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12 残された者

 親友の話をしてもいいかな?

 そいつはさ、嘘みたいに綺麗で、馬鹿みたいに強くて、ガラスみたいに繊細な奴だった。

 その割にいつもくだらない事ばっかり言ってて、うちのねーちゃんとそんなに親しくないのに、ねーちゃんの誕生日にバッグをプレゼントに持ってきて、

 

 「え? 何これ? ねーちゃんに?」


 って聞いたらあいつ、


 「肩掛け鞄を普及させるのが俺の使命だ」


 とか訳わかんない答えを返してきた。

 要するにあいつバカなんだよな。馬鹿馬鹿しいほどバカなんだよ。


 「お前の妹ちゃんには肩掛け鞄プレゼントしないの?」


 って続けて聞いたら


 「あいつにはまだその資格はない」


 だと。

 確かにうちのねーちゃん巨乳だからな、肩掛け鞄の破壊力は凄かったさ。

 それに比べたらあいつの妹ちゃんはそりゃあ胸は物足りないかもしれないけど、それでもあの綺麗な顔は例え全くのペチャンコ胸だったとしてもお釣りがくるレベルだ。

 あ、妹ちゃんの名誉の為に言っておくけどペチャンコなんかじゃなくて胸はそれなりにあるよ。ちょうどいいサイズだ。

 っていやいや、そんな下衆い話をしたかった訳じゃないんだ。あいつの事を説明しようとするとどうしてもそういう方向に話が転がってしまうんだ、ほんと、業が深い奴だよ。


 あいつとの出会いは、出会いっていうか俺が一方的に「見た」ってだけだな。

 俺、中学一年の秋に引っ越してきたんだ。それで、新しい街を探険、というか散歩してたんだけどさ。

 かなり古くから在りそうなザ・日本家屋!って感じの大きな家を発見して、立派な門の看板には桜真流空手って書いてあってさ、中を覗いてみたら空手着姿のあいつが型をやってたんだ。

 もうね、壮絶に綺麗だった。桜真流って名前の通りにまるで桜みたいに、華やかで、艶やかで、儚げで。

 顎から滴る汗でさえ、太陽の光でキラキラ反射して幻想的で。

 その時は動きの意味なんてわからなかったけど、とにかく綺麗だった。

 しばらくあいつに見とれてたら、後ろから妹ちゃんが


 「うちに何かご用ですか?」


 って声をかけてきて、振り返ったらその妹ちゃんもこれまた綺麗で、つい照れちゃって「何でもないです!」って逃げるように走り去ってしまった。

 だから、本当の出会いは俺が転校した初日か。編入したクラスにあいつがいたんだ。

 学ランを着てたから、そん時に男なんだとわかって少しだけがっかりしたけどすぐに、男だったら友達になれるじゃん!って思ってさ。休み時間になったら話し掛けようとドキドキしてた訳よ。

 でも、話せなかった。

 あいつ、教室では休み時間ずっと机に突っ伏して寝た振りで時間を潰してたんだ。

 明らかに近寄るなオーラが出ててさ。

 二時限目の後の休み時間にあいつがトイレに行こうと席を立った。感情を殺してるようなわざとらしい無表情で教室を出ていく。

 あいつの机の上が真っ黒で気になって、近付いてよく見たら正直言葉を失ったよ。

 死ね オカマ アイワズゲイ キモいでーす うっふんうっふん 生きる価値なし なんでそこまで生きようとするの?

 そんな落書きがびっしりで、あいつの机は真っ黒だったんだ。

 休み時間はずっとそんな落書きに顔を埋めていたんだ。

 ショックだった。

 編入してきたクラスでそんないじめがあるっていうのもショックだったけど、あいつがただ耐えてるっていうのがショックだった。

 真っ黒って事は消してないんだ。絶対に最初はあいつも消していたはずだ。けど消しても消してもまた書かれるんだろう、何度でも書かれるんだろう。だから今では抵抗もしないんだ。ただじっと耐えて、時が過ぎるのを待っているんだ。悪意に顔を埋めて耐えてるんだ。


