15 ナイショの話
俺とピエールはシモンの個室で詳しい話を聞いた。
魔法陣。魔力を送り込む事でプログラムされた魔術を実行する魔法回路である。
裸婦像にはクロームが俺の筋トレ道具を作ったマニュアル魔術、あれと同じ様な魔術をプログラムした魔法陣を組み込んであるらしい。魔力を込める事でイメージした形状、質感に銅塊を変化させられるのだ。
アンジェリーク2号(プレイ用)の感触は素晴らしかったな。いやいや、あれは罠だ。のめり込んだら抜け出れなくなる。早く忘れるべきだろう。
シモンの魔法陣は誰でも使えるものではない。魔力を注ぐ、という事が既にマニュアル魔術の領域に入っているからだ。つまり俺には使えるが詠唱魔術しか使えないピエールには使えないという事。
でもこれは大した問題ではなさそうだ。
「シモンさん、魔法陣に使用者から魔力を吸い上げる回路を追加する事は可能ですか?」
「なるほど。それが出来れば誰にでも使える魔法陣になりますな。なんとかなるんじゃねえかなあ」
その回路の作り方は今のところ分からないそうだが、作成の手順に乗っ取って当てはめてやれば出来るだろうとの事。
シモンは形状変化の魔術や自動修復の魔術など、建築に関するものなら魔方陣や詠唱にする事が出来るという。
「詠唱も魔法陣も、作成するなら同じようなものでしてね。言葉にするか文字にするかの違いだけでさあ」
一通り説明を受けたが俺にはチンプンカンプンだった。
詠唱だと母音と節の文字数を属性に対応する素数で統一するとか、魔法陣であれば文字の作りに一定の類似性を持たせて云々。
つまりセラヴィスの文字と発音がわかっていないと理解できないのだ。俺の耳にはセラヴィスの発音で聞こえないから、詠唱や魔法陣の作成は無理っぽい。
反対にピエールはなるほどなるほどとしきりに頷いていた。ハイスペックな男だからな、のみ込みも早いだろう。
俺が興味をひかれたのは魔法陣に使う金属だった。
魔法陣は溶かしたミスリル銀を使って描くそうだ。
ミスリル銀。オリハルコンやアダマンタイトといった魔法金属の一つである。
その特徴は魔力伝導率の高さ。魔力をロスなく伝える性質から魔法陣の他にも魔術付与の触媒としても優れているそうだ。
「陛下から我々近衛騎士に下賜される剣にもミスリル銀が使われておりまして、それぞれ魔術を付与されています」
ピエールの剣には火魔術が付与されており、先程の裸婦像を真っ二つにした際も火魔術で剣を超高温にしたようだ。いわゆる魔法剣というやつだ、俺の中二心をくすぐるフレーズである。アーガルムでも魔法剣は何本もある訳ではなく、近衛騎士の証とも言われているそうだ。その力は凄まじいという。
「普通の剣では銅塊を斬るなんて事は出来ません。リリーナなら爪楊枝でも可能でしょうがね」
ちょくちょくリリーナの化け物具合を耳にするが、段々会うのが怖くなってきたな。なんだよ爪楊枝って。もうすっかり俺の中のリリーナはメスゴリラのイメージである。
ミスリル銀という金属は最初、液状のものらしい。魔術をかける事で銀の性質と硬度を得るのだとか。魔術を付与したい場合はこの時に付与させたい魔術をかけるのだそうだ。
ミスリルレートという鉱石を砕き、フォンドルレアという花の花弁を擦りおろした溶液に溶かす事でミスリル銀の原液が出来るという。
ピエール曰く、今日一番の発見はミスリル銀の製法が判明した事だという。
出回っている数も少なく、とんでもない高値で取引きされているミスリル銀。
しかし、今回の製法がわかった事でもっと高くなるかもしれない。
世に出ているミスリル銀製のものは全て既に魔術をかけた後らしい。つまり魔術付与は終わっており、魔術の追加や上書きは出来ない。
液状であるという事も知られておらず、ミスリル銀の原液を確保出来れば思い通りの魔術を付与させたマジックアイテムが出来上がるという事だ。そこに魔法陣が加われば技術革新どころではない。産業革命が起こるだろう。
世界に与える影響は計り知れない。シモンにはこれらの情報について無闇に他言しないように釘を刺しておく。
後日、工房を見学させてもらう事にしてこの話題を終了させ、シモンの個室を出た。あとはジークやツェーゲラ、クロームの意見も聞いた方がいいだろう。
さて、魔法陣は思いがけない収穫だったが本来の目的を忘れてはならない。
そう、フリオニールと友好度アップの為に陽だまりの家にやってきたのだ。
リビングに戻り、さりげなくジジイ共にフリオニールの事を聞いてみた。
「フリオですか? フリオが何か? あ、そう言えばジークハルト殿下と……、おっと、こいつはいけねえ」
フリオニールと王室の関係はあくまで噂である。シモンは言いかけたが慌てて口をふさいだ。
