第39話 魔女の大釜
宴会場が盛り上がるその一方、そこに料理を補充する調理場もまた、大変にヒートアップしていた。 ……宴とは違う意味で。
「伝授された森ジャガの煮物山盛り、五皿分出来上がりました。十秒後にはカットフルーツの山盛り合わせも完成しますので、大急ぎでサーブしてください。あ、一皿はここに残してくださいね。合間に私が食べますので」
「す、凄いぞ、カンロ殿のあの働き振り!」
「ああ、一人で我ら以上の料理をこなし、暇を見つけては自分の食事までしているなんて!」
「しかもお伝えしたレシピも瞬時に把握、完璧に再現しているよ……! クッ、冒険者にしておくのが惜しい逸材だね、あのお嬢ちゃんは!」
調理場で必死に調理を行うエルフの料理人達が、甘露に対して尊敬の念を抱く。そして、そんな料理人達に交じって当の甘露は、なぜか調理場の中心となって働いていた。その働き振りはお手伝いなんてものではなく、今やすっかり調理場の中核的存在になりつつあった。
「しかし、本当に助かったよ! お嬢ちゃんが来なかったら、アタシらはあの食欲に押し潰されているところだった! 人手的な意味でも、保管していた残りの食材的な意味でもね!」
調理場を取り仕切っていた女将的なエルフが、料理をしながら甘露に礼を言う。どことなく老練な雰囲気を醸している彼女であるが、エルフである為、やはり見た目は若い女性にしか見えない。
「調理場をお手伝いすると、オクイ族長にはそのように言っていますからね。私は有言実行しているだけです」
食欲魔人の美味、そして胃の枷を解き放ったイータが相手では、エルフの料理人(とは言っても、殆どが主夫・主婦)達だけで太刀打ちするのは、土台無理な話だろう。最初のうちこそ、里の伝統料理を学ぶ事に徹していた甘露であったが、その修羅場っぷりを見るに見かねて参戦した、という経緯になっている。ちなみに食材についても、今回の討伐で入手したものを一部融通している形だ。
「な、なんて良い子なんだ……! もしや、天使……?」
「存在が眩しい……」
「ああ、エルフの俺達から見ても美形だし、そうかもしれないな……」
否、吸血鬼である。
「ったく、うちの男共は仕方ないねぇ。にしても、あんなに食材を貰っちまって良かったのかい? あの大量の野菜、今回依頼した報酬なんだろ?」
「報酬に適用される拾いものではありますが、元はエルフの方々の畑にあったものなので。今回の宴の食材として使えれば、それで構いませんよ。私と美味ねえの口にも入りますしね」
「フッ、アンタって奴は」
「やはり天使……」
「存在が神々しい……」
「実は我らと同族なのでは……?」
否、吸血鬼である。
「なら、遠慮なく使わせてもらうよ。あのモンスターに畑を占領された時は、毒やらの汚染で駄目になっていると、半分諦めていたようなもんだった。それが食べられる状態で、しかもこんなに美味しく育って無事に帰って来るとはね。心の底から感謝するよ、お嬢ちゃん」
女将がカットされた野菜を一欠けら手に取り、改めて感謝の言葉を甘露へと送る。料理人の端くれとして、里の者達が丹精込めて作った野菜が無駄になるのは、忌諱する事柄の一つだったのだろう。
「……それはそれとして、何でカットされた状態で持って来たんだい? それにあの畑から収穫したにしては、例年より大分量が多い、いや、多過ぎる気がするんだけど……」
「そこはまあ、戦闘中はハイな状態だったので、勢い余って野菜も斬り伏せてしまったと言いますか。量に関してはさっぱりですが、もしかしたら里の不運を嘆いた神様が、ちょっとした奇跡を起こしてくれたのかもしれませんね。ええ、きっとそうです。この世界の神様は気分屋さんですから、なくはないと思います」
「お、おう……?」
急に早口で語り出した甘露の勢いに、気圧されてしまう女将。有無を言わさぬプレッシャーで、強制的に納得させられるのであった。
「ところで甘露殿、先ほどからずっと何かを煮込んでいるようですが…… その、それって我らがお教えしたレシピとは、また別のものですよね? 外の世界の料理ですか?」
「ああ、これですか? まあ、外の料理と言えば外の料理ですね。折角の機会ですから、私からも何か振る舞いたいと思いまして」
調理場の中枢として働く甘露であったが、彼女は同時にある料理を調理していたのだ。甘露の真横には大きな、それこそ物語に登場する魔女の大釜と称しても良さそうな、それくらいに大きな調理器具が設置されていた。これは甘露の持ち込み品で、この大釜だけで何十人分もの料理が準備できそうである。
「今更その大釜を指摘しようとは思わないが、やっぱりインパクトが凄いね…… 大釜の中身、こいつは…… スープかい? 何やら緑に近い色合いのようだけど……」
尚更に魔女の大釜っぽかった。この光景だけを切り抜いたら、薬草などを煮詰めて薬か何かを作っているようにしか見えないだろう。
「まあ、スープといえばスープかもしれません。グリーンカレーってトロみがなくて、シャバシャバしていますし」
「「「「ぐりーんかれぇ?」」」」
エルフ達が声を揃えて首を傾げる。
「へえ、それがこのスープの名前なのかい?」
「です。イータさんからエルフの皆さんが食べられるものをリサーチし、手持ちの食材で何が作れるか検討した結果、キャンプの王道の一つであるカレーを作ろうと思い至りまして。基本的に使う食材も、この森で採れたもので限定しています。まあ、ライスだけは自前ですが」
「アタシらの為に、そこまで考えて作ってくれたのかい? なるほどねぇ。嗅いだ事のない香りをしているし、偏食的なアタシらが口にできるかは分からないが…… フフッ、柄にもなくワクワクしちまってるよ。お嬢ちゃんが作った外の料理、正直凄く興味がある!」
「お、俺だって、カンロ殿の手料理に興味があります!」
「あ、狡いぞ! 自分だって!」
「私なんか、レシピを知りたいくらいです!」
女将に引き続き、他のエルフ達も自分が自分がと、激しく自己主張をし始めた。すっかり甘露に夢中なようで、料理を運ぶ事を忘れてしまっている。
「レシピですか。今回のカレー、森に自生していたスパイスから作ったので、時間短縮の為に一部錬金術を使用していまして、それ抜きにやるとすれば―――」
甘露、スパイスのテンパリングなどを説明中。エルフ一同、メモを用意。必死に食らい付く。
「―――と、飴色になった森玉ねぎとスパイスを炒めたら、予め森レモン汁に漬けておいたプロテアップルを加えて更に炒め、森タマリンド水を少しずつ継ぎ足しながら伸ばして行ってですね、次にカットしておいた野菜を」
「ま、待っておくれ、今メモするから!」
「うおおお、普段使わない食材が、我らの森にこんなにもあったとは!?」
「スープひとつに、何という材料の数々……! 全然味が想像できない!」
「外の世界の料理とは、こんなにも難解なのか!?」
「……まあ確かに、普通に野外で作るなら、市販のルーやレトルトがあれば一発なんですけどね。確定で美味しく作れますし」
「「「「るう? れとると?」」」」
「いえ、こちらの話です。さっ、説明を続けますよ。実は今回、隠し味に族長さんのお宅で頂いた茶葉を使っていまして、これがプロテアップルとの相性がとても良くてですね」
「「「「また材料が増えた!?」」」」
甘露のお料理教室は、それから暫く続いたそうな。