 教室に戻ってきても、あいつの表情は変わらない。無表情だ。億劫そうに、その大きな目を少しだけ細めて。そしてまた落書きに顔を埋める。


 次の授業、俺はもうダメだった。泣けてきて、吐きそうで、泣けてきて。

 あんなに綺麗なあいつがあそこまでつまらなそうに、どうでもよさそうに学校生活を送ってるなんて。


 給食の時間、あいつはいなくなった。当番の人間もあいつの机には配膳しないんだ。誰もがあいつを始めからいないようにしていた。


 「ここの人は?」


 って聞いてみたら


「さあ? 屋上でも行ってんじゃない?」


 って興味なさそうに言った。ああ、こりゃ駄目だ。


 結局その日は話し掛ける事が出来なかった。

 家に帰っても俺は泣きそうで、心配になったねーちゃんが何かあったのか聞いてきた。あいつの事はぼかしながら、ねーちゃんに相談した。

 そしたらねーちゃんは親に言って学校を変えて貰おうって。

 そりゃそうだよな。そんなクラス、そんな学校、行く必要ない。

 でもあいつは明日も行くんだよ。今時不登校なんて珍しい事じゃない、行かなければいいのに、親に心配かけたくないのかな。我慢するのが一番いいと思ってるのかな。

 でもそれはいらない我慢だ。


 「言いにくいなら私からお父さんに……」

 「やっぱり俺あいつと友達になりたい」


 ねーちゃんは目を丸くしてたけど、すぐに笑った。


 「アハハハ、あんたバカなんだね。わかった、頑張りな。けどあんたに被害が及んだら絶対に家族に言うこと!」


 「にひひひ、わかった。頑張る」


  


 次の日、朝早い時間に教室に入った俺は机をあいつのと交換した。

 あいつの机、改めて目の前にするとすげーな。こんなの俺だったら毎日なんて我慢できない。しかもこれ油性のマジックか何かだ。馬鹿なのかな、こんな証拠が残る事をするなんて。まあいいや、遠慮なくスマホのカメラで撮っておこう。

 しばらくして俺の後に入って来た奴が、あいつの席の落書き一つない机に気付いた。

 

「あれ、オトコ女の机キレーになってる。また書かなきゃ。えーとマジックマジック」


 「おい、それ俺の机なんだけど。何するんだよ」


 「え? 転校生? 何言ってんの? 俺はこいつの…おいおいその机何?どういうつもりなの?」


 そいつは俺の前にある机の落書きに気付いて、伺う様な、探るような表情を向けてきた。


 「戦うつもりだよ。もう写真も撮ったし、会話も録音する。あいつと俺に関わるんなら徹底的にやる。あと俺も給食いらねーから、知らんぷりしてるクソ先公にも言っといて」


 よし、言ってやった。もう後には引けない。引くつもりもない。

 でも俺、戦闘力5だからな。ほんとはスゲーびびってんだ。けど、この学校の奴等は俺の事なんか一つも知らない。転校デビューと洒落込もうじゃないか。


 「まあまあ転校生、俺たちは仲良くやろうや。あいつに関わると女菌がうつっちゃうぜ」


 「うつるもんかよ。大体なんだよ女菌って。こんな事やってるお前らの方がよっぽど女みてえだよ」


 ねちねちねちねち、クラスぐるみで。これ以上はやらせない。これ以上は許せない。


 「あ? 何、喧嘩売ってんの?」


 ああ、こいつかなりムカついてるな。そんな怖い顔で睨むなよ、俺弱いんだから。


 「おう、戦うっつってんだから喧嘩売ってるに決まってるだろ。いいぞいいぞ、証拠集めに協力してくれるんなら俺もいじめていいぜ。ただ俺は黙っちゃいない。やられっぱなしじゃいない。徹底的にやってやるよ。さあ選べよ。俺達に関わらないか、全員まとめて高校に行けなくなるか、どっちがいい?」


 「くっ……クソが。勝手にしろ。そっちこそ関わってくんなよ」


 捨て台詞を吐いていったが机に何もせずに自分の席に戻っていった。

 よかった。とりあえずなんとかなった。

 

