町中の小さな個人経営のお店ほど美味しいんですよ
あ、どうもご無沙汰しています。リラです。
私は今、姉である比奈姉こと本山比奈を探してファンタジー溢れる異世界で旅をしています。それも大変恐縮かつ有難いことに仲間と共にです!
かわいいッ! 説明不要ッ! なフーリエちゃんと、酒飲みドンパチ賑やか錬金術師エリシアさんのお二人。こんな限界コミュ障オタクにも仲間ができるなんて……改めて嬉しすぎて泣きそう泣いた。
「また急にリラが泣いてる……」
さて今は蒸気の国スタンレーに向かったという比奈姉を追いかけている最中。手掛かりは掴めたものの、未だ後ろ姿は捉えきれず。
そんなこんなで、スタンレーの手前にある町、カローラに到着しました。
カローラは、多くの人が異世界ファンタジーと聞いて想像するような町並みです。
道は石畳で建物はレンガ屋根で外壁がコンクリート。窓枠には植物が植えられていて、何の建築様式かまでは分かりませんが、ともかく典型的な西洋建築って感じの家が立ち並びます。
お店は規模がどこも小さく、ほとんど食料品か日用品の店でした。とにかく目立った特徴の無い普通の町です。
RPGでもありますよね。回復と補給のためだけに置かれたような、道中にある小さい町が。
しかしそんな町でも事件は起こりうるもの。風に乗って飛ばされた新聞が、ふわりと足元に落ちてきました。アニメで目に穴が開くほど見たシチュだ。
「世間を騒がす犯罪集団『黄金色の共鳴』がカローラでも出没か――穏やかじゃないですね」
「最近増えてますからね~。国境を越えて聞くくらいですから、規模の大きい組織なんでしょうか」
「油断はするなってことでしょ」
日本でも闇バイトとかで似たような話が話題になっていた気がします。テレビとか見てなかったので詳しくは知らないし、話題に上がり始めた時にはもう引きこもってたので縁が無い話でしたが。
とはいえ異世界ならなおさら注意しなければなりません。私はもう一度持ち物を確認し、簡単に取られないような場所に物を移動させました。
まぁ結局こういうのが後々になってフラグだったりするんですよね~、なんて思いつつ宿を探して足を進めました。
「いらっしゃい旅の者うちは基本2人1部屋で1泊あたり金貨1枚だよ」
「観光で泊まるわけじゃないからなぁ……1泊1万マイカは高い」
「4人部屋もあるけど、ベッドと荷物を置く程度の広さしかないねえ。それでいいなら銀貨6枚にするさあね」
「じゃあそれで」
適当に探した結果、年寄りおばあちゃんが経営する木造建築の宿に決定しました。修繕が繰り返しされているようで、新しい部分と古い部分が入り乱れてかえって古く見えます。
そして木の匂いとフーリエちゃんのふわふわ金髪から漂う匂いが混ざり合って最高のスメル……
「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「え、そんな息吸ってどうしたの」
「ごちそうさまです!」
「いつから仙人になったの?」
推しの匂いだけを吸って生きる生物になりたい。
「さ、荷物置いたら食べに行くよ。空腹だと睡眠もできない」
「分かります~! 夜中につまみ食いしちゃうのってそれなんですよね~!」
「わたしも朝起きたら空の酒瓶が1本増えてるんですよー」
「やっぱり頭の病院から抜け出してきたんじゃないの」
あまりに酷い言いようですが、エリシアさんの飲み方はどう見てもアル中なので病院に行くべきなのは確かです。もっとも、あれで急性アルコール中毒にならない体も異常ですが。
入った店はジャンキーな雰囲気が漂う大衆食堂でした。広くはない店内はほぼ満員。そんな中を1人のおばちゃん店員が動き回っていました。
ところどころに何らかのシミや傷があちこちにあって、タバコの匂いがうっすら漂い、メニュー表は厚紙1枚の手書き。私知ってる。こんな店ほど美味しいって。
数が少ない割にバリエーション豊かなメニューから私が選んだのはミートローフ。フーリエちゃんは鯛のアクアパッツァ、エリシアさんは仔牛の煮込みに赤ワイン2本。それから3人分のシーザーサラダです。
