第40話 グリーンカレー
「イータさん、これはおかしいです。絶対におかしい……!」
「ああ、これはおかしい。もしや、何か事件でもあったのだろうか?」
美味とイータはそれまで高速で動かしていたマイチョップスティックとマイフォークを止め、心配そうに調理場の方向を見ていた。それはなぜか? 理由は簡単だ。彼女らが食らう、料理の供給が止まってしまったのだ。
「これは、もしや……」
「エボン、何か知っているのか!?」
「エボンさん、もったいぶらずにハリーハリー! 私はおかしいよりも、美味しいが好きなんです! 焦れているんです!」
神妙な表情を作るイータお付きのメイド、エボン。そんな彼女の空気につられ、イータと美味も無駄にシリアスな口調になっていた。 ……一部おかしな点もありはするが、一応これでもシリアス風味なのだ。
「……供給が需要に追い付いていないのかもしれません。つまるところ料理を作り過ぎて、調理場の者達が倒れてしまった、或いは貯蔵していた食材が切れてしまったのかと」
「「な、なにぃーーー!?」」
二人は絶叫した。神に見捨てられた、もうこの世の終わりだ。そんなレベルでの絶叫であった。あまりに大きな声だったので、里中の視線が二人に集まる。
「いえ、そんな事はありませんよ。少し講義に手間取ってしまいまして」
そうやって皆の意識が集中しているところに、いつの間にか甘露がやって来ていた。
「か、甘露ちゃん!? 一体いつからそこに!?」
本来察知能力に優れている筈の美味であるが、料理の供給が途切れた動揺からなのか、彼女も甘露が近づいていたのを気付いていなかったようだ。
「……? 今来たばかりですよ。それよりも、お腹は良い感じに減りましたか?」
「減ったよ! もうペコペコのペコちゃんだよぉ!」
「うむ! 私としては多少の中休みにはなったかもしれないな。実際、今は食欲が増すばかりだ」
「「「「ええっ……」」」」
宴の最中に山のような料理を平らげていた、あの異様なる光景。それらはたとえ酒盛り中であろうとも、エルフ達の脳裏に焼き付く強烈な光景だった。それほどのインパクトだったのだ。なのに腹ペコ、食欲は増すばかり――― イータにああ言った手前、言葉にするのは憚られるが、里の者達はそろそろ里の貯蔵を心配し始めていた。まさか彼女の本気の食欲がここまでだとは、思っていなかったのだ。
「ふむ、狙い通りの良きタイミングのようですね。美味ねえ、イータさん、そして里の皆さん、僭越ながら一品だけ、外の料理を用意させて頂きました。珍しく映るかもしれませんが、物は試しと思って、まずは一口召し上がってみてください」
皆の注目が集まる中で甘露がそう宣言すると、調理場から次々と皿が運ばれて来た。皿の中にはライス、そしてその上に甘露のお手製グリーンカレーが注がれており、食欲をそそるスパイシーな香りが会場に広がり始める。
「緑、いや、黄緑色のスープ? 我々エルフにも提供するという事は、野草の類でも煮込んだのだろうか?」
「でも、それにしては香りが凄く強くないかな? しかも嗅いだ事のない、妙に美味しそうな香りだ」
「この白い穀物と一緒に食べれば良いのかしら? どんな味なのか、全然想像できないけれど……」
「「ねえねえ、これって食べても良いの~?」」
エルフ達の反応は様々だ。しかし、その多くは驚きと戸惑いが占めているようで、なかなか手に持ったスプーンが動く気配はない。族長であるオクイも、物珍しそうに観察し、香りを確かめる事に留まっていた。
「わーい! カレー、カレーじゃないか、甘露ちゃん! この世界で一体どんなマジックを!? ルーとかレトルトとか、そんな高級便利グッズはなかった筈だよね!?」
「森に自生していたスパイスを組み合わせたんですよ」
「ああ、森の中で何か採取していたもんね! へぇ、アレーがカレーになるんだ~。不思議体験~」
