26 魔術師の死と、聖女の決意
全く状況が理解出来ない。
川沿いの土手で日食を見ていたはずだ。
何百年に一度の金環日食は、それはそれは綺麗だった。
それが突然真っ赤になって、体が光りだして、次に消えていって、気づいたらギリシャにあるような神殿にいた。
周囲には数人の姿。僧侶や騎士、そして兵士達と皆中世ヨーロッパの人の様な格好をしている。その中でも王子様の様な派手な衣服を着たアイドルの様な美少年が一歩前に出て、胸に手を当てて礼をする。
「聖女様、僕はこのアーガルム王国の第一王子ジークムンド・エルドレッド・アーガルムと言います。ここは我がアーガルム王国、その王都ソルミナの外れにあるエルドレッド神殿でございます」
「アーガルム? 王都?」
「妹ちゃん、俺の後ろにいて」
反射的に口を開いた私を諫めるよう様に宗一郎さんが私の腕を引き、その背中に隠した。
「セラヴィス。それがこちらの世界の名でございます。交神の円環を使い、異界よりあなた方を召喚させて頂きました」
王子は空を見上げて私の質問に答えた。空には半分程隠れた太陽が見える。円環、という言葉から察するに金環日食の事だと思う。
「目的は何だ? 妹ちゃんに何をやらせようってんだ?」
「北の大陸から異形の怪物共が攻めてきており、南の大陸に住む人間達が危機に瀕しております。聖女様には奴等の要である魔神を退治して頂きたいのです」
「何だよそりゃ。ゲームか何かかよ」
「冗談の類いではございません。我ら人類は存亡をかけて北の大陸と戦争をしています」
怪物を倒せなんて、そんなの出来るわけない。兄と違って私は空手も習ってないし、虫だって殺せない。
「わ、私達のいた世界では戦争もなく平和でした。私は人を叩いた事もない、ただの子供なんです」
「なるほど、聖女様は戦う術をお持ちでないと。アドルフ、どうだ?」
「はっ。聖女様、失礼します」
おかっぱ頭の僧侶の様な白い法衣を着た中年の男性が王子の隣に立ち、ルーペの様な物で私達を覗き込んだ。
「む、凄まじい魔力ですな、正に底無しです。私が何億人いても敵いますまい。反対にお付きの方は魔力そのものを内包しておりません」
「魔力……?」
要領を得ない顔をした私達二人に王子が口を開く。
「お二人の世界には魔力が知られていないのですか? という事は魔術も?」
「訳わかんねえ事言うなよ。魔術なんてフィクションの産物だろ」
「セラヴィスでは誰もが魔力を持ち、魔術の素養がございます。使えるようになるまで相応の訓練が必要になりますけど。一つ見せましょうか」
王子は胸元のスカーフを引き抜き空に放り投げると、指を弾いてパチンと鳴らした。次の瞬間、スカーフに火が着いたかと思うとすぐに消し炭に変わり、風にさらわれて消えてしまった。
キザったらしく髪をかきあげ、王子はドヤ顔を向ける。
「どうです? 僕は火魔術の才能がありましてね。その気になればここら一帯を吹き飛ばすぐらい……イテッ!」
「殿下! そのスカーフ高いんですよ! 国民の血税を何だと思っているのですか?」
いつの間にか王子の背後にいたフルフェイスの兜と全身鎧姿の騎士が王子に拳骨を落とした。鎧騎士は背も高く男性だと思ったが、声を聞く限り女性のようだ。
