第21話 ラブ&ピース
ホイル焼き戦線、それはサーモンとバターが織り成す、過酷なる戦いの軌跡。添えられたヌメヌメエノキ、極彩玉ねぎ、美医茄子も脇役どころでないインパクトを引き起こし、戦場は荒れに荒れた。だが、それでも兵士達は必死に駆け続ける。ホイル焼きを一つでも多く食べ、この戦線を制する為に。
……だがしかし、中盤に入ってから戦いは中断された。いや、中断されたというよりも、互いが矛を収め、仲良く食べようと訴え始めたのだ。ホイル焼きを食べる度に、三人の闘志は友愛へと変化し、次第に戦場の雰囲気も穏やかで緩いものへと移り変わって行った。序盤こそ先頭を走っていた甘露も、その辺りで平等と譲り合いの精神を発揮するようになる。
『私は先にこれだけ食べてしまったので、美味ねえとイータさんにはこちらを差し上げます』
と、マイフォークを置いて、先にご馳走様を済ましてしまう有様だ。これに対して美味達もどうぞどうぞと遠慮するばかりで、争う姿勢は微塵もなくなっていた。平和も平和、大平和である。結局、余ったホイル焼きは等分して食す事となり、最終的には見事完売。ホイル焼き戦線はホイル焼きピースへと役目を変え、皆に安寧のひと時を届けるのであった。何はともあれ彼女らはこの先、争いをする事なく、平和に日々を過ごす事になるだろう。
「ふぅ、何だかとっても幸せで穏やかな気分~…… ラブ&ピースだよぉ……」
「ああ、争いとは何と愚かな事なのか…… 皆で同じものを同じだけ食べる、これこそが真の愛というものよ……」
「ですね。最初から最後、全て同意しま――― っす!? ……あれ、私は一体何を……?」
だが残念な事に、ここで甘露が正気に戻ってしまう。
「この記憶は…… どうやら私の作ったホイル焼きが、思わぬ方向に話を進めてしまったようですね。我ながら恐ろしい料理センスといいますか、まさか私の覚悟を突破して来るとは、侮れません。美味ねえ、イータさん、こちら側に戻って来てください」
「あうっ!」
「あいたっ!」
状況を把握した直後、ビタンビタンと二人の頬をはたき始める甘露。何と言う事だろうか、彼女の中からラブ&ピースの精神は完全に消え去ってしまったようだ。
「はっ!? わ、私は誰!?」
「むっ!? 貴女はミミ! だが私は誰!?」
「クフフッ……! な、何ですか、そのボケは? ちゃんと正気に戻ってます?」
甘露、即興コントがツボにハマる。
「あ、ああ、大丈夫、私はイータだ。おかしいな、私としては至極真面目に答えたつもりだったのだが……」
「う、ううーん? よく分からないけど、お腹が減って来た事は分かるよ!」
「うん、二人とも平常運転に戻ったみたいですね。安心しました」
まだ若干ボケた発言をしている感があるが、甘露は二人が正気に戻ったと判断したようだ。
「美味ねえのお腹が減っている事は確認しましたが、イータさんはどうです? まだいけそうですか?」
空になったホイル(ナババの葉)を片付けながら、甘露がイータに尋ねる。
「私か? いけるかどうかと問われれば、無論、まだまだいけるぞ」
「ですか、またまた安心しました。是非とも、こちらの料理も食べて頂きたかったので」
「む?」
「ま、まさか、アレが遂に完成したの、甘露ちゃん!?」
「ええ、アレが遂に完成したのですよ、美味ねえ」
「むむむっ?」
意味深な会話をする黒鵜姉妹と、意味は分かっていないが興味津々な様子のイータ。すると甘露が燻製器の扉を開き、あるものを取り出した。
「それは…… 肉だなッ!」
エルフらしからぬ超反応を見せるイータ。そう、彼女の言う通り、甘露が取り出したのは燻製された肉であったのだ。
「そうでーっす! この前に倒した地竜を、甘露ちゃんがスモークしてくれたんでーっす!」