「仔牛の煮込みが死ぬほど食べたかったんですよ! もう半年も食べてません!」
「それはよかったね」
冷めた声色でつっけんどんにあしらうフーリエちゃん。ああっ良い……良いね……しゅき……アッ、お耳見えた……かわいい……南無…………
そんな限界化をしているうちに料理が運ばれてきました。
「いただきます」
スパイスとハーブの香りが強く漂うひき肉の塊にナイフを通すと、じゅわりと肉汁があふれ、断面を露わにすればそれは太陽に照らされた小さな滝のよう。細かく刻まれた人参が岩陰から顔を覗かせる花のようにすら見えます。見たら分かる絶対旨いやつです。
「はむっ…………!」
口に含むと、先にスパイスのパンチが来て、それがテ〇リスのようにかっちり噛み合ったお肉の旨味と香味野菜の甘味によって抱擁されます。そして最後にはハーブの余韻を残して消えていきました。
ひと口食べた瞬間に目が見開かれて瞳がキラキラする表現ってありますけど、きっと私それになってる。
旨い、旨すぎる……こんなの語彙力失って当然でしょ……真面目にそう思いますよ。嘘だと思うなら、異世界転生してこの店に来て食べてください。究極のミートローフを味わえますよ。
付け合わせのブロッコリーとジャガイモも、あふれ出た肉汁を浴びることによって、もはやメインディッシュの一種と差支えの無い出来栄えになっています。その証拠に喉に流したお冷が格別に美味に感じます。料理が美味しいと水も美味しい。この感覚はきっと分かる人には分かってもらえるはず。
「うまい! うまい! うまい!うまい!うまい! 」
エリシアさんは目をカッ開いて仔牛の煮込みを口に入れていきます。見た目と香りからしてビーフシチューのようなソースでしょうか。確かビーフシチューにも赤ワインが入ってたはずなので、赤ワインに赤ワイン……意図した組み合わせなのか偶然か。
一方でフーリエちゃんは上品にアクアパッツァを味わっています。たまに顔を覗かせる貴族らしさ、ほんとに好きぃ…………!!! ぐうたらな性格とのギャップんぬ…………こちらも大変美味…………ッ!
「今日は仔牛の煮込み、なら明日はイノシシのステーキにでもしちゃいますかね!」
「イノシシ料理、幼い頃に北国のどっかに連れて行かれた時に食べたな。普通に美味しかった記憶ある」
「フーリエさん今でも幼いですよ」
「ア゛?」
「吹雪の中でフーリエちゃんと肩を寄せ合うシチュですか、いいですねぇ」
「どうして遭難してる前提なの」
「わたし、死ぬならフーリエさんと一緒に凍死したいです」
「私を巻き込むな。もっとマトモな死に方させろ」
「フーリエちゃんになら処刑されてもいいかも……?」
「犯罪者に仕立て上げないで?」
「わたしを殺して!」
「エリシアは完全に酔ってるよね?」
和気あいあいとした雰囲気で楽しい食事の時間は進み、食べ終わる頃には3人ともすっかりバタンキューになりました。
「ゲフッ、量が、多かった…………」
「エリシアがバカみたいに呑むから、場酔いしたかも…………」
「Zzz…………」
美味しくてつい平らげてしまいましたが、普通なら絶対に食べきれない量を詰め込んでしまったので、お腹がはち切れんばかりに苦しいです。
お手洗いで席を外そうとしたら、ふとエリシアさんの手に握られているペンダントが目に入りました。
チェーンは金色、瞳の色と同じ紅色の雫型の飾りが台座に埋め込まれています。
はてエリシアさんはペンダントを首から下げていたでしょうか? まぁ特段気にすることでもないし本人は眠っているので、そのまま用を済ませましたが、戻ってきたらペンダントはなくなっていました。
なんだか私も小ぶりな魔女っぽい装飾品が欲しくなりました。
「そろそろ帰りますか……? 横になりたいです……」
「そうだね……エリシアは……勝手に帰ってくるか」
いくら美味しい料理でも、量を間違えればただの苦しいに変わる。そんな教訓を胸に刻んで宿に戻って床につきました。