「ほう、これまた見た事も聞いた事もない料理が出て来たものだ。だが、これだけは分かる。この料理、絶対に美味しいぞ!」
他のエルフ達とは正反対に、美味とイータは即座にスプーンを手に取り、迷う事なくライスとカレーをすくい始めた。
「それじゃ、早速いただきま~す♪」
「カンロ、有り難く頂こう!」
「はい、遠慮なくどうぞ」
スプーンを口へと運び、大きな口でパクリ。美味とイータが食べる様を、エルフ一同は固唾を呑んで見守る。
「「……フ、フフッ」」
「イ、イータ、どうした? それにミミ殿も、何がおかしいのですかな?」
充分に咀嚼し飲み込んだ後、少しして美味とイータの口から小さな笑い声が漏れた。不思議に思ったオクイが問い質すも、二人の視線はカレー皿に注がれたままだ。
「これ、これだよ、お姉ちゃんが待ち望んだ、ザ・キャンプ飯は! 美味い、美味い、うみゃーーーい! カレーが体に同化する! 野菜が血と肉に転生する!」
「辛い! しかし、味の奥底に甘味もある! これは野菜、そして果実の甘味か!? 鼻孔をくすぐる刺激的な香りが、食べる度に更なる食欲をそそる! 何だこれは、止まらん!」
「お肉が入っていないところだけが残念だけど、野菜の具材で統一されていて、これはこれでアリと思わせる凄味がある! 野菜だけなのに凄味がある不思議! コクか、コクが凄いのか!? それでいて優しい!」
「恐らくそれは我々エルフに対する配慮だろう! 私に宿るエルフの血が、それをもっと寄越せと騒いで止まない! 米にスープが絡まり、我が舌の上で躍り出して止まない! さっきも言ったが、手も口も止まらない!」
「要するに!」
「つまるところ!」
「「おかわりッ!」」
二人は汗だくになりながら、同時に空皿を甘露に差し出した。不気味なほどに呼吸が合っている。
「そう言うと思って、美味ねえとイータさんには、おかわり専用の大釜を用意しました。キャンプ仕様なので、おかわりは自分でよそってください。セルフです」
「わーい!」
「あ、狡いぞミミ、私が先だ!」
美味が大釜に向かって走り出し、イータがその後を大急ぎで追う。その姿は何とも幼く、それでいて純粋そのものであった。
「イータ様、あんなに夢中になって……」
「……わ、私も食べてみようかしら? その、食べず嫌いは良くないと思うし、ね?」
「そ、そうだな。私も食すとしよう」
「フッ、イータのあのような姿、久しく見ていなかったな。どれ、ワシも試してみようか」
おかわりする美味達に続くように、里のエルフ達もカレーを口にし始める。
「「「「ッッッ!!!???」」」」
その後の反応は皆同じであった。まず辛さに驚き汗が噴き出し、それでも後を引く美味しさに引き寄せられ、またカレーを口にする。そしてまた驚き――― という、一連の流れが形成されたのだ。少食かつ偏食である筈のエルフ達は、気が付けば目の前のカレーを見事完食。酒で摂取していたアルコールもすっかりと吹き飛び、見るからに健康体になっていた。
「カレーは栄養満点、一説によれば、美容効果や整腸作用もあるのだとか。まあ、一番の利点は美味しいところですけどね。モグパク」
「ああっ! 甘露ちゃんのカレーにだけ、卵っぽいのが乗ってる!」
「むうっ! それはもしや、以前に燻製した卵ではないか!? 作った分は全部食べてしまったのではなかったのか!?」
「ッチ、バレてしまいましたか。これはあれです、調理者権限です。こんな事もあろうかと、自分用に少しだけ残していたんです」
「「狡い!」」
「狡くありません。個人で消費した個数は美味ねえ、イータさんと同じです。ただ単に、この日の為に数個だけ残していただけですもん」
「「うう~~~!」」
それは悔しさの表れだろうか。美味とイータはグリーンカレーを山盛りにし、その後に何度もおかわりした。結果、美味しかったので満足したという。




