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途中の始まり

 薄暗い森の中でガサガサと草木を分けて走る人影がある。木漏れ日を受けるその身には汚れて鈍く光る鎧を身に纏っている。その人物は息も絶え絶えに走り、時々後ろを振り返っては走る足に力を込め直している。


「ハァ……ハァ……」


 走りなれていないのか草や木の根に引っ掛かっては息をひきつらせている。その様子は何かに追われている様で、それを肯定するかのように濁った鳴き声と植物を折る複数の音が迫って来ている。

 何度目かの堪忍の際に遂に足を引っ掻けて人影が前方へと放り出される。その先は傾斜があったのかゴロゴロと転がり続け月の光が射す平地で止まった。

 月明かりに照らされた人影はその姿がはっきり見え、本来ならば月光と併せて幻想的に映るであろう兜から溢れる銀髪に一揃えの鎧は土や草の汁などで美しさが妨げられている。


「くそっ!」


 兜でからもった声で鼓舞をするかのように叱咤を吐き出す。そして、腰に下げた鞘から剣を引き抜く。

 しかし引き抜かれた剣は半ばから折られたように無く、刃こぼれもあり鋭さも力強さも感じられないが、無いよりはましと言うように今出てきた場所へ向かって構える。

 その場所から鎧をきている人物と同じように転がり出てくる二つの影。それに向かって折れた剣を振るうと濁った鳴き声と共に緑の液体が飛び散る。

 斬られたそれは神話や童話に出てきそうな醜い化物モンスターだった。その二匹は斬られた場所が悪かったのか鳴き声が次第に小さくなり消える。


「まずは、二体……」


 不意討ちであっても、手に収まっている折れた剣での攻撃は体力を消耗するのか先程よりも息を荒げる。

 そして坂の上から同じような濁った鳴き声。それに続いて草木が折れる音がしてそれが近づいてくる。

 そこそこ知能があるのか、先に行った連中が消えたことから慎重に降りてきているようだ。


「くっ、そう簡単には倒させてくれないか。だが、我が使命にかけて一匹でも多く仕留める!」


 逃げている時とは一転して目に覚悟の火が灯る。荒れていた息を整えるとモンスターが出てきた藪を睨む。

 


────────



 ガシャンと鎧の一部が落ちる。

 草木の汁と土埃で汚れていた鎧は至るところがヘコみ、肩や腰のプレートが剥がれている。疲労とダメージが蓄積された体はもはや構えるのが精一杯だめ見てとれる。

 だが、騎士を囲う化物たちはまだ5匹も顕在している。


「ハァ……ハァ……、もはやこれまでか……。だが、この者たちに我が祖国の土を踏ませるわけにはいかない。ならば!」


 騎士が折れた武器を構え直すと、その剣が光輝いて辺りを昼間よりも煌々と照らし出す。


「この命を賭してお前たちを──」

「はいはい。そう急かさずとも今着いたし、目の前に保護対象いるから」

「なっ!?」


 輝く剣を振り上げたところで第三者の声が騎士の耳に届いた。こんなところに一般人がなぜいるのかと考える前に口を動かそうとして、

 ──体が動かないことに気づく。


「やあどうもどうも。君達は一応識別不明だから拘束させてもらったよ。これ以上の戦闘行為は俺がめんどくさくなるからやめてね」


 なにかしらの装置による逆光で第三者の姿はシルエットになっていて細かいところまでわからないが、声と立ち姿から男性であると感じられた。

 男の言葉から騎士が視線を動かして見るとさっきまで襲ってきていた連中が身動きひとつしていない。自分と同じように現れた男性のなんらかによって拘束されていると思われる。


「とりあえず言葉わかる? はろーはろー、ぐっもーにん。って夜かー」


 なにを言っているのかわからない。喋っている言葉は聞き取れているのに意味がわからない。騎士を追っていた相手は騎士にとって民に、国に害を為す者であり、発見されたならば隊を率いて全滅させねばならない相手である。それに対して拘束されているとしても対話を仕掛けるものなど皆無だ。

