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匂い

「匂い」はエセSFです。

エセSFがお嫌いな方はご注意下さい。

 認識番号:T-13G5H753BI4-8697956322547

 個体名:シズカ

 マスター:Law

 タイプ:汎用ヒューマノイド


 私がマスターに与えられた個体情報はそれだけ。


 私は22万2516.4時間前――約25年前――、人間で言うところの家政夫としてマスターに製作された。

 マスターはヒューマンインターフェイスの権威で、しかし人間嫌いが高じて、隠遁生活をおくっていた。

 私を造った理由も、人と接したくないからだった。


 私を造ったその時でさえ、既にマスターは高齢だった。それから25年近くも経ったのだ。人間の平均寿命を考えると、長生き過ぎるくらいだったろう。

 マスターは頻繁に「人間嫌いの私が長生きをするとは、人生とは何と皮肉な事だ」と言っていた。


    *


 そのマスターの一切の生命活動が、昨夜停止した。


 哀しいという感情はインプットされていなかったので――人間は人が死ぬとその様な感情を持つのだという――、私はデータベースから「葬儀」という項目を引き出し、その準備を始めた。

 データベースには、最近の流行は宇宙葬だと書かれていたが、マスターがそれを望むとは思えなかった。マスターの思考パターンから鑑みるに、火葬ないし土葬で、地に埋められる事を望むだろう。


 生憎、マスターの遺体を火葬するだけの火力と空間を持った装置がなかったため、私はマスターを土葬にする事に決めた。

 マスターに防腐処理を施し、氷室――研究所の一施設である――に安置し、私は棺を買い求めに街へ降りた。


 幸い、マスターの研究費用兼生活費として国家から支給されている金にはまだ余りがあったので、金銭的な問題はなかった。

 棺を買い、郵送を頼むと、私は帰宅の途についた。


 途中花屋を見かけ、葬儀に花を飾る習慣もあるという事を思い出す。

 マスターが花を好むとは思えなかったが――現にマスターの屋敷内で花を見た事はない――そのような習慣があるならば、と花屋に立ち寄った。


    *


「はい、いらっしゃい」

 茶色の髪の推定25歳前後の女性が、勢いよく言う。


 言ってから、青い瞳で私をまじまじと見つめた。


「……ヒューマノイド?」

 本人は小さな声で言ったつもりだろうが、人間とは聴力の異なる私にははっきりと聞こえた。


 確かに、私は一般的なヒューマノイドに比べて、ヒューマノイドめいた部分がない。マスターに言わせれば、人間臭く造った、との事だ。

 しかし、人間にはごく珍しい青銀の髪と紫の瞳は私を人でないものだと言っているようなものだった。


「花を下さい」

 私は少しボリュームを上げて言った。


 私には理解できないが、時折女性が私を見て、頭に血を上らせる事がある。マスターは怒っているのとは違うのだ、と言っていたが、私には未だにその差がわからない。


「…………あ、ハイ。何のお花を?」

 しばし硬直していた女性は、更に顔を赤くしながら私に尋ねた。私はその様子を見て、少し声のボリュームが大きかったかもしれない、と考えた。


 しかし、それ以前に何の花を購入するか考えていなかった私は、沈黙した。

「……考えていませんでした」

 正直に告白する。


「えっと……じゃあ、どなたに贈る花なのかしら? それともご自分用に?」

「マスターにです」

「失礼ですけど、貴方のマスターはご病気か何か? それともお祝い事かしら?」


 私は瞬間的に考える。病気では、ない。祝い事でも、ない。


「どちらも違います」

「貴方のマスターは男性? 女性?」

「男性です」

「そうね……あ、年齢はおいくつくらいの方?」

「102歳と8ヶ月と12日でした」

「まぁ、ご高齢なのね」

 言いながら女性は首を傾げた。


 ――じゃあ何で?

 疑問が顔に表れているような顔だった。


 しかし、私はその疑問に答える義務がないので――訊かれなかったからだ――沈黙を守る。

「何かお好きな花はあります?」

 質問の主語が曖昧だったが、マスターにも私にも好きな花はないので「ありません」と答える。


「そうね、じゃあこれはどうかしら」

 そう言って女性が手に取ったのは大輪の百合だった。

「いい匂いでしょう? 今ちょうど時期なのよ」


 食物にこだわりのなかったマスターは、私に味覚と嗅覚を与えなかった。その為、匂いはわからなかったが、傷もなく大きく咲いた花は、美しいと言われる条件を満たしているのは理解した。

