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依頼の帰り道

宿へ向かっていた二人。

ミティは歩きながら、ふとヴェリスヴァルトを見上げた。


「あの……」

ヴェリスヴァルトが視線だけ向ける。

「ヴェリスヴァルトさんって、おいくつなんですか?」


旅の途中でふと気になった、何気ない疑問だった。

ヴェリスは少しだけ口を噤み(つぐ)、それから短く告げる。


「……ヴェリスでいい」

「え?」

「長い」


不意を突かれたミティは一瞬、くりっと目を丸くした。だが、その硬質な響きの中に棘がないと悟ると、ふっと表情を柔らかくほころばせる。


「……じゃあ、ヴェリスさんって呼んでもよろしいのですか?」

「ああ」

ヴェリスが小さく頷く。その姿に、ミティは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます」

「では…私のこともミティって呼んでください!」


「ああ」

そして一つ息をつくように間を置いてから、ヴェリスは前を向いたまま答えた。


二十歳はたちだ」


「……え?」

思わずヴェリスを見上げる。


「は……二十歳!?」

驚きのあまり、少し大きな声を漏らしてしまった。

「ああ」


立ち居振る舞いから、もっと経験を積んでいるように見えた

老けて見えるわけではない。ただ、その佇まいがああまりにも落ち着いていたからだ。


てっきり二十代半ばくらいだと思っていた。

「びっくりした……」

思わず小さく笑ってしまう。


「ヴェリスさん、とても落ち着いてる方なので....」

「もっと年上だと思っていました」


ヴェリスは少し間を置いて答えた。


「……よく言われる」

「私は今年で十九になります」

ヴェリスが少しだけ目を向ける。

「そうか」

「じゃあ、私たち一つしか違わないんですね」

「ああ」


ミティは隣を歩くヴェリスを見る。

今までずっと、自分を引っ張ってくれる「大人」だと思っていた。けれど、蓋を開けてみれば二十歳。思っていたよりもずっと近くに、同じ年の背中があった。

そう気づいた瞬間、胸の奥で張り詰めていた緊張が、不思議とスッとほどけていくのを感じた。


しばらく並んで歩いたあと、ミティは少しだけ裾を抓るようにして口を開く。


「……あの」

「なんだ」

「もし、よかったら……」

言葉を探すように、彼女はわずかに目を泳がせた。

「敬語、やめてもよろしいでしょうか」

ヴェリスはミティを見る。

「敬語?」

「はい」

「ヴェリスさんのこともっと年上の方だと思っていたので……」


普段の彼女は、気高く、凛とした表情だ。

しかし一つしか違わないと知って少し気恥ずかしそうにはにかむその笑顔には、隠しきれない年相応の少女らしい柔らかな可愛らしさがあった。


「一つしか違わないって分かったら、なんだかずっと敬語なのも変な気がして」

ヴェリスは少しだけ思案するように目を細め、やがて口を開く。

「構わない」

「……本当ですか?」

「ああ」


ミティの顔が、ぱっと明るくなる。

「ありがとう」

ヴェリスは小さく頷

「ああ」

ミティは隣を歩きながら、もう一度ヴェリスを見る。

ミティは気恥ずかしさを誤魔化すようにキュッと唇を引き結んでいた。


やっとの思いで勇気を出したのか、恥ずかしそうに指先でそっと頬をかきながら、呟く。

「じゃあ、あらためて……よろしくね、ヴェリス」


初めて呼び捨てにした。

ヴェリスは少しだけ目を向ける。


「ああ」


ミティは、なんだか少し嬉しくなった。

両親を失ってからは、屋敷でも学院でも孤立していた。

旅に出てからも、一人で何も分からないまま歩き始めて。

そんな自分に、初めて年の近い友達ができた気がした。

ミティは小さく笑いながら、ヴェリスの隣を歩いていった。



しばらく歩いたところで、ヴェリスが足を止めた。

「少し寄らせてくれ」

「うん」

ミティも立ち止まり、その視線の先を見る。

木製の看板には、焼き菓子や果実のタルトが描かれていた。

「甘味屋……?」

思わず小さく呟く。

ヴェリスは静かに扉を開けた。

カラン

澄んだベルの音が店内に響く。

「おっ、ヴェリス!」


奥から飛んできたのは、ひどく明るい声だった。「いらっしゃい!」と店主が気さくな笑顔でカウンターへ歩み寄ってくる。


「依頼帰りか?」

ヴェリスは小さく頷いた。

「ああ」

ヴェリスの肯定に、店主はふと目を細めた。

「おっ……珍しい」


そこにようやく隠れていたミティの姿を見つけ、店主はにこりと目を細める。

ミティは少し照れながら会釈を返した。


店主は楽しそうに笑う。

「ヴェリスが誰かを連れてくるなんて初めて見た」

「今日は木苺のタルトがおすすめだ」


ヴェリスはショーケースをゆっくり眺める。

一つひとつを静かに見比べ、少しだけ考える。

やがて口を開いた。


「木苺のタルトを二つ」

「毎度!」


店主は慣れた手つきで箱へ詰めていく。

「はい、お待たせ」


ヴェリスは代金を渡し、箱を丁寧に受け取った。

「ありがとう」

軽く頭を下げる。


「こちらこそ。また来てくれ」

「ああ」


ミティはそのやり取りを静かに見つめていた。

(……常連なんだ)


再び、カランと乾いたベルの音が鳴り響いた

少し歩いたところで、ミティは箱へ目を向けた。


「あの」

ヴェリスが視線だけ向ける。

「二つ買ってたけど……」

首を傾げる。

「もう一つは?」


「あなたの分だ」

一瞬、言葉が喉につかえた。

「えっ……私の?」

「ああ」

「でも……」


まさか、自分の分まで買ってくれているとは思っていなかった。

反射的に遠慮の言葉が出かかったが、それよりも先に、ヴェリスの低い声で淡々と言う。


「今日は初めての依頼だった」

「十分だ」

ミティは嬉しそうに笑った。

「……ありがとう」

「ああ」


ヴェリスはそんなミティを横目で見る。


笑っている。

理由は分からない。

ヴェリスはしばらくその表情を見ていた。

初めての依頼だった。

それでも、最後まで自分の手でやり遂げた。


十分だ。


ヴェリスは視線を前へ戻した。

一方、ミティは箱を大切そうに抱えていた。


(褒めてもらえた……!)

胸の奥が、なんだかぽかぽかする。

それだけでも嬉しかった。


でも――

ヴェリスに「十分だ」と言ってもらえたことが、何より嬉しかった。


ミティは隣を歩くヴェリスを見上げる。

「……ふふ」


(甘いものが好きなんだ)

(それに……)

(こういう優しさを、さらっとできる人なんだ)


ヴェリスはまた、ちらりとミティを見る。

まだ笑っている。

やはり理由は分からない。

ヴェリスは何も言わず、そのまま歩き続けた。

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