るのは、悲鳴染みた美味のお腹の音。もう駄目、何か食べたい。等々、そんな呟きが漏れ出している。
「はい、お疲れ様でした。後は私の方で処理しておきますので、美味ねえはトンネルの中で横にでもなっていてください」
「ふぁい……」
「ミミ、凄まじい戦いだったぞ! 私は感動した! 感動してお腹も空いた!」
「ふぇふぇ、仲間ですねぇ……」
「……休憩中のところ、悪いんだけどねぇ」
ふと、エスタが真上に指を差した。
「そのフラムマガッルス、番のモンスターなんだよ」
「「「……え?」」」




