どんどん事が大きくなっていく……
「ケシの匂いがします」
開口一番、エリシアさんはそう呟きました。
昨日訪れた家の前。相変わらず天窓は開けっ放しです。
「分かるんですか」
「錬金術師という職業柄、取り扱い注意な植物を扱うことも珍しくありませんから。特にケシの実から生成できる物質は、神の世界へ辿り着けると伝えられてました。まぁ実際はただの幻覚にすぎなかったのですが」
確かケシはアヘンの原材料。つまりエリシアさんの勘が正しければ、フーリエちゃんはジギタリスとケシの毒性を同時に吸ってしまい、呼吸困難と幻聴幻覚を併発してしまったということになります。
「メフィさんが入ったときは、中はどんな様子だったのですか」
「長机と椅子と小さなテーブル、そして鍵が掛かった収納に実験用具のようなのがあった」
「ほぼ確実にクロですね。毒物を抽出していたのは間違いなさそうです」
ドアの奥に蔓延るのは国を崩壊させんと画策する凶悪犯か、それとも暴徒化した知的好奇心により狂行に走ったマッドサイエンティストか。もっと別の行動原理か。
メフィさんが3回ノック。返事はありません。もう一度ノックしても誰もいないように静寂だけが返ってきます。……妙な胸騒ぎがします。
「……カギが開いている」
「もしかして待ち構えてたり」
「いや…………それはなさそう」
「「……っ!?」」
ほんのわずかに開いた隙間から異臭が這い出てきました。鼻を塞いでも臭ってくる、口呼吸すらはばかれる強烈な腐敗臭です。
「多分、そういうことだと思う」
何かを確信したようにメフィさんは中へ足を踏み入れます。その何かは私も察することができました。暗い廊下の突き当り、その扉を開けたメフィさんは一瞬の硬直を経て私達に指示を飛ばしました。
「憲兵を呼んで。人が死んでいる」
――――――――――――――
遺体が見つかった平屋の向かい側で、布にくるまれた遺体が運ばれるのをぼうっと見つめていました。
「これからどうすれば」
「あとは憲兵の仕事だからこっちは手出しできない。第一発見者として事情聴取を受けるだろうけど」
遺体は男性で、メフイさんによればベッドの上で泡を吹いて眠るようにして亡くなっていたそうです。荒らされた形跡は無く、他の部屋も片付けられていたことから自殺の可能性が高いとのこと。
最初に駆け付けた憲兵に連絡先などを伝えたところで、一旦引き上げようとしたタイミングでした。
「久しぶりだな、メフ」
「やあベルじゃないか。前は遺失物の担当じゃなかった?」
どうやらメフィさんの知り合いらしい女性が声を掛けてきました。かっちりしたパンツスタイルでタバコをふかしていて、風にゆらめく黒のロングヘアーが硬派な捜査官を彷彿とさせます。
「昇進したんだよ、おめでたいだろ? と、そこの2人は」
「メフィさんの雇われのエリシア・ラーダです」
「お、同じく、モトヤマ・リラ、です……」
「アタシはベル。ベル・ウィリアムズだ。メフとは便利屋を始めた当初から探し物でちょいちょい関わりがあってな。にしてもメフが人を雇うなんてな。人は雇えないとか言ってたのに」
「箒をぶつけられた償いとして雇ってるだけさ」
鋭い視線を浴びる私。違います、いや違くないですがもう和解してるようなものですから大丈夫ですって。
「それで、あの家には何の用があったんだ」
「雇ったもう1人が謎の病気に罹って、原因を調査してたらこの家に辿り着いたってワケ。中からジギリタスの種とケシの匂いがあった」
「家主の持っている毒物の中毒症状と一致したってワケか。あまりデカい事件にならないよう私も祈っておこう」
ベルさんはタバコを吹かしながら手を合わせ、そのまま現場へ姿を消しました。ひとまず私達は【クラウンの掲示板】に戻り、状況の報告と整理のため会議を開きました。回復しつつあるフーリエちゃんも一緒です。
どうやらフーリエちゃんは私達が帰ったら起こすようにフィルトネさんに伝えていたらしく、さりげない優しさを感じてもうホントに……好き。
「まずフーリエを苦しめた原因はジギリタスとケシの成分による中毒症状であるとほぼ確定した。それらを所持していた家主の家では、実験器具と開いたままの天窓から、毒物の抽出を行っていたと推測される。しかし当の家主は死亡。第一目標であるフーリエの回復は成し遂げられ、家主の死亡によって毒物の散布の心配も無くなった」
「なら一件落着ということかな」
フーリエちゃんの言葉にメフィさんは首を横に振りました。
「事件そのものはまだ解決していない。家主の死亡は私達とはほぼ無関係だけど、第一発見者であるからまだ付き合うことになる。まだ首を突っ込んだままにすべきか否かは、事情聴取の後に考えるしかないだろう」
「メンドクサイね……私はまだ全快してないから関係ない話だけど」
「いや大アリですよ。元はフーリエちゃんが体調崩したのが発端なんですから。憲兵にもフーリエちゃんが毒物でやられて倒れたことも報告してますし、一緒に事情聴取を受けると思います」
「はあぁぁ~」
大きな溜め息をついて上半身をソファに寝転ばせるかわいい金髪ロリ系オッドアイ魔女っ娘。
「そういう類のは碌な思い出が無いから嫌なんだよね」
「私だって同じですよ……」
それは魔法使いの聖地コルテで起きた爆破事件でのこと。
現場に居合わせた私達も証人として事情聴取を受けました。しかし、担当の人が超高圧的で威圧的だったのです。ただでさえ超絶コミュ障の私にとっては地獄でしかなく、体は震えて動悸がして涙目になって散々でした。
今でも思い返すと手が震えます。トラウマもありますし、そもそも事情聴取なんてどんな場合であろうと受けたくないものです。またあんな目に遭ったらどうしよう、できればその時が来なければいいのに。
しかし現実は残酷。翌日、事情聴取のお時間がやってきてしまったのです。




