見ていた
冒険者ギルド――
「グレイルプスの群れの討伐、お疲れさまでした!」
「ミティさんもよく頑張りましたね!」
「ありがとうございます」
ミティは少し照れくさそうに、はにかむと丁寧にお辞儀をした。
報告書と討伐証明の牙を提出すると、二人は冒険者ギルドを後にした。
空は深い紫色から鮮やかなサーモンピンクへと溶け合うようにグラデーションを描いていた。
「足が棒みたい....明日は筋肉痛になりそう」
「そうか」
ミティはいつもより歩幅を小さくし、疲れの滲んだ顔で石畳を歩いていた。
時折、ふくらはぎを気にするように足へ視線を落とす。
しばらく歩いたところで、ミティはふと顔を上げ、隣を歩くヴェリスを見る。
先ほどまで疲れていた表情が、少しだけ明るくなった。
「ねぇ、ヴェリス!」
「なんだ」
ヴェリスは視線だけをミティへ向けた。
「今日の私どうだった?」
ヴェリスは視線を少し上に向け静かに考えた。
そして視線をミティに戻す。
「初めての本格的な実戦にしては、よくやっていた」
「えへへ……」
ミティは少しだけ頬を赤くし、照れくさそうに笑った。
「……だが、魔力を使いすぎるな」
「え?」
ヴェリスは視線を前に戻す。
「あなたは優秀だ。一つひとつの魔法に込める魔力が多い。今回は魔力切れを起こさなかった」
ヴェリスは間を置いてから続けた。
「だが、あれではいずれ魔力切れを起こす」
ミティは少し目を丸くした。
学院では、魔法の威力や精度、魔力の密度が評価される。
少ない魔力で必要な効果を引き出すことよりも、どれだけ強く、正確な魔法を構築できるか。
だからこそ、実戦でも無意識のうちに、魔力を多く込めて魔法を組み上げていた。
けれど、それは長期戦を想定した戦い方ではない。
学院で身につけたやり方と、実戦で必要なものは違う。
そのことに、ミティはようやく気づいた。
それから照れくさそうに笑った。
「もしかして、残りの魔力がギリギリなのバレてた?」
「ああ、バレている」
ヴェリスは頷いた。
ミティはくすりと笑う。
「ヴェリスって、やっぱり凄い……」
「私が気付かなかったことまで、ちゃんと見てたんだね」
「あぁ、見ている」
そして、ヴェリスは少しだけ視線を落とした。
「あと……」
「ん?」
わずかに間を置いてから、ミティへ視線を戻す。
「……体力づくりだ」
「うっ……それは自分でも何となく足りないって気付いてた……」
ミティは肩を落とし困ったように笑った。
そしてふと気づく。
そこには、いつもの菓子屋。
ヴェリスは立ち止まると、迷いなくそこの店へ向かった。
ミティはそんな背中をみつめ、自然と口角が上がった。
カランと乾いたベルの音が鳴る。
焼き菓子の甘い香りと、店主の陽気な声が二人を出迎えた。
「ヴェリスにミティちゃん!」
「いらっしゃい」
「こんにちは!」
ミティはぱっと笑顔を浮かべ、店主へ挨拶を返した。
ヴェリスは軽く会釈する。
そして依頼書の内容を確認するかのように、腕を組み真剣にショーケースのなかの焼き菓子を見比べていた。
ミティは一通りショーケースの中を見渡すと、迷いなく言った。
「今日は、チェリーパイにします」
だがヴェリスはまだ見ていた。
しばらくして――
「オレンジのマドレーヌ」
店主が「はいよ」と陽気な声で言うと、焼き菓子を丁寧に包んで箱に入れた。
箱を受け取り礼を言うと二人は店を後にした。
ミティはヴェリスを見つめ、ふと思った。
旅の知識を教えてくれた時も、魔物と戦っていた時も、ヴェリスはいつだって頼もしかった。
そんな彼が、表情ひとつ変えずに焼き菓子を吟味していた。
けれど――不思議と分かる。
ヴェリスが、これを楽しんでいることだけは。
そして、ふと気になった。
「ねぇ、ヴェリス」
「ん?」
「いつから甘い物好きなの?」
ヴェリスは少し考え、答えた。
「……18」
「結構最近なんだ!小さい頃から好きなのかと思ってた!」
「違う」
「幼い頃は食べたことがない」
「…え?」
「18の時に初めて食べた」
「……焼きたてのスコーンだった」
「18歳の時にはじめて……?」
「ああ」
「そうだったんだ」
「じゃあ、スコーンがきっかけなんだね」
「ああ」
そんな話をしているうちに、二人は宿へ戻ってきた。
受付を済ませ、それぞれの部屋へ向かう。
「ヴェリス!また夕食のときね!」
ミティは笑顔で大きく手を振った。
「……ああ」
ミティは一度だけ振り返った。
ヴェリスは振り返ることなく、自分の部屋へと向かっていく。
その背中をみつめ、ミティは小さく微笑んだ。
そして、自分の部屋へと向かっていった。