「それを下さい」


「何本お求めですか?」

 私は先刻買った棺を思い出す。マスターは高齢であることもあり、一番小さな棺でも余ってしまうくらいだった。棺とマスターの体積を比較し、花屋に置かれた百合を見る。


「そこにある百合をすべて下さい」

 そのくらいないと、棺に入れ、周囲に飾る分に足りないだろう、という判断だった。


「…………は、はい! 毎度ありがとうございます」

 私は料金を支払い、それも配達を頼んだ。


    *


 最後に役所にマスターの死亡を届け出た。死亡届は受理されなかった。ヒューマノイドが届出をするには、二人以上の医師の診断書が必要なのだという。知らない内に法改正が行われていたようだ。

 すぐさまデータベースを確認すると、1週間前に緊急で改正が行われ、区切りのいい今日から施行となったようだ。法律の項目は1ヶ月に一度、まとめて変更がなかったかどうかのチェックをする為、気付かなかったらしい。


「申し訳ありませんね、改正前はヒューマノイドの申告でも構わなかったんですが、ヒューマノイドを使った悪質な保険金詐欺もありますし、最近はその……物騒な事件が起こり易いものですから」

 “人間臭い”私に罪悪感を覚えたのか、受付の男性はもごもごとそう言った。


 物騒な事件とは、約3ヶ月に起きたヒューマノイドの事故だろう。ヒューマノイドが自らのマスターを死に至らしめたしたのだ。その事件をきっかけに、最近ヒューマノイドの誤作動が数件確認された事がわかった。


 原因は設定ミス。一時的にマスターの登録が解けてしまったのだ。マスターの家にいない状態で、認証された人間でもない人間がマスター宅にいる。この状態をヒューマノイドは異常と見て、警報を鳴らし、対象の人間のいる部屋の鍵をロックした。たまたまその瞬間、そのヒューマノイドのマスターは左右から閉まる扉の中央に立っていた。扉はロックされ、身動きの取れない状態になったマスターは、高齢で、心臓に持病を持っていた。

 不幸な偶然が重なったとも言える事件である。発作を起したそのマスターは亡くなった。おそらくマスターが亡くなって直に、ヒューマノイドはマスターを再認識し、生命活動の停止を確認。マスターを扉から解放し、ベッドに運んだ。警報に駆けつけた警官は、亡くなったマスターと死亡届をプリントアウトしているヒューマノイドに出くわした。彼らはマスターの身体についた痕を不審に思い、防犯カメラを検め、今回の事件が発覚したというわけである。


 私は役所を出ると、最寄の病院に連絡を取り、マスターの家まで来てもらう事にした。


    *


 私が家に帰ると、タイミングよく花屋の車が来た所だった。帰宅は予定より遅れていたが、幸い棺の届いた様子もなかった。

 私は花屋から花を受け取り、氷室に運んだ。マスターの周りを百合でうずめる。


 ややあって、棺が届いた。それも氷室に運び込み、マスターを中に入れた。空いたスペースを花で埋める。


 それから大分経って、人間の医師がふたりと医療用ヒューマノイドがやって来た。23年前に登場した医療用ヒューマノイドのお陰で、医師の仕事はないも同然という公然の秘密通り、医療用ヒューマノイドはマスターを老衰による死亡と断定。医師たちは医療用ヒューマノイドがプリントアウトした死亡診断書にサインをして帰っていった。


「綺麗には綺麗だがこれは……また凄い香りですなぁ」

 と、医師のひとりが帰り際、そこここを埋め尽くす百合に小さく漏らした。


    *


 私には匂いの概念がない。


 匂いとはいかなるものなのだろうか。

 こればかりは説明できないとマスターは言った。


 理解は出来なかったが、私は氷室に充満しているらしい百合の“香り”を感じ取ろうとした。形として鼻はあるが、嗅覚を要しない私には無意味なものだ。実質的な機能はない。口も同様で喋る以上の機能はなかった。


 それでも人間が呼吸をするのを見よう見まねでやってみる。

 特に何も起きない。


 私はマスターを見た。


 何故マスターは私に嗅覚を備え付けてくれなかったのだろうか。

 答えはわからない。


 また、マスターが起き上がって私にその機能をつけてくれる可能性がない事もわかっていた。


 翌日、死亡届を受理されたマスターを埋葬した。

 私はマスターの墓に花を飾る。何故そうしているのかはわからない。行動原理の不明な行動は慎め、とマスターに言われていたが、行動原理はあるような気もしていた。自分の考えがよく分からない。故障の前兆かもしれない。


 そして同じく故障めいた思考で私は思う。マスターが生き返る確率は本当にゼロか、と――。

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