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やや女性の同性愛的描写がありますので、チョットでもそんなのあったら嫌! という方はご注意下さい。

ただし、逆に期待するほどのナニもありませんので、そういう意味での期待もしないで下さい。

 その日は、朝から頭痛がした。


    *


 いつも通り高校に向かう為に家を出たが、途中で気分が悪くなって路上に座り込んだ。

 夏の熱気がじわじわと伝わってくる。


 しばらくそうしていたが、道行く人にじろじろ見られるのが嫌で、近くの公園まで行った。

 朝の公園は人がいない。ぼんやりとベンチに座るのは嫌いじゃない。木陰に入っているベンチに私は深く腰掛ける。


 上を見ると、青ざめた空に白い月が見えた。太陽は眩しすぎてそちらを見ることすらできない。日差しはきついというよりは鋭く、刺し貫くような激しさを持っていた。


 近年稀に見る猛暑――だっけ。

 今朝の天気予報を思い出して口の中でだけ呟いた。


 上を向くのが辛くなってきたのでうつむいた。体勢的にはこの方が楽だ。

 背中まで長くたらした髪が顔の横にさらさらと落ちてきた。カーテンが閉められたように視界が狭められる。

 私はただひたすら、口腔に溜まる唾を何度も飲み下していた。気持ちの悪さごと嚥下しているようで、更に気分が悪くなる。しかし、止める事もできずに、その動作を繰り返す。


 ただそれだけのことをどのくらい長くやっていたのか、苦しい中でぼんやりと「もう今日は遅刻だろうな」と思った。



「大丈夫?」



 不意に誰かの声がした。


 のろのろと顔を上げると、同じ学校の制服が見えた。スラリとした足と、スカートの裾。顔は見えない。そこまで視線をあげるのが辛かった。

「……大丈夫です」

 喉が引きつって、かすれた声が出た。


「気分が悪いの? 日差しにあてられた? 暑いからね」

 ハスキーな低音。科白とは裏腹に、口調は涼やかだ。


 すっと、視界にあった膝が折れ曲がり、目の前に顔が現れた。


 まっさきに目に入ったのは目だった。

 長いまつげに縁取られた目が、上目遣いにこちらを見上げてくる。整った顔立ちの中に、媚びた様子も、なよやかな風もしない力強い瞳。それに寄り添うかのように引き締まった唇は赤い。


