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初依頼

小さな炎は、ぱちぱちと音を立てながら燃えていた。

ミティは嬉しそうにその火を見つめている。

旅へ出てから初めて、自分の手で火を起こすことができた。

それだけのことなのに、胸の奥が少しだけ温かくなる。

「ありがとうございました」

ミティは火から顔を上げ、ヴェリスヴァルトへ頭を下げた。

ヴェリスヴァルトは短く頷くだけだった。

「行くぞ」

「はい」

火が完全に消えたことを確認すると、二人は再び町へ向かって歩き始めた。

春の風が草を揺らし、街道には旅人の姿がちらほらと見える。

しばらく歩いていると、不意にヴェリスが口を開いた。

「今日は依頼を受ける」

ミティはその言葉に顔を上げた。

「依頼……ですか」

「ああ」

その横顔を見つめながら、ミティは少しだけ考え込む。

「……あの」

ヴェリスヴァルトが視線だけを向ける。

「実は私も、旅に出た翌日に冒険者ギルドへ登録したんです」

「ああ」

「でも……」

少しだけ困ったように笑う。

「どの依頼を受ければいいのか分からなくて」

「採取ならできると思ったんですけど、魔物が出るから一人では危ないと言われてしまって……」

「結局、一つも依頼を受けられませんでした」

ヴェリスヴァルトは少しだけ考えるように前を向いたまま歩いていた。

やがて静かに口を開く。

「なら」

「今日、見ていくか」

ミティは思わず足を止める。

「え……?」

「依頼を受けるところから」

「終わるまで見ておけばいい」

一瞬、言葉が出なかった。

そして、ぱっと表情が明るくなる。

「……いいんですか?」

「ああ」

「ありがとうございます!」

自然と笑みがこぼれる。

ヴェリスヴァルトは何も言わず、再び歩き始めた。

ミティもその後ろを追い掛ける。

やがて町の入口が見え始め、その先には見慣れた剣と盾の紋章が掲げられた建物があった。

冒険者ギルド。

今度は登録ではない。

初めて、冒険者としての仕事を知るために、ミティはその扉へ向かって歩き出した。



二人は冒険者ギルドの扉を開いた。

昼前ということもあり、建物の中は多くの冒険者たちで賑わっている。

依頼を受ける者。

報告を終えた者。

酒場で談笑する者。

ミティはそんな光景を見回しながら、ヴェリスヴァルトの後を追った。

ヴェリスヴァルトは迷うことなく受付へ向かう。

「依頼を受けたい」

ヴェリスヴァルトは冒険者ギルドの身分証明書を提示して少し考えてから、

「Eランクの採取で頼む」

受付の女性は一度証明書を確認すると一瞬だけ不思議そうな顔をする、その次にミティに視線を向けて何か察したかのようにニコリと笑い答えた。

「ヴェリスヴァルトさんですね」

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

「ああ」

女性は一枚の依頼書を取り出し、ヴェリスヴァルトへ差し出した。

「では、内容をご確認ください」

ヴェリスヴァルトは依頼書を受け取り、静かに目を通し始める。

一行ずつ、ゆっくりと。

文字を追う視線は、時折ぴたりと止まった。

急いで読む様子はない。

一文字ずつ確かめるように読み進めていく。

その様子を見た受付の女性が、穏やかに声を掛けた。

「お読みしましょうか」

ヴェリスヴァルトは依頼書から顔を上げる。

「ああ」

女性は依頼書を受け取り、読み上げ始めた。

「町の西にある薬草畑での採取依頼です」

「納品は本日の日没まで」

「報酬は500クートとなります」

説明を聞き終えると、ヴェリスヴァルトは短く頷く。

「問題ない」

「かしこまりました」

続いて受付の女性は書類とペンを差し出した。

「こちらへご署名をお願いいたします」

ヴェリスヴァルトはペンを受け取る。

紙へ視線を落とし、ゆっくりと文字を書き始めた。

一文字。

少し止まり、また一文字。

慎重に確かめながら、自分の名前を書き上げる。

受付の女性は急かすことなく、静かに待っていた。

「ありがとうございます」

女性は証明書を返すと丁寧にお辞儀をした。

手続きは終わった。

その一連のやり取りを見ていたミティは、小さく目を丸くしていた。

「あの……」

思わず受付の女性へ声を掛ける。

「失礼でしたら、ごめんなさい」

「今のは……」

受付の女性は優しく微笑んだ。

「驚かれましたか」

「はい……」

ミティは小さく頷く。

女性は穏やかな口調で続けた。

「平民では、珍しいことではありません」

「学校へ通えない方も多いですから」

「まったく読むことができない方もいらっしゃいますし、読み書きが苦手な方もいらっしゃいます」

「そのため、ご希望があれば私たちが依頼書を読み上げたり、内容をご説明したりしているんです」

ミティは静かに息を呑んだ。

はじめてギルドに登録しに行ったときに識字能力について尋ねられた。

あの時はどうしてそんな質問をするのか全くわからなかった。

でも――

(……何も知らなかった)