「な、なるほど、肉を燻製…… 確かに、考えてみればそれもアリか……!」
「まあ、チーズや卵ほど簡単ではないんですけどね。色々と下準備も必要ですし」
「「下準備?」」
美味とイータが揃って首を傾げる。
「イータさんは兎も角、美味ねえは直接見ていた筈ですが…… 肉を燻製する場合、それを直接燻製器に入れる訳にはいかないんですよ。前日のうちにソミュール液に漬けて寝かし、その後には塩抜きをして、水気を切って乾燥させる必要があります。まあ、予め調理が終わっているベーコンであれば話は別なんですけどね」
「ああ、甘露ちゃんが朝起きてから忙しそうにしていたのって、それが原因だったんだ! ……本当に忙しかったんだね?」
「だから言ったじゃないですか、忙しいって!」
ブンブンと両腕を振るう甘露が、珍しく歳相応の幼さを見せる。しかし、それはほんの一瞬の事、咳払い一つでいつもの冷静さを取り戻した彼女は、燻製したドラゴンミートを皆の前に置くのであった。
「わあ、とっても美味しそう! もう食べて良い? 食べても良いよね?」
「うむ、うむ! 私にも聞こえるぞ! 早く食べてほしいと訴える、この肉の声が!」
「食欲に溺れるのも幻聴を聞くのも自由ですが、ここで私は待ったをかけます」
「「え゛え゛ッ!?」」
裏返った声が重なる奇跡。
「この肉を一番美味しく頂くには、ここから更に乾燥させる必要があるのです。所謂、熟成というものですね。私の特製クーラーボックスの中に入れて、待ちに待つのです。そうする事で余計なエグみと酸味が飛ぶのです」
「え、えっと、甘露ちゃん? 美味しくなるのは大歓迎だけど…… それって、どれくらいの時間を待つの……?」
「そ、そうだな、そこが問題だな、うむ」
ぷるぷると涙目で震えながら、恐る恐る質問する美味。戦闘をしていた時の勇猛さは、今の彼女からは微塵も感じられない状態だ。イータは立ち振る舞いこそ変わらないが、声が凄まじく震えていた。それはもう、泣き出す寸前の震えになっていた。
「そうですね…… 二、三日くらいでしょうか?」
「「絶対無理ぃぃぃーーー!」」
二人は泣いた。泣きながら、年下の少女に懇願した。早く食べさせてくれ、と。最早プライドを投げ捨てている。大暴投である。
「ちょ、ちょっと、そんな力一杯に私の服を引っ張らないでくださいよ。分かってます、分かってますから。美味ねえが仕留めた極上のドラゴンミートから作ったんです。多少の工程を抜いても、美味しさは保証されているでしょう。まあ、味見程度になら食べても問題ありません」
「甘露ぢゃーん!」
「うわああ、カンロぉー!」
「ああっ、涙と鼻水がついた!」
駄々をこねた時以上の力で、甘露を抱き締める美味&イータ。ちなみにであるが、黒鵜姉妹における味見とは、平均的な成人男性の三食分に当たるのだが…… まあ、些細な違いなのだろう。
「フフッ、一日の間にメインディッシュを二種類も食べられるなんて、幸せだなぁ。お姉ちゃん、大満足待ったなし!」
「フッ、私の舌を満足させられるかな? 見定めてやろう、この高みからッ!」
「どの口で言いやがりますか。喜怒哀楽が忙し過ぎて、テンションがいつも以上にバグってますよ、まったくもう」
そう文句を口にしつつ、味見用の燻製ドラゴンミートを二人の前に盛っていく甘露。肉は薄くスライスされており、色は茶色がかったものとなっている。
「はへぇ、見た目はビーフジャーキーっぽいんだね?」
「そのままビーフジャーキーの調理法ですからね。言ってしまえばこれは…… そう、ドラゴンジャーキーです」
「「ド、ドラゴンジャーキー……! は、はは~!」」
高らかに掲げられたドラゴンジャーキーの前に、二人は平伏するのであった。