「化粧……してるんですか?」

 思わず間の抜けた事を訊ねてしまった。


 私の――そしておそらく彼女も――通う高校は、規則にうるさい進学校なのだ。進学校故か、校風か、堂々と校則を破るような生徒はなかなかいない。


 彼女は軽く目を見開き、にやり、と笑った。

 その動作の為に、短く切った彼女の髪が揺れる。


「可愛いね」

 わけがわからない。


 彼女は立ち上がると、私の隣に腰掛けた。

 気分は、まだよくならない。嘔吐感にも似た吐息を飲み込み、私は散々悩んで隣の彼女を無視することにした。

 そんな事より気分が悪い。


 ふ、と息をついた瞬間、肩をつかまれ強く引き寄せられる。

 言葉を上げる暇もなく、私は彼女の太ももに頭を乗せる格好になっていた。


「……なに……」

 とっさに伸ばした腕も絡めとられる。振りほどこうにも力が出ない。


「じっとしてなよ。気持ち悪いんでしょ」

 名前も知らない彼女は私の顔を覗き込んだ。


「止めてください」

「いいじゃん」

 私の言葉には取り合わず、そっと手のひらを私の額に当ててきた。

 ひやりとした感触が伝わってくる。正直気持ちよかった。


「目、閉じてたら?」

 そういう彼女を無視して、逆に私はまじまじと彼女を見つめた。


 小作りな顔。肉のそげた尖った顎と、それを縁取るように落ちている短い黒髪。日に晒すのがもったいないような白い肌。通った鼻筋を中心に、印象的な瞳と唇。

 こういう人を美人というのだろう、と思った。


 大きな黒い瞳が面白そうにこちらを見下ろしている。

「アタシの顔何かついてる?」


 冷たい手の感触に、少し気分のよくなった私は苦笑しつつ言った。

「……目と鼻と口」

「っははは! アンタやっぱ面白いね。気に入っちゃった」

 そこまで笑われると思っていなかった私は、涙を流して笑う彼女にぎょっとする。


「気分ちょっとは良くなったみたいじゃん」

「……ええ、まぁ……おかげさまで」

「なにそのとってつけたような返事」

 唇を尖らせてそう言いながらも、額におかれた彼女の手は優しい。


「良いんですか? 学校」

 訊ねた私に、彼女はあっけらかんと言う。

「いいんじゃない?」


「よく……ないですよ」

 出欠は内定に響く。彼女の学年はわからないけれど、下手をしたら将来にかかわる。

「ん、てかサボろうとしてここ来たんだしね」


 その言葉を、私はすんなりと納得してしまった。自分の高校に堂々とサボる人間がいるとは初耳だったが、そうでもしなければこんな通学路に関係のない公園でへたりこんでいる自分に会えるはずもない。


「少し寝たら?」

「でも……」

 そこまで迷惑はかけられない、と続けかかった唇を押さえ、額に置かれていた手を目の上まで移動させる。


「大丈夫、」


 私はなぜだか自然に目を閉じてしまった。


    *


 ふっと目を開けると、間近に大きな瞳があった。


 眠るつもりはなかったのに、いつの間にか眠っていたらしい。

 彼女は私が目を覚ましても、こちらをじっと覗き込む。


「……あの、」

 顔を背けることもできなくて、思わず言うと、彼女は微笑みながら顔を引いた。


「いやーホント可愛い顔してるな、と思って」

 自分より綺麗な顔をした人に言われたくはない。


「可愛くないです」

 言いながら身を起こして、彼女の隣に座りなおした。

 気分は大分よくなっていた。


「十分に可愛いよ。昼のお月さま」

「は?」

 思わず聞き返す。意味が解らない。


 彼女は人差し指で高く空を指した。

「今にも消えそう」


 私はわけもわからずムっとする。確かに身体が丈夫な方とはいえないが、そう簡単に消え去る程か弱いつもりもない。

「ならあなたは夏ですね」

 彼女はちょっと目を見開いた。


「夏? 季節の?」

 ただ何となく言っただけの私は彼女の素直な反応に驚く。

「そう。夏みたいにハッキリした自己主張の激しい人――私とは正反対ですね」

 慌てて無理矢理そうこじつけると、彼女は爆笑した。


「それ良い! 今度使わせて!!」

 一体何にだろうか。

 眉根を寄せる私に、彼女はまた笑った。


「ご褒美に教えてあげよう。アタシの名前、ナツって言うの」

「夏……」

 何とはなしに繰り返す。


「そ。時代劇みたいでしょ?」

 皮肉気に笑って立ち上がる。


「大分気分良くなったみたいじゃない。良かった」

 私は慌てて礼を述べた。

「ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる。


「良いってば」

「でも、お礼を何か……」

 彼女はとりあわずに歩き出す。

 が、数歩歩いてから、もう一度戻ってくる。

「やっぱお礼だけもらっとくわ」


「じゃあ、連絡先を教えてください」

 私はメモを取ろうと携帯を開きながら言った。電話帳の新規登録画面にたどり着くより早く、彼女が言う。


「秘密。」

 言うが早いか彼女の顔が近づき、すばやく私の唇に自分の唇を押し当てた。


「――――ッ」


 咄嗟の事に反応できずにいると、彼女は近づいてきたのと同じすばやさで離れ、にこやかに手を振って公園を出て行った。


 情けないことに、私が動けるようになったのは彼女の背中も見えなくなってからだった。

 どういうつもりだろうか。



“やっぱお礼だけもらっとくわ”



 彼女の科白を思い出す。

 よもやさっきのキスはお礼の代わりだったのだろうか。


 私は首を左右に振る。

 いやいや、男のヒトならともかく――男性が同じ事をしたら容赦なくひっぱたいただろうが――。


 いつの間にやら、一握り残っていた気分の悪ささえ吹き飛んでいた。

 彼女の去った方を見る。


 突拍子もない変な人だったが、もう一度、彼女と話がしてみたいと思った。

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