 騎士のその常識を打ち破るかのように気軽に話しかけている男性はおかしいとしか思えない。


「んん~、って口も動かせないようにしてたわ。ちょっと一人だけ解除してっと。……オケー、ちょーっと荒めだったのは謝るから幾分か静かにしようぜ。…………唾飛ぶし臭いし。落ち着いたかい? じゃあ改めて」


 気軽に話しかけていた男だったが口の拘束を解いた瞬間からイラついたような感じが言葉に見え隠れし始めた。しかし、根気よく、時々違う対象に話を振るような様相をしイラついたことを出さないようにしている。


「ああ、もうめんどくせ」


 が、何度目かの口元の拘束を解除した後に飛ぶ罵詈雑言のような醜い鳴き声とともにやってくる唾に我慢の限界が来たようだ。


「コミュニケーションの不可能を報告。外敵識別を申告。……了解」


 その言葉が男の口から出た瞬間、腰に落ちた影が隠していた入れ物から棒状の物が引き抜かれ頭上に掲げるとすぐに振り下ろした。そして次のときには化物が破裂したように拘束されていたその場所の周囲50cmほどの空間が真っ赤に塗りつぶされ一瞬の後にそれは消え去った。

 男は肩をほぐす仕草をしながら騎士に振り向く。騎士は男と目が合った(ような)時に体を跳ねさせたがガッチリされた拘束で少し体を痛めただけだった。


「……第二目標に接触を開始する。やあやあどもー。君はさっきのよりも人間に近そうだから会話、……は出来なくても簡単なコミュニケーション、出来るよね?」


 先ほどの光景が無かったかのように話しかけてくる男。その気軽さは本人にはそういった意図が無いはずなのだが、先に見た光景のせいで威圧感が感じられる。ああなりたくなかったら大人しく話しをしようか、と。

 騎士は顎にあった拘束が消えたことが肌でわかり、ここで先の化物のように礼節に欠いた物言いをするとこの男に殺されるそのことが頭によぎる。そして、コンマ数秒考えた後に騎士から出た言葉は、


「わ、我が名はベルクリムロウ大国皇族直下私設部隊、リムルベル騎士姫直属『九つの花弁』第二部隊副隊長。『心銀』の名を共に受けし剣に賭け嘘偽り無きことを――」

「え、は? ちょっと待て、なにそれ長い……。えと、あー、もうチョイフランクに。そうだなぁ……、世界観からしたら……そうそれ! 賊に襲われて危機一髪で助けてもらった冒険者? 旅の武芸者? そんな人に対する名乗り方でいいから端折って。俺ソシャゲのイベント走ってる時だから早く帰りたいの……え? あ、違います。サボりとかじゃ無……などではなく、はい、はい、……はい。……そんなわけで軽めの自己紹介どぞ」


 騎士が儀礼式典などで使う畏まった口調の自己紹介をしたとこ困惑した状態になった男。そしてどこかに通信、遠き場所にいる者に怒られたらしい男から威圧感は完全に消えた。そして、見た目からして落ち込んだ男からのパスで改めて騎士は口を開く。


「国属部隊の『九つの花弁』第二部隊に所属しているリーゼラルムヴェル・リリルウェラル・ログウィエムス・ケストゥムスだ」

「……あっと、俺、じゃ無くて。わたぁ? ……。自分は日本国家直属異界災害対策室所属の篠和源蔵。丁寧な対応に感謝します。自分の衣服や装備品などで困惑してしまうかも知れませんが、配慮のため先にもうしゎ、んっ、申し上げておきます。ようこそ異世界へ」


 男が小声で噛んだ事に恥ずかしがっているが、言われた言葉に騎士は困惑した。

 その男は確かにこういったのだ。

 ようこそ異世界へ、と。


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