第44話 私が見たかった。
シャナラは口を閉ざした。
シャナラが背負っているものも、囚われている状況も、歩んできた道筋も、ルルタではとても理解しようがない重いものだ。
自分のような何の力もないただの娘には、シャナラを守るという資格などないのではないか。
そんなことは、誰に言っても失笑されるだけだ。
心のどこかでそんな声がする。
ルルタは寝台の中で動かずジッと考えた。
脳裏に、後宮に来ると決まった時から今この瞬間に至るまでの出来事が次々と浮かんだ。
心が定まらないまま、何かに導かれたようにルルタは口を開く。
「私は侍女になる前、いつも後宮の生活を想像していました」
後宮に侍女として奉公に上がらないかという話を初めて聞いた時から、後宮とはどんな場所でどんな人がいるのだろう、同じ侍女はどんな子たちで、仕える主はどんな人なのだろうとずっと想像していた。
少しの不安と大きな期待で胸がはちきれそうだった。
「後宮は私が見たことがないような夢みたいに綺麗な場所で、私が会ったことがないような人がいっぱいいて、たくさんの侍女仲間が出来る。私がお仕えするかたは、きっと凄く綺麗でお優しくて、自分に仕える侍女のことをみんな覚えていて、私みたいな侍女に向いていない田舎から出てきた平民の娘も分け隔てなく可愛がって下さる。私が頑張っているところもちゃんと見ていて下さって、『よくやっている』『ルルタが侍女になってくれて良かった』そう言って喜んで下さる。そう思っていました」
ルルタはゴクリと唾を飲み込み、話を続ける。
「でも、後宮に来てお会いしたシャナラさまはお綺麗だけどすごく冷たくて、私の想像したかたとは全然違いました。私のやることなんて全然見て下さらなくて、無関心、というか何をしてもうざったそうで」
「ルルタ、あの時のことは……」
「済まない」と言おうとするシャナラに向かって、ルルタは急いで首を振る。
「違うんです。もちろんシャナラさまに全く相手にされないことは凄くショックだったんですけれど……それ以上に不思議だったんです」
「不思議?」
シャナラの問いにルルタは大きく頷く。
「シャナラさまは私だけじゃなくて、目の前のこと、全部に興味がなさそうで冷たくて怒っているように見えたから……このかたは国王陛下の寵愛を一身に受ける美しいお妃さまなのに、何でこんなに寂しそうなんだろうって、そう思ったんです」
ルルタは初めて会った時のシャナラの様子を思い出した。
シャナラは目の前で挨拶をするルルタに対して、多少の敵意以外は興味も関心もなさそうに見えた。
その後もシャナラは、同じ部屋にいても目の前にいても、心がどこかにないようなどこか遠くの場所にいるように思えた。
「家では父さまも母さまも姉さまも、怒られたり色々言われることはあったけれど、みんな私のことをいつも考えてくれました。家で雇っている人たちも、みんな『お嬢様』って言って優しくしてくれて……だから、初めてだったんです。私が話すこともやることも全然届かない、目の前にいるのに、ここにいないみたい。そう思う人に会ったのは」
美しいが、温かみがない冷たいシャナラの横顔を思い出す。まるで魂が入っていない、大きな人形がそこに置かれているかのようだった。
その時、自分の心の中にあった感情の輪郭をルルタは言葉で辿る。
「どうしたらこのかたが笑顔になるんだろう、どうしたら幸せだって思って下さるんだろう。そう考えるようになったんです。それで凄く考えて……気付いたんです。私、今までそんな風に人のことを考えたことがなかったなって。だって……私の周りにいた人は、みんな家族がいて人に囲まれている人ばかりで、それが当たり前だと思っていたから」
シャナラは戸惑ったように言った。
「お前は優しいから、宮廷に一人でいた私に同情してくれたのだな……」
「違います!」
シャナラは驚いたように口をつぐんだ。
ルルタも自分の声のあまりの大きさにハッとする。
一体、自分は何にこんなに興奮しているのか、何につき動かされているのか、何を言いたいのかわからなかった。
わからないまま、ルルタは心の奥から溢れ出す感情を言葉にしていく。
「違います、違うんです、シャナラさま。私はシャナラさまに同情したんじゃありません。もちろんお一人で、遠いこの国に来られて大変だろうなって思ったけれど……でも、それが一番じゃないんです」
ルルタは自分の内部の中を覗き込む。
ごちゃごちゃになった心の片隅に、たったひとつほのかな輝きを放つをものを手にとり、目の前にかざした。
「私が見たかったんです、シャナラさまが笑ったところを」