「つ……ベネディクト! 何も聖女様の前で殴らなくてもいいだろ!」
「殿下は第一王子なのですよ? 如何なる時も民の上に立つ者としての心構えをですね……」
私達を置いてきぼりで王子に説教を続ける騎士ベネディクト。ふふっ。
「プッ、アハハハ!」
「妹ちゃん?」
笑ってしまった。もうダメ。私の負け。これも演技かもしれないけど、それで騙されたんなら諦めもつく。
「宗一郎さん、話を聞きましょう。私の協力が必要だと言うなら、きっと悪いようにはされないわ」
「……ま、確かにその王子の坊っちゃんに人が騙せるとは思えないけどな。さっきの魔術がある以上抵抗も出来ないし、せめて協力する意思を見せた方が得かもしれない。わかった、大人しく話を聞こう」
とは言ったものの、宗一郎さんは私を背後に隠したままだ。完全に警戒を解いてはいない。
「ありがとうございます。さて、ここではおもてなしも出来ません。宮殿へと場所を変えましょう。聖女様にはしばらく宮殿でお過ごしして頂くつもり……アドルフ! ベネディクト!」
何かを感じたのか辺りを見回して王子が叫んだ。
「殿下?」
「冷気だ! 氷結魔術のデカイのが来る! 僕の事はいい、聖女様をお守りしろ! 兵士は僕の周りに集まれ!」
「はっ!」
ベネディクトが腰の剣を抜いて私の前に立ちはだかり盾を構える。アドルフが何か呪文の様な物を唱えるとドーム型の光の壁が出現した。
「来るぞ!」
瞬きの後、世界が変わっていた。神殿の柱や床、外に見える木々まで視界に映る全ての物が凍りついていた。
だけど、人的被害はゼロ。
光のドームの中にいた私達と、王子と周囲の兵士達は無事だった。いや、よく見ると兵士達の鎧や槍が濡れている。恐らく王子の火魔術で氷を溶かしたのだ。
「ふーん。アーガルムのジークムンド王子が魔術の天才ってのは本当だったみたいね」
神殿の外、十メートルぐらいの位置にいつの間にか女性が立っていた。褐色の肌を真っ黒な浴衣の様な衣服に包み、腰に届くほど長い銀色の髪。何より特徴的なのはその右目。瞳との区別もなく眼球そのものが真っ赤だった。
「緋色の瞳にも僕の名前が知れ渡っているとは、天才というものはそれだけで罪だな」
「殿下! 調子に乗ると後で拳骨ですよ!」
「なにベネディクト殿、魔力量だけ見ても王子はあの緋色の瞳に負けていません。大丈夫でしょう」
アドルフがルーペで銀髪女性を覗きながら言う。あのルーペは魔力量を測る事が出来るらしい。そして、どうやらあの緋色の瞳の人が戦争相手のようだ。
「銀髪に褐色の肌。風の国フレーズヴェルムを一人で滅ぼしたとかいう、シルバーとか呼ばれている奴か。予想以上の大物が釣れたようだ。下がっていろ、こいつの相手は僕がする」
王子が指を鳴らす。シルバーを取り囲む様にサッカーボール程の火の玉が無数に出現した。もう一度指を鳴らすと、中心を目掛けて襲い掛かる。たまらずシルバーは高くジャンプをし上空高くに逃げた。その跳躍力は人間のそれではない。ポンポンと跳躍を繰り返し王子の操る無数の火の玉をかわしていく。
「ば、化け物かよ。あの王子もシルバーとかいうのも」
あれを私に倒せというのか。そんな力が私にあると?