 「おはよー。あれ?この机どうしたの?」


 他の奴も入って来て、綺麗な机を見て騒ぎ出した。マジックを取り出したから俺は録画スイッチを押してスマホを奴等に向ける。


 「おい、皆やめろ」


 俺のスマホにビビって最初の奴が止めに入った。

 そいつが説明すると、何人かは舌打ちこそしたが全員が何もしないで席についた。それを見て俺もスマホをしまった。

 東京育ちだからね、スマホは小学生の頃から親に持たされてるんだ。SNSは使用制限かけられてるけどさ。

 チャイムが鳴る時間ギリギリになってあいつが教室に入って来た。自分の机の異変に気付いてキョロキョロして、やがて俺の机に気付くと大声で叫んだ。


 「てめえら転校生までいじめるつもりか!」


 一瞬であいつは激昂した。自分の事は我慢するのに何で俺になると怒るんだよ。


 「知らねーよ。あの転校生が自分でお前の机と交換してたんだよ。キモいから喋るな」


 あいつはキョトンとした後に、俺の席に寄ってきて机を運ぼうとするが、俺は机を押さえつけてそれを拒否する。


 「余計な事するな。俺はこれでいいんだ」


 いい訳ないだろ。もしお前が良くても俺は嫌なんだよ。

 俺はお前の味方だって言ってやりたいけど、今は他の奴等もいるし昼休みまで我慢だ。

 

 「俺もこれがいいんだよ。こんなスタイリッシュな机を独り占めするなんてずるいだろ」


 「ばっ、バカかよお前」


 「今まであんまり言われた事ないけど、昨日もねーちゃんにそう言われたよ」


 「はっ、付きあってらんねー」


 戸惑いながらあいつは席に戻った。そして綺麗な机をしばらく見つめて、昨日と同じように腕を組んで枕にして寝た振りをする。あの机ならいい夢が見れると思う。


 給食の時間、あいつはまたいなくなった。俺も鞄からビニール袋を取り出して屋上へ向かう。


 立ち入り禁止と書かれた扉を開けて屋上へ出る。あいつは奥の方で膝を抱えて座り込んでいた。弁当を持っている感じでもない。用意しておいて良かった。

 

 「食べる?」


 袋から買ってきた焼きそばパンを取り出してあいつの前に差し出す。

 無視されるが膝の上にパンを乗せて俺も隣に座った。


 「何で俺に構うんだよ。俺に構うとみんなからハブにされるぞ」


 下を向いたまま聞いてきた。


 「別にいいよ。俺が友達になりたいのはお前だから。遠慮せずに食べろよ」


 あいつは顔をあげてパンを手に取った。袋を破りながら文句を言う。


 「なんで焼きそばパンなんだよ。これじゃ俺がパシリに使ってるみたいじゃんか」


 文句を言いながらも、焼きそばパンにかじりつく。

 確かに焼きそばパンはパシリに買いに行かせる定番だな。


 「え? 関西だからソース味のパンがいいかなって思ったんだけど」


 「はあ? 何で愛知が関西なんだよ。隣の三重は関西弁だから関西って言われてもしょうがねーけど、愛知は東海だろ」


 この時は俺もよくわかってなかったが、三重県も東海地方だ。

 ちなみにカレーの豚肉牛肉問題とか、関東と関西で違う文化の境目は三重県である事が多い。多分、愛知の人は関西寄りというより自分たちは関東よりだと思っているように感じる。だがそんな事は東京生まれの俺にはどうでもいい事だ。結局東京に比べたら田舎だからな。言ったら怒るから言わないけど。


