温泉回があるアニメは神アニメって比奈姉が言ってました
公衆浴場に入ると古い銭湯のように、三方向を囲った台にお爺さんの番頭がいました。既に温泉の匂いと湿度が漂っています。
「おや今日来た旅人さんかね。ここの温泉はユージェズ山のマグマで温められた天然物じゃよ。料金は10マイカさね」
温泉の平均的な料金設定は知らないですが、かなり良心的な値段に思います。何となく娯楽施設は高いイメージがあったので。
幸いにも中に人はいませんでした。贅沢な貸切状態です。これで人がいたら即倒して体を洗えずに1日が終わるところでした。
幼少期以来の温泉にテンションが上がって、らしくなく一番乗りで浴場へ。決して広くはないですが、村人が入浴するには十分な広さです。清掃も行き届いており、床がタイルではなく石畳なのが雰囲気があって良き。
しっかり体と髪を洗ったらいよいよ湯舟に体を沈めます。温度を確かめるように足先からゆっくりと浸からせて……
「おおおおおおお…………」
水面に触れた瞬間に伝わる天然の熱。そのまま体全体を沈めれば大自然の力が体中に巡ります。
湯加減は少し熱め。その温度が効能を高めている感覚がひしひしと伝わります。全身の血流が渋滞を逃れた車のように早くなっているのが自分でも分かりました。
気持ちいい。ただただそれだけ。目を瞑って極楽極楽……
「はぁぁぁぁ……これが温泉…………」
「ふ、フーリエちゃんっ! かかか、髪を……!」
快楽で頭がふわふわしていたところにフーリエちゃんがやってきて、一瞬頭がパニックになりました。もちろんあまりのかわいさにです。
だってだって髪の毛を下しているんですよ!?!?!? 何気に初見ですフーリエちゃんが髪の毛を下しているのは!!! 大事なことなので2回言いましたけど、これはもう、すごく……すごいです!! 少し大人びた印象になって、髪が濡れて艶やかで美しくて、全く違う雰囲気のフーリエちゃんは正しくソシャゲの限定衣装違いみたいな!?!? 普段と違う推しの姿にオタクは弱いんです一撃必殺なんですっっっっっ!!!! 狂いそう……ッ!!!!
「お待たせしましたってうわぉ、フーリエさんが髪を下ろしてる!」
「その程度で驚くとか今までどんな生活を送ってきたのさ」
「地味に見たことなかったから仕方ないじゃないですか。寝る時も変わらないですし」
「乾かしたら勝手に戻る髪質なんだよ」
「羨ましい…………」
エリシアさんは喋りながら石鹸で大量に泡立てながら髪の毛を洗います。ロングヘアーなので洗うのも乾かすのも大変そうです。
……しかしこう、目のやり場に困りますね……同性とはいえ他人の裸体を見るのはよろしくないし、私も抵抗ありますし。比奈姉だと気にならないんですけどね。家族だからでしょうか?
