1、鈴の音色の声(前)
いろいろなことが頭の中でグルグル回っているが、とりあえず今に至るまでの現状を思い出そう。
前からの約束で、今日先生に会うことは覚えている。
待ち合わせ場所の喫茶店に向かうために、先生に失礼のないように準備して家を出て歩いたのは覚えている。
そこで、風鈴のような透きとおったキレイな女性の声で呼び止められたのは覚えている。
僕の中では衝撃的なことだったのだから忘れられないと思う。
今まで聞いたことのあるキレイな音なんか霞むぐらいの声だった。
いつまでも聞いていたかった。
呼び止められたってことは、僕の知り合いなのだろうと思ったが、知り合いにはこんな素晴らしい声の持ち主に心当たりがなかった。
頭の中ではどうやったら連絡先を聞けるか、どうやったらこの人と一緒に居れるか、でしっちゃかめっちゃかだった。
傍から見たら僕の顔はすごくだらしなかったと思う。
声の印象が強すぎて、呼び止められた内容なんかあんまり覚えていなかった。
それでもなんとかしてこの時間を長引かせたかったので、とりあえずうなづいていたと思う。
意を決して、「連絡先交換がしたいです。」と言ったところでキレイな声が聞こえなくなった。
そこからの感覚は覚えていない。
そして、今に至る。
「やらかしてしまったかなぁ、あんな素晴らしい声を聴いてしまったら無防備になるのも仕方ないと思うだよね。僕だっていつも気を張っていたら精神がもたないし、声を聞いた限りじゃ悪い感情なんてこれっぽっちも伝わってこなかったんだから仕方ないと思うんだよね。」
と、自分は悪くないと強く思うことにする。
そうしないとまた僕は吐いてしまう。
「うんうん、弱者を狙った物取りではないみたいだが、もしかしたら誘拐されてしまったのかもしれないね。ハハハハ……先生に会った時には連れ戻されてしまうなぁ。地獄ついでに連れもどされるってもうやばいね。」
もう一回吐いた。
胃の中なんてもう空っぽだ。
ふいに遠くのほうではなにやら動物の鳴き声が聞こえたが、聞いたことのない鳴き声だった。
「とりあえず今どこにいるのかを大まかにだが知る必要があるな。」
僕は、僕の中にある感覚を鋭くさせた。
近くには動物らしき小さな気配が何個かと、地面がコンクリートとかではないし、結構木が生えている。
あとは都会の澱んだ空気の臭いではなく、先生が住んでいる山奥と同じ匂いがしている。
遠くのほうで水が流れている音がする。
「うん、空気が澄んでいておいしい。」
スーハースーハーっと深呼吸をして身体を整えた。
近くに人がいる気配がないのがそうとうやばいけど、自然豊かだろう場所に拉致られたのはよかったと思う。
そういえばと、身体をまさぐってみたが、家を出た時に持ってきていたものはちゃんとある。
いつも被っているつばが広い帽子、愛用の肩掛け鞄、中には【ペットボトルのお茶、タオル、ルーペ、レコーダー、困ったときの連絡先が書いてあるメモ帳、財布、携帯、】あとは相棒の白い杖。
ここにとどまっているのはよくないなっと思った。
またどこかに連れていかれたらやばい。
とりあえず、水の流れる音のするほうに進むとしよう。
「本当に『一寸先は闇』とはご先祖様達はいい言葉を残してくれている。」
一歩、一歩、コツコツと杖をついて歩いていく。
歩くのは僕の好きなことの一つだ。
あとはおいしいものを食べることと、きれいな音を聴くこと。
この些細な好きなことを糧にして今の僕がある。
しばらく歩いていると、目的の場所にたどり着いた。
大体2時間ぐらいあるいたんじゃないだろうか。
途中回り道をちょいちょいしたからだいぶ時間がかかった。
持ってきたペットボトルのお茶もなくなってしまった。
「ふぅー、やっぱり川だったか。これはいいね、とりあえず飲めるかどうか確かめようかな。」
川に近づいて手に水をすくった。
すくった時の感触からすると変なものが浮いていないのだろうことはわかった。
臭いをかいでみても変な臭いもしない。
口に含んでみても変な味もしない。
「冷たくていい川の水だね。先生が住んでいる山奥の水とは違ってやわらかい味だ。川の水の味としては最高級のものだ。これはいいぞ。」
と空のペットボトルを軽くゆすいでから川の水を入れた。
そしてタオルを水につけて軽く体を拭こうとしたところで微かに人の気配を感じた。
足場が悪いから結構気を張って、急いで人の気配がするほうに歩いていく。
10分ぐらい頑張って近づいていくと、たしかに人の気配だった。
でも、これは……
「もし、ここは一体どこですか?」
「…………」
返事がない。
やっぱりだ、この気配は寝てるか、気絶してるかのどっちかだ。
気配のするほうに歩いていくと、杖をついていた地面の感触がかわった。
杖をその感触のするあたりに当ててみたら、どうやらその人は木にもたれかかっているのがわかった。
「もし、こんなところで寝てしまっては風邪をひいてしまうぞ!」
声を掛けてみたけれど、一向に返事をしようとも、起きようとする気配もない。
もしかしたら何かの病気が原因なのかもしれないと思い、急いで鞄の中の携帯を探して、緊急のボタンを押して耳に当てるが、プープープーっと繋がらない。
「こんなところじゃ、やっぱり電波なんてきてないのか。大変なことになってしまったなぁ。」
とどうしたものかと悩んでいると
「……早く…逃げ……な…い…と……」
すごくかすかにだがそんな声が聞こえた。
どうしたものかとグルグル考えていた頭がスッと冷静になった。
この人は誰かに追われているのだろうことが察せられた。
あと、こんな鈴の音色のようなきれいな声の人がこんなことになっていることが僕には許せない。
僕は声を聞けば大体のことはわかる。
そうだよ、倒れているのが14歳の女の子だったんだから。