フリオニールは毎週末、風呂を沸かすボランティアで何ヵ所か老人介護施設を回っているらしい。
なんでもジジイ共が薪で沸かした風呂に入りたいとかワガママを言い出したそうだ。ただ、薪での風呂なんて重労働はジジイ共には出来ないし職員も女性が多い。諦めていた所に、どこでその話を耳にしたのか突然フリオニールが陽だまりの家にやって来て薪での湯沸かしを申し出たのだ。
フリオニールの湯沸かしは老人の間で人気になり、いつの間にか陽だまりの家だけでなく他の介護施設でも湯沸かしをするようになったらしい。
おいジジイ共、未来ある学生の時間をワガママに付き合わせてるんじゃねえよ。
「フリオは本当にいい子ですじゃ。あの誘拐事件を知らない者は呪いの子などと言っておるが、頭がよくて我慢強い優しい子なんですじゃ」
このジジイはオルガの誘拐事件の時、フリオニールと共に兵士団の説得をしたらしい。突然、「オルガお嬢様が倉庫に監禁されているんです! 助けてください!」とフリオニールに言われた時は驚いたそうだが、その鬼気迫る表情に嘘ではないと思ったという。フリオを信じ、兵士団に掛け合った影の功労者なのだ。
「昔話はやめてくださいよサミュエルさん」
ジジイ、もといサミュエルの話を中断させたのはリビングに入ってきたフリオニールだ。学園にいる時よりも表情が明るい。
「照れるでないフリオ。あの時のお前はカッコ良かった。オルガ様の事がよっぽど心配だったのじゃな」
「もう、誉めても何も出ませんよ。さあ、お風呂の用意をしますね……、聖女様?」
俺に気付き驚くフリオニール。
本当に学園の時とは違うな。こんなにもフランクに話が出来る奴だったんだなフリオは。
「こんにちわフリオニールさん。ボランティアをなさっているんですね。今時殊勝な事です。」
「いえ、僕はそんな……失礼します」
逃げるように裏庭へと出ていってしまった。
あれ? 俺なんかしたのかな。あからさまに避けられてる。
サミュエルはフリオニールと大分親しいようだし、情報収集するとしよう。
「私は嫌われているのでしょうか?」
「ふむ、あやつは力のせいで人と関わろうとしませんからな」
「サミュエルさんはどんな力か知ってらっしゃるので?」
「知っておりますが、ワシの口からは話せませんな。本人に聞いてくだされ。あやつが話すかはわかりませんが」
うーん、人を避けるような力、か。何か迷惑でもかかるってのか?それともフリオに負担がかかるとか?
「それにマリーダさんの事もあるかもしれませんな。聖女様は宮殿にお住まいじゃろう? フリオは思春期真っ只中じゃから、マリーダさんに近い人と会うのは恥ずかしいんじゃないじゃろうか?」
ああ、そうかもしれない。母親と同じ職場のお姉さんってそんな感じかも。お姉さんと話して母親にからかわれるのもいやだし、母親がお姉さんに自分の事なんて言ってるかわかんないし。
なるほどな、どちらにせよ要するにフリオが俺に対して壁を作っているだけだ。ならば簡単だ、ぶち壊すだけである。
風呂の用意を手伝う為、俺も裏庭に出る。
カコンッ、カコーンッ
薪を割る音が響く。あれ意外に難しいんだよな。
うちのじーちゃん山籠りが好きでよく付き合わされたんだけど、斧で薪を割るのってコツが要るんだよ。一回斧を食い込ませて、薪をくっつけたまま斧を振りかぶってそのまま降ろす。丸太に叩きつけられた勢いでスコーンッと割れるのだ。全身運動だからかなり疲れる。
「手伝いましょう」
腰を抑えて辛そうなフリオから斧を奪い薪を割り始める。
「聖女様にそんな事をさせる訳にはいきません!」
「大丈夫です。田舎で祖父に仕込まれましたからね。王都育ちのフリオニールさんより上手だと思いますよ」
斧を奪い返そうとするフリオをあしらいつつ、カコンカコンと慣れた手つきで薪を大量生産していく。
ん?斧の柄に血がついてる。俺の血ではない。
「フリオニールさん、手を見せてください。マメが潰れたのではありませんか?」
慣れないとマメが出来て大変なんだよな。俺は筋トレでシャフトを握ってるから何ともないけど、筋トレを始めたばかりの頃はマメが潰れて本当にキツかった。
「だ、大丈夫です!」
「聖女が傷ついた人を放っておけるはずがありません」
よし、色仕掛け作戦発動だ。斧を丸太の上に戻し、血豆のついたフリオの右手を両手で包み込み俺のカチカチの胸へと押し当てる。上目使いで目を見ながら中級治癒魔術の詠唱を始める。もちろん、詠唱はただのポーズだ。
「せ、聖女様? な、何をなさるのですか!」
当ててんのよ。
「ハイヒーリング。これでよし、と」