「シルバーとやら。狙いは聖女様か?」
「勝手に変な名前をつけんじゃないよ! ルジャン様だよ覚えときな」
「わかった、記憶しておこうシルバー」
火の玉を避けながらルジャンは氷の矢を作り出し王子に向けて発射する。しかし王子に触れる事なく氷の矢は蒸発していく。
「いけすかない王子だね。アンタらの切り札の聖女様ってのを一目見ておこうかと来たんだけどね、あんまりにもヤバそうだからここで始末しておく事にするよ!」
「そうか。聖女様への殺意を聞いてしまった以上逃がす訳にはいかん。さっさと片をつけよう」
20個程だった火の玉がその数を増やしていく。みるみるうちに増えていきルジャンの逃げ場を塞いでいく。
火の玉の数は数百を超えた。アドルフもベネディクトも兵士も、そして私達も誰もが王子の勝利を確信した。
そう、誰もが油断をした。
「今だよノワル!」
光のドームに雷が落ちた。凄まじい光と音に思わず目を閉じる。ピシッと何かの割れる音がした。
「聖女様危ない!」
アドルフの声がして私は突き飛ばされた。受け身も取れずに地面にぶつかる。
「あ……嘘……」
目を開けると、黒髪の大男の長い爪がアドルフの胸を貫いていた。その右目はルジャンと同じ様に赤い。
「アドルフ殿! くっ、聖女様から離れろ緋色の瞳ォォォ!」
ベネディクトが横凪ぎに払った剣が大男を吹き飛ばした。横腹に深く入ったように見えたが血は出ておらずダメージも受けていないようだ。
その隙に王子が私達の側に駆け寄る。
「妹ちゃん! 怪我は無いか?」
「私は大丈夫。でもアドルフさんが!」
胸を抑えてうずくまっている。側に膝をついてハンカチで傷口を抑えるが、真っ白なハンカチはすぐに血で真っ赤に染まった。
魔法があるというのなら回復魔法だってあるはずだ。しかし王子もベネディクトも兵士達も敵に注意を向けていて余裕がなさそうだ。
「せ、聖女様……」
「アドルフさん、喋らないで!」
「私には、3つになる娘がおります。どうか、どうか世界に平和を。娘に未来を」
私の手を握ってアドルフは懇願する。こんな何も出来ない小娘に娘の未来を賭けたりする。
「ベネディクト! 絶対に聖女様は守れ!」
「はっ! 命に代えても!」
「代えなくていい。命になんて代えなくていい!」
私の為に誰かが死ぬなんて許さない。誰も死なせない!
「聖女様? なっ、アルカンシエル……」
わかる。これが魔力だ。私の想いに応える様に力が湧き出てくる。そしてそれは虹色の光となって体の外に溢れだした。
「せ……聖女様。そのまま、私の手を握ったまま強く願うのです。私が魔術のきっかけを作ります。大丈夫です。聖女様なら、きっと」
その言葉を信じる。こんな初対面の小娘に命を賭けてくれたのだ。だったら私も信じるしかない。
握った手に力を込める。想いを乗せる。誰も傷つけない! 私が守る!
「うああああーっ!!」
神殿を覆う虹色のドームが形成されていく。絶対に破られない光の壁。
ルジャンや大男が魔術を行使するが光の壁に触れた途端に消滅していく。
「アタシとノワルの二人がかりで破れない結界だって?」
「聖女様、失礼します」
王子が私の手を取る。王子の欲するままに魔力を注いでいく。
「覚えておけ緋色の瞳よ。いつか貴様らの本拠地に乗り込んで決着を着けてやる」
「チッ、ずらかるよノワル!」
パチン、と指を鳴らす。視界を炎が埋め尽くした。360度、全てを焼き尽くす。1分ほど焼き尽くした後、魔術を解いた。
「逃げられたな。しかしもう攻めては来ないだろう。ベネディクト、アドルフに治癒魔術を」
「やっています! でも治りません!」
「ベネディクトさん!」
王子の手を離し、ベネディクトの手を握る。魔力が吸われていくが、アドルフの傷は治らない。目を開けることもない。
「もういいベネディクト。手遅れだ。死んでしまった人間に治癒魔術は効かない」
「そんな、嘘。アドルフさん!」
私に両親はいない。小さい時に事故で亡くしてしまった。アドルフさんの娘さんにも同じ様な寂しい想いをさせる事になる。
これ以上、そんな寂しい子供を増やしてはいけない。
「アドルフさん、約束します。娘さんの未来を守るって」
聖女召喚の日。アーガルムは偉大な魔術師を失い、私はこの世界を守る決心をした。