 「あ、飲み物出すの忘れてたよ。はい、ラッシー」


 「何でラッシーなんだよ! 普通にお茶でいいだろ?」


 「コンビニで売ってるのが珍しくてつい。嫌いだった?」


 ラッシーの蓋にストローを差してずこーっと音を立てて飲み始めた。


 「いや、好きだけど。うん、美味いな」


 「ああ、美味いよなラッシー」


 「いや、その……誰かと食う飯って美味いな」


 照れているのかソッポを向いてあいつは言った。


 「アハッ、ああ、そうだね」


 「ありがと」


 ソッポを向いたままのお礼だったけど、どんな顔をしてるのかは想像がついた。


 「どういたしまして。そうそう、お前んち空手道場だろ?俺やってみたいんだけど生徒募集してんの?」


 「あ、ああ。募集してるけど」


 「マジで? 俺のねーちゃんもダイエット目的でやってみたいって言ってたから二人で行くかもしれない」


 「女子供はお断りだよ。うちは厳しいからな」


 あいつは首を振った。厳しいのは本当だろうけど、さすがに今のご時世に女性お断りというのは冗談だろう。大体中学生だって子供だ。


 「そっか、うちのねーちゃん巨乳なんだけどな。Fカップ」


 「歓迎します。よろしくお願いします」


 真面目な顔になって手のひら返すもんだから大声出して笑ってしまった。あいつは言い訳を始める。


 「最近物騒だからな。女性も護身術を身に付けるべきだってじーちゃんとも話してたとこなんだよ」


 「ハハハ、わかった。ねーちゃんに言ってみるよ」




 そんな感じでさ、あいつと友達になったんだ。

 それから俺とあいつはクラスの奴から無視され続けて、給食の時間は二人で屋上で飯食ってた。

 あいつも俺に気を許してくれたのか色んな事を話してくれた。

 あいつ部活動やってないらしいんだよ。小学生の時から空手やってるらしいんだけど、中学上がる前には全国大会とか出れるぐらいに強くてさ。でも中学に空手部が無いもんだから、本当は全員部活動やらなきゃダメなんだけどあいつは特別に自分とこの道場で空手やるから帰宅部でいいって事になったらしい。

 それがいじめのきっかけだったってさ。担任もそれを良く思ってなかったらしくて、先生もいじめを止める事なくエスカレートして今みたいになったんだと。

 あほくさ。自分と他人が違うなんて当たり前の事なのに。特別だと妬むのはしょうがないけど、それで嫌いになったりいじめの対象にするなんてさ、あほくさいとしか言い様がないよね。それで自分の能力が上がる訳じゃないのに。


 2週間ぐらいそんな学校生活を続けてたんだけど、給食費を払うって時に環境が変わった。

 給食費って銀行振り込みなんだけど転校してきたからまだ口座登録してなくて、とりあえず現金で俺が持っていく事になってたんだ。

 でも俺、給食を食ってないから払うの馬鹿馬鹿しくて、親に話したんだよ。給食は初日しか食べてない事、クラスでいじめがある事、俺はいじめられた奴の側に立った事、そして毎日パンを買ってるから小遣いがそろそろピンチな事。更にスマホで撮った机の落書きの写真も見せた。

 そっからは早かった。うちの父親がぶちギレてね、1週間後にはあいつと俺は隣町の学校に転校する事になってた。

 あいつのじーちゃんばーちゃんがうちにお礼を言いに来たり、あいつんちの道場に通うようになったりと色々あったけど、無事転校してからは平和な中学生活だったな。あいつも普通に受け入れられて、何故か俺も帰宅部が認められて毎日道場に通う羽目になったけど。

 そしてあいつといつも一緒だった中学生活が終わって高校生になった。

 あいつの方が頭良いいから高校は同じとこに行けなくて、前の中学の奴等があいつと一緒の高校になったらまたいじめられるんじゃないか、って不安だったけど杞憂だったみたいだ。

 高校では空手部があってあいつ強いからな、先輩にも一目置かれてるらしい。色恋沙汰は全然らしいけど、毎日充実してるみたいだ。

 俺も空手部に入ってさ、県の大会であいつに勝てた時はマジで信じられなかった。道場だといつも負けてたから。あいつは悔しそうだったけど、同時に嬉しそうだった。

 

 「来年は負けねーから」


 って言ってたけど、結局再戦する事はなかった。

 あいつは突然いなくなっちまった。

 小学生を助けて川に流されて行方不明のままだ。




 



 なあ恋、聞こえてるか?

 お前がいなくなってからもうすぐ一年だ。

 なあ恋、お前どこにいるんだよ。

 きっとお前の事だから、どこかでまた下衆な妄想でもしてるんだろう。

 会いたいよ恋。

 お前が助けた小学生、お前みたいに強くなるって道場に通ってんだ。

 頼むから帰って来てくれよ。

 せめてさ、妹ちゃんには顔を見せてやってくれよ。

 妹ちゃん、表面は元気そうにしてるけどさ、寂しいに決まってんだ。だってお前の事大好きだったから。

 だから、帰って来てくれよ。

 妹ちゃんの所に帰って、声をかけてやってくれよ。

 ただいまって。

 

 

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