竹
――竹のお花が咲くのはとっても珍しいの。
そう教えてくれたのはアキちゃんだった。
――じゃあ竹のお花が咲いたら一緒に見に行こうよ。
そう言ったのはわたし。
*
竹は今年、黄緑の花をつけた。
*
わたしは都内の大きな公園の、大きな大きな噴水の縁に座って、アキちゃんを待っていた。
一番最初、アキちゃんに会った場所がこの噴水。
それ以来、アキちゃんと待ち合わせるといつもここ。
わたしの目の前を小さな男の子と女の子の集団が走って行った。
一緒に遊びたかったけど、わたしはじっと我慢をする。
だってわたしはアキちゃんを待っているのだ。勝手に遊びに行ったら、アキちゃんは怒ってしまうかもしれない。
わたしはアキちゃんが大好きだったから、嫌われたくなかった。
さっきの男の子と女の子の集団が戻ってくる。こっちに向かって走ってくるので、わたしは遊ぶのに誘われるのだと思った。
誘われたらどうしよう。
ごめんなさい。アキちゃんを待ってるから、一緒に遊べないの。
うん、そう言おう。
心の中でそう決める。
男の子と女の子の集団はあっという間にわたしの目の前にやってきた。わたしは足が遅いので、早いなぁと感心した。
集団の中で一番偉そうにしている男の子が一歩前に出た。みんなのリーダーだろう。
「やーい、ババァ!」
わたしはびっくりしてしまった。
あんまりびっくりして声も出ない。
彼らは、ひたすらはやし立てる。
遠くから、女の人が走ってきた。
「コラ! タケルやめなさい!!」
リーダーの男の子のママのようだった。怒鳴りつけられた男の子と、その他の子どもたちは、わーっと声をあげながら好き勝手な方向へ走って行ってしまった。
男の子のママがわたしの前に立ち、申し訳なさそうに頭を下げる。
「本当にごめんなさい、ウチの子が……」
「大丈夫です」
わたしは答えた。うん。大丈夫。ババァなんて言われると思ってなかったからびっくりしただけだ。
男の子のママがいなくなると、わたしは足をぶらぶらさせる。
アキちゃんはなかなか来ない。
探しに行ったほうがいいかもしれない。
今朝もテレビで誘拐事件についてやっていた。小さい子どもが狙われるらしい。アキちゃんも、途中でそんな誘拐犯につかまってしまったのかもしれない。
わたしは心臓がどきどきするのを感じた。
もしそうだったらどうしよう。
アキちゃんは助けを求めているかもしれない。
でも、もしもそうじゃなかったら?
わたしがアキちゃんを探しに行った後、アキちゃんがここに来たら?
わたしは困ってしまった。
どうしよう。
そうだ。アキちゃんのおうちに行こう。行ってアキちゃんを迎えに来たよ、と言おう。
アキちゃんは、もしかしたら約束をすっかり忘れてまだおうちにいるのかもしれないし。
わたしは噴水の縁から立ち上がって、アキちゃんのおうちへと歩き出した。
*
わたしはアキちゃんの家に行くまでの間に、アキちゃんとすれ違ったら大変だ、と辺りを見回しながら歩いた。
周りを見て歩いたから、普段から遅いわたしの足が、もっと遅くなる。
でもわたしは一生懸命歩いた。
ゆっくりだったので、アキちゃんのおうちへの道のりが遠く感じる。
いっぱい歩いた気がして、足がくたくたになった。
アキちゃんのおうちは、広いお庭のついた大きなおうちだ。
マンション暮らしのわたしのうちとは違う。
アキちゃんのおうちは、長い長い塀が続いていて、わたしはいつかそんなおうちに住んでみたいと思っていた。
だけど、今日はその長い塀が白と黒の幕で覆われている。
だれかのいたずらかしら、とわたしは思った。
入り口まで行くと、白いテントがあった。幼稚園の運動会の時、ホーソーセキのあるようなテントだった。
黒い服の大人の人がたくさんいた。
わたしは何があったのか、アキちゃんに聞こうと思って、一生懸命アキちゃんを探した。
アキちゃんが約束にこれなかったのに、関係がある気がしたのだ。
そのうち、たくさんの大人の人に囲まれた、黒い服のアキちゃんを見つける。
わたしはアキちゃんに近寄った。
「アキちゃん、どうしたの?」
アキちゃんはびっくりしてわたしの顔を見る。
「ねぇ、今日公園に来られなかったのはこのせい?」
アキちゃんのママもびっくりしたようにわたしを見た。
どうしてだかわからない。
いつも元気なアキちゃんも、ぽかんと口を開けながら立っているだけで、わたしの質問に答えてくれなかった。
突然、わたしは肩を強く引かれて、強引に後ろを向かされた。髪をまとめて黒のスーツを着た女の人が立っている。
「おばあちゃん! しっかりして下さい! その子はアキノさんじゃなくて孫のユウカちゃんよ」
ユウカちゃん? アキちゃんにこんなにそっくりなのに、アキちゃんじゃないのかしら? じゃあアキちゃんはどこ?
目の前の女の人にそう聞こうかと思ったけど、女の人があんまり怖い顔をしていたから、わたしは怖くなって、女の人の手を振り払った。
「急に病院を抜け出したって聞いて心配したんですよ!? 私です、マキコです。シンイチさんの妻の。わからないんですか? おばあちゃん!」
やはり黒い服を着た小さな女の子が、わたしの服の袖を引いた。
「おばーちゃん。どうしたの?」
「おばあちゃん、貴女の孫のサツキよ? わかるでしょう? おばあちゃん、しっかりなさって!」
何を言っているのかわからない。
アキちゃんはどこだろう。
おうちの中かもしれない。
わたしは、再びわたしの肩を掴んだ女の人の手を振り払って、アキちゃんのおうちの中へ入った。
おうちの中は薄暗くて、お仏壇のにおいがした。
広いお座敷の奥にお花がたくさん飾られ、お線香がたくさん供えられていた。真ん中に、誰かの写真が飾ってある。着物を着たおばあさんの写真だった。
アキちゃんはいない。
どこに行ってしまったんだろう。
他の場所を探そうとすると、さっきの黒いスーツの女の人がわたしの手を掴んだ。
「おばあちゃんいい加減にしてください! みんな心配してるんです。病院に帰りますよ!」
いやいやをするのに手を離してくれない。
「アキノさんには私が代わりにお線香をあげましたから、ね?」
嘘つき。お線香があがってるのはアキちゃんじゃない。
嘘つき。アキちゃんは約束を守ってくれない。
アキちゃん、どこへ行ったの?