ちなみに比奈姉は私より少し大きいです。ちえっ。
「ふおぉぉぉぉ…………! これが源泉かけ流しの温泉ですかぁ…………!」
洗い終えたエリシアさんが入浴。エリシアさんの体積分のお湯がジャバジャバ溢れます。
そしてここでもフーリエちゃんを真ん中に挟んで横並び。こうして並ぶとフーリエちゃんとエリシアさんの身長差が目立ちます。かわいいなぁ。
「?どうしましたフーリエさん。そんなにじっと見つめられると照れちゃいますよお」
「大きいな……………………」
小声でそう呟くフーリエちゃんの視線の先は……あぁそこですか……
「分かります……」
「身長と比例するのかなやっぱり……」
「?」
当の本人は気付いてない様子ですが、こちらも言及しないでおきましょう。虚しくなるだけです。
しばしの沈黙が流れます。源泉が湯船に注がれる音、体の動きに合わせて揺れる水面の音が浴室に反響します。
あぁなぜこんなにも温泉は癒されるのでしょう。血が巡り体がほぐされ思考は湯気のように霧散……………………じんわり…………暖かい………………癒される……………………フーリエちゃんみたいに…………
「フーリエちゃんは温泉だったんですねぇ…………」
「リラの頭をかち割って中を覗きたい」
「うえっへへへへ」
「もう限界かもしれない」
そんな会話をしながらも意識を溶かしながらぼうっと時間は過ぎていき、誰が示し合わせたでもなく何となくのタイミングでお湯から上がりました。そそくさと先に入ってしまったので見逃してましたが、バスローブに身を包むフーリエちゃんかわいいです。天使かな? 天使だったわ。
そしてエリシアさんはバスローブ越しでも存在感を表しており。いいですよ別に。小さいのはステータスです、希少価値です。
洗面台にはドライヤーに似た物が置かれていて、そこから伸びる線が小さな箱に繋がっています。スイッチを押すと温風が出てきて前髪がオールバックに。ドライヤーのような、ではなくドライヤーそのものでした。
そして本人が言っていた通り、フーリエちゃんの髪は乾いていくとみるみるうちに元の髪型に戻りました。通りで下した姿を見たことなかった訳です。貴重な光景、ごちそうさまです!!
外に出ると湯上りのせいか、寒くないはずなのに風が少し冷たく感じます。火照った体には丁度いいですね。
ふと空を見上げると満天の星空。元いた世界では映像でしか見られなかった光景を目の当たりにして、思わず息を呑みました。
「凄い、凄いすごいスゴイ!!! こんなに夜空が綺麗だなんて知らなかったです!!」
「今日は良く晴れてるからね。絶好の星占い日和だよ」
「晩酌にはもってこいです!」
あの日、たまたまコンビニで買い物しようと思い立たなかったら、こんな星空は一生見られなかったでしょう。
比奈姉がいなくなって、どうすればいいか分からなくなった臆病な私は部屋に引き籠るしかできなくて。外に出るのは週2回の登校日、それも午前中だけ。星空なんて見る気力が無いし、明かりだらけの街で星なんて見えやしない。
比奈姉のいない世界は私にとって全てが白黒で、美しいだとか幻想的だとか神秘的だとか評判の光景は意味をなさない。でも魔法は違うって信じてた、信じるしかなかった。比奈姉が与えてくれた唯一の存在意義だったから。
信じて信じて、空想だってバカにされても本気だった比奈姉と同じように信じて、そして現実に魔法使いになれた。死んでしまったけどこの世界で再スタートができてる。こんなにも素晴らしい仲間と共に、素晴らしい光景を目にしながら。
「これも比奈姉のおかげなのかな。比奈姉が導いてくれたの? 再会したら教えてね。絶対に会いに行くから」
星に願いを捧げながら帰路につきました。
そして帰ったのはいいのですが…………
「どうして!!! どぼじでフーリエさんに抱き着いちゃいけないんですか!!」
「嫌だからに決まってるじゃん酒臭いし」
「ちゃんと消臭しましたってヴァ!! これじゃ何のためにリラさんと命の賭けあいをしたってんですか!!」
「そっちが勝手にやりだしたことでしょ」
私との勝負に勝ってフーリエちゃんと一緒のベッドで寝る権利を手に入れたエリシアさん。しかし意気揚々と潜り込むもフーリエちゃんが魔法で透明な仕切りを立ててしまい、フーリエちゃんを堪能できずに泣き叫んでいるのです。
ちなみに私はベッドの横で床に布団を敷いて寝ることになっています。こっちまではフーリエちゃんは壁を隔ててないのでフーリエちゃんの声が良く鼓膜に響きます。
「じゃ私は寝るから。おやすみ」
「ああ無常、無慈悲! こうなれば酒、飲まずにいられない!」
酒瓶1本を丸々ラッパ飲みしたかと思えば飲み切る前に2本目に手を付けるエリシアさん。
アル中で死なないように、そしてあわよくばフーリエちゃんがベッドから落ちてくれますようにと、窓に差し込む流れ星に願って眠りにつきました。




