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第三十七話 巨大サソリとの戦い

「まあ、きれいなお水がありますわ。飲めるのかしら」


 キャサリンが駆け寄った池の縁には、大小数多くの発光キノコが密集して生えていた。キャサリンは気付いていなかったが、それらのキノコには無数のイモムシが取り付いており、キノコを食べていた。そのイモムシたちはアルカの市場で見た緑色の幼虫とは異なり色が白く、大きさも体長が十センチと大型だ。そしてキャサリンが近くに来ると、なぜか、キャサリンを目指して一斉に這い出し始めた。


 そんなこととは思いもよらず、キャサリンは水面にかがみこむと、両手で水をすくって口に運んだ。


「まあ・・・おいしいお水ですわ」


 キャサリンンが水に気を取られている間に、足元から無数のイモムシがキャサリンの体をわさわさ這い上がってきたのだ。


「きゃああ、なによ、このイモムシは」


 キャサリンは驚いて立ち上がった。何匹かのイモムシは地面に落ちたが、まだ多くのイモムシたちがキャサリンの足元から続々と体を這い上がってくる。そして背負っているリュックサックの中に次々に頭を突っ込む。


 その様子を見た俺は叫んだ。


「キャサリン、その虫はリュックの中のクッキーを狙っているんだ。キノコなんかより、よっぽど栄養があるクッキーを見つけて、イモムシが大興奮しているんだ。リュックは諦めて捨てるんだ」


「イヤよ。わたくしのクッキーをイモムシなんかに食われてたまるもんですか」


 ついにはキャサリンの服の中にもイモムシがどんどん入りはじめた。


「ひやぁ、くすぐったいわ。ダメよ、何すんの、この変態イモムシ!」


 驚いた俺たちがキャサリンに駆け寄り、イモムシをキャサリンの体からはぎ取り、向こうへ放り投げた。ところが、周辺のキノコから無数のイモムシが続々と群れを成してやってくるのでキリがない。焼け石に水である。しびれを切らしたルミアナが言った。


「お嬢様、虫よけのポーションをからだに掛けますので、すこし我慢してください」


 ルミアナはポーションバッグから小瓶を取り出すとキャサリンの体に振り掛けた。するとイモムシがばらばらと地面に落ち、キノコの方へ這い戻って行った。


 キャサリンが地面にへたり込んで言った。


「・・・はあはあ、助かったわ」


 俺たちがキャサリンのイモムシで騒いでいる時、広い空洞のずっと奥の方から巨大な影が俺たちに向かって近づいていた。ワシャワシャという固い物体がこすれ合う不気味な音が徐々に強くなってくる。


 ルミアナがその接近にいち早く気が付いて振り返る。


「しっ。黙って・・・」


 その場に緊張感が走る。ルミアナが耳を澄ます。


「気を付けて、あちらから何かが近づいてくるわ」


 ルミアナの指さした方向、発行キノコの間に黒い影が蠢めいているのが見えた。やがて発光キノコをかき分け、体長七メートルはありそうな赤黒い大サソリが姿を現した。光に照らされて鈍く輝くキチン質の胴体には鋭い棘が無数に生え、高く振り上げた長い尾の先端には毒針らしきものも見える。サソリは大きな二本のはさみを構えて俺たちめがけて突進してきた。


 レイラは盾を構えると、抜刀して前に出た。


「お下がりください、私が食い止めます。ルミアナ殿は援護をお願いします」


 ルミアナが矢を放ったが、サソリの強固な外骨格に弾かれてしまった。


「ちっ・・・硬すぎるわ」


 そのまま直進してきたサソリを、レイラが鋼鉄の盾で正面から受け止める。鉄を打つ激しい衝撃音とともに、レイラの体がずりずりと後ろへ押される。右からサソリのはさみがレイラの顔面へ襲い掛かるが、剣を振り上げて弾き返した。


 カザルが墓場で拾ったウォーハンマーを振り上げてレイラの左横から突進する。


「おらあ、虫の分際で生意気な。食らいやがれ」


 カザルの頭上から、サソリの毒針が矢のような速さで突き下ろされる。間一髪、カザルは横に転がると毒針の攻撃をかわした。


「あぶねえ、あぶねえ、人間を相手にするのと勝手が違うぜ。うかつに近寄れねえ」


 ルミアナはサソリに向けて次々に矢を放つ。だが、エルフの弓をもってしても、分厚い殻に覆われたサソリの胴体に矢はまったく刺さらない。


 その様子を見て俺はルミアナに言った。


「サソリに対して幻惑魔法は使えないのか、たとえば恐怖魔法で追い払うとか」


「昆虫のような知性のない相手だと、精神系の幻惑魔法は効果がないのです。しかし陛下の訓練してきた火炎魔法なら有効かもしれません」


「火炎魔法か。しかし・・・」


 俺は迷った。火炎魔法を実際に発動したことはまだ一度もない。もし灯火魔法の時のように魔法に失敗して、爆発でも引き起こしたら取り返しがつかない。


 一方、レイラは巨大サソリの執拗な攻撃を超人的な剣と盾の技でなんとか退けている。しかし、耐えるのが精一杯で、攻め手を繰り出すことができない。サソリは強力な力でレイラを押し続けており、このままではいずれ力が尽きてしまうだろう。