一瞬光った後、痛々しい血豆が完全に消え女性のような真っ白な手が現れる。さすがジークの兄弟だな、肌がきめ細かくて綺麗なんだよ。顔はジークには似てなくてどちらかというと童顔のカワイイ系だ。背も170ぐらいだから俺のように女に見える事もなく、幅広い層からモテそうで羨ましい。
治療が終わった途端俺の胸から腕を引き抜き距離を取るフリオ。その表情はひどく驚いている。
「ど、どういうつもりですか?」
「これでわかっただろ? 俺、男なんだよ。顔がこんなだから聖女やらされてるけどな」
信用してもらうには嘘をついてはいけない。
まず一番の嘘を訂正するところからだ。それからでないと信頼関係など築けやしない。
裏庭は背の高い木で囲まれているし、一つしかない出入り口にはピエールが立っている。ここでの話は俺とフリオだけの男同士の話だ。
あれ? カミングアウトにはそれほど驚いてないな。俺を見る目はなんというか、探るような、懐疑的な眼差しである。
「母に聞いたんですか?」
「へ? 何を?」
「とぼけないでください。母から僕の力の事を聞いたんでしょう? 人の心が読み取れる僕の力を!」
「え?」
「え?」
ふぇぇぇ、何言ってるかわかんないよぉ……。
「え?」
「僕の力の事知ってるから秘密を暴露したんじゃ……あ、そういえば今触れた時も聖女様から僕の力に関しては何も読み取れなかった……、ひょっとして、知りませんでした?」
フリオは自爆した。
いきなりポンコツキャラになるな!
ポンコツ枠は既にピエールとかクロームでお腹いっぱいなのだ。まあ、あの二人はなんちゃってポンコツだけどさ。
「うん、知らなかった。ドンマイ。マリーダさんもどんな力かは知らないって言ってたぞ」
「そうなんですね……、母は特に触らないようにしてるんでわからなかったんです。」
観念したのか、つらつらとフリオの力について話してくれた。
触れた相手の考えている事が流れてくるそうだ。長時間触っていれば自分から深く読み取る事も可能らしい。対象は人間だけではなく、魔力を持っているものなら動物でも植物でも読む事が出来るという。オルガが誘拐された時はオルガの部屋の観葉植物から犯人を特定し、街路樹からオルガの監禁場所を読み取ったそうだ。
「だから学園でいつも一人なのか?」
「だって、こんな奴と友達になんてなれないでしょ?サミュエルさんは変わらず受け入れてくれますけど、あの人が変わってるだけで」
学園にいる時のような無表情になり、俺に背を向けて薪割りを再開するフリオ。
不用意に人と接触すると知りたくない事までわかってしまう。それが相手にばれてしまったら関係が壊れてしまうのではないか。気味悪がれてしまうのではないか。だったら始めから関わらない方がいい、そう思っているようだ。
「じゃあ俺も変わってるのかな」
そっと、その背中に腕を回し抱きつく。
「聖女様、離れてください」
「構わない。俺の中、全部見ていいよ。俺にやましい事なんてないから」
やらしい事はいっぱいあるけどな。おっと、これも全部筒抜けなんだよな。まあいいか。
「は、離れてください。貴方がよくても僕が……」
「一人で我慢なんてして欲しくないんだ。これからは俺がいる。だから覚悟しろよ、お前もう一人にはなれねーから」
回した腕に力を込めてギュツとしてやる。
「離してください!」
「だから、もう離さねーって」
滴が一滴、俺の手に落ちてきた。フリオは肩を震わせている。
やっぱり素晴らしい能力だったな。
本来、気持ちとは言葉で伝えるものだ。
でも、言葉って難しいじゃんか。上手い事考えないと正確に伝わらないし、取り繕いすぎても嘘っぽくなるし、よく誤解も産んでしまう。でもフリオにはこうして触るだけで全部伝わるからさ、素晴らしい能力だよ。ちっとも呪われた力なんかじゃないさ。
「あなたの優しい気持ちが入ってきて……、泣きそうになるから離してください」
「もう泣いてんじゃねーか」
しばらく、フリオは俺の腕の中で泣き続けた。
―******―
翌朝、一人で職員室へ向かう俺にかかる挨拶の声。フリオニールだ。
「おはようございます聖女様。今日もお美しいですね」
何もかも諦めたような無表情ではなく、やけにすっきりとした顔のフリオ。
お美しい、というのは嫌味だろうな。
「おはようございますフリオニールさん。今日はお元気そうですね」
「塞ぎ込んでると美少女に抱きつかれるのですよ」
「あら、羨ましい事ではないですか」
「ゴツゴツしたムキムキの体で抱きつかれても何も嬉しくありませんよ」
そう言って少し笑うと、「では失礼します」と頭を下げて自分の教室へと歩いて行った。
その足取りは軽そうで、どこか嬉しそうに見えた。
レン×フリかなあ。
最近なんでかレンが攻めのがしっくり来るんだよなあ。フフ、腐腐腐腐腐。