(こんなことも知らないなんて……)

そんな自分が恥ずかしくなる。

「……そうだったんですね」

読み書きは当たり前だった。

だから今まで、一度も考えたことがなかった。

自分が当たり前だと思っていたことは、誰にとっても当たり前ではない。

旅へ出てから、また一つ。

ミティは、自分の知らなかった世界を知った。



ヴェリスヴァルトは林の入口で足を止めた。

「薬草は」

そう言って地面へ視線を向ける。

「どれでもいいわけではない」

ミティも慌てて足元を見る。

草が一面に生えていた。

どれも同じように見える。

「見分けるんですか?」

「ああ」

ヴェリスヴァルトは近くに生えていた草を一本摘み取った。

細長い葉。

先端は丸く、小さな白い花をつけている。

「これだ」

ミティは受け取り、じっと見つめる。

「依頼書に描いてあった絵と……同じ」

「ああ」

ヴェリスヴァルトは周囲へ視線を巡らせる。

「似た草もある」

「間違えれば」

「買い取ってもらえない」

ミティは思わず背筋を伸ばした。

「そんなことまで……」

ヴェリスヴァルトは腰を下ろし、薬草を根元から丁寧に掘り起こす。

「根は傷つけるな」

「価値が落ちる」

「はい」

ミティも隣へしゃがみ込み、同じように手を伸ばす。

慎重に土を払う。

根を傷つけないよう、ゆっくりと引き抜く。

「……」

土が崩れ、薬草がきれいな形のまま抜けた。

「できた!」

嬉しそうにヴェリスヴァルトへ見せる。

ヴェリスヴァルトは薬草を一瞥し、小さく頷いた。

「ああ」

けれど、その一言が嬉しかった。

ミティは思わず笑みを浮かべる。

「よかった」

旅へ出てから初めてだった。

自分にもできることを見つけられた気がした。



薬草を納品し、依頼を終えた帰り道。

夕暮れの街道を、二人は並んで歩いていた。

依頼を終えた安心感からか、ミティの足取りは朝よりも軽い。

腰には今日受け取った報酬が入った小さな革袋。

歩くたびに、小さく音を立てる。

しばらく無言が続いた。

不意に、ヴェリスヴァルトが口を開く。

「杖」

ミティは顔を上げる。

「え?」

ヴェリスヴァルトの視線は、ミティが背負っている杖へ向いていた。

「魔法を使うのか」

ミティは嬉しそうに頷く。

「はい」

歩きながら杖へ手を添える。

「氷属性の魔法を使えます」

「治癒魔法も、基礎だけなら」

「そうか」

ミティは少し首を傾げる。

「あの……ヴェリスヴァルトさんは?」

「魔法は使われるんですか?」

少しだけ間が空く。

「風属性だ」

ミティは目を輝かせる。

「風属性なんですね!」

ヴェリスヴァルトは前を向いたまま続ける。

「……使えない」

「え?」

「だが、魔法はほとんど使えない」

そう言って右手を軽く前へ差し出す。

Gwynt(グウィント), chwytha(フウィサ)

かすかに見える歪んだ小さな魔法陣。

輝きも弱い。

ふわりと柔らかな風が、ミティの頬をそっと撫でる。

白い髪が、かすかに揺れた。

「……これだけだ」

どこか諦めたような声でも、自虐するような声でもなかった。

ミティは、しばらく黙っていた。

頬を撫でた風の感触を確かめるように、そっと目を細める。

「……とても優しい風ですね」

ヴェリスヴァルトの指が、わずかに動きを止めた。

「……」

何か言おうとして、やめる。

褒められることに慣れていないのか、ほんの少しだけ視線が揺れた。

「……そうか」

それだけ呟くと、ヴェリスヴァルトは前を向いた。

(……こういう時、何と言えばいい)

(……わからない)


ミティはそんなヴェリスヴァルトの横顔を、少しだけ見つめていた。

学院では学んでいた。

魔力量には個人差があることも。

十分に魔法を扱えない者がいることも。

けれど、実際にそういう人と出会ったのは初めてだった。

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