 カザルもウォーハンマーを振り回しながら隙を伺いつつ何度も踏み込もうとするが、そのたびにサソリは長い尾の毒針をカザルめがけて突き出してくるため、近づけない。


「くそ、いまいましい毒針め」


 弓攻撃をあきらめたルミアナはポーションバッグを探っていたが、虫よけのポーションを手に取った。


「虫よけポーションで巨大なサソリは倒せないけれど、サソリも虫だから、ひるませることはできるはずだわ」


 ルミアナがポーション瓶をサソリの頭部に投げつけた。頭部に当たった瓶が割れて液体が飛び散ると、サソリの動きが僅かに鈍くなった。


 その瞬間をレイラは見逃さなかった。はさみに押さえつけられていた盾を放りだすと、捨て身で右前に走り込んだ。そしてサソリの尾の付け根をめがけ、渾身の力を込めて剣で切り込んだ。この体勢ならば確実にサソリの尾を切り落とせる。


 が、しかし同時に、サソリの毒針も毒液を噴き出しながらレイラをめがけて振り下ろされていたのである。


 閃光のごとく打ち込まれたレイラの剣は、一撃でサソリの尾を根元から切り落とした。しかし、それより一瞬早く、サソリの鋭い毒針がレイラの背中に突き刺さり、プレートアーマーの装甲を貫通して毒液が体内に注入された。


「ぐは・・・」


 レイラの全身から力が抜け、視界が白くなる。


「アルフレッドさま・・・」


 レイラは気を失ってサソリの足元に崩れ落ち、身に着けているプレートアーマーが激しい音を立てた。その横には根元から切断されたサソリの尾が転がり、毒液を噴き出しながらビクビク動いている。

 

 カザルが真っ赤になってサソリに殴りかかる。


「毒針さえなきゃ、こっちのもんだ。このサソリ野郎め、叩き潰してやるぜ」


 カザルがサソリと戦っている隙に、キャサリンとナッピーがレイラの腕を引っ張って、サソリの足元から引き離してきた。


 ルミアナが駆け寄る。


「レイラ! しっかりして」


 ルミアナは解毒のポーションをレイラの口から流し込む。俺は愕然とした。俺が火炎魔法による攻撃をためらったことで、レイラをピンチに陥れてしまった。・・・もうこれ以上迷っている場合じゃない。必ず魔法を成功させる。


 俺は墓地で採掘した赤い魔法石を数個、右手に握りしめると、火炎がカザルに当たらないよう、サソリの側面に走った。


「カザル、離れろ! 火炎魔法を使うぞ」


 そう叫ぶと俺は右手の拳を前に突き出し、精神を集中して魔法の図形を念じた。


 <火炎噴射フレイム・ジェット


 轟音と共に俺の右手の前から巨大な深紅の炎がサソリの胴体へと放射される。地下の空間は夕焼けのごとく真っ赤に染まり、渦巻く炎の中に巨大サソリが包まれる。


 サソリは逃げる間もなく、見る間に黒焦げになった。炎がやむと、すでにサソリはまったく動かなくなっていた。みんなが驚きのまなざしで俺を見た。


 ウォーハンマーを両手に持って突っ立ったカザルが、口を大きく開いたまま、ゆっくりと俺の方を振り返った。


「おお、すげえ・・・すげえぜ旦那! あやうく、あっしも黒焦げにされるところだったけどよ。おかげで、あのサソリ野郎は一巻の終わりですぜ。は、ざまあみやがれ」


 俺はレイラに駆け寄った。


「レイラ、大丈夫か、しっかりしろ」


 レイラの体は全く動かなかったが、両目はうつろながら開いている。俺の顔を見ている。


「陛下、ご無事ですか・・・」


「私なら大丈夫だ、すべてレイラのおかげだ、何とお礼を言ってよいものか」


 ルミアナは相変わらず冷静だった。俺を見て僅かに微笑んだ。


「レイラならご心配なく。私の解毒薬は超一級品です。少し休めば麻痺が取れて動けるようになります。ただし影響が残るため、しばらくは筋力が低下するかも知れません」


「そうか・・・ありがとう」


 ルミアナは黒焦げになった大きなサソリに目を向けた。


「ところで陛下。私が見込んだ通り、陛下は火炎魔法の潜在能力がずば抜けているようですね。まだ初級魔法を習得したばかりなのに、驚くべき威力でした」


「いや・・・失敗しなくて本当によかったよ」


 俺たちがレイラの無事を確認していると、背後からキャサリンの嬉しそうな声が響いて来た。


「ちょっとみんな、このサソリ、食べられますわ」


 キャサリンは、いつの間にか焼け焦げたサソリの足を関節部分から切り離し、中から肉を引っ張り出している。その横ではナッピーが飢えた犬のように、四つん這いでサソリの肉をむさぼっている。


「カニを焼いたような、おいしそうな臭いがぷんぷんするから、足を食べてみましたわ。そしたらカニと同じ味がしておいしいの。お兄様もこっちに来て一緒に食べましょう。この機会に、はらごしらえをするのよ」


「うへえ、キャサリン、よくそんなものが食えるな」


「あら、お兄様がそういうなら、他の皆でいただきますわ。そういえばリュックの中にクッキーがまだいっぱいありますわね。サソリ肉をお嫌いなら、お兄様はクッキーを食べればいいのですわ」


「いや、サソリ肉は大好きだ。さあ、みんなで食おう」


 洞窟に閉じ込められてから半日以上が経過していた。焼いたサソリの肉という思わぬ食料が手に入ったので、ここで野宿することにした。


 それにしても、こんな地底の奥底に、発光キノコの青い光に満たされた神秘的な空間があると誰が想像できただろうか。


 ルミアナが見張りをするというので、俺は横になった。良く眠れなかった。こんな状況でまともに眠ることなどできるわけがない。


 坑道の中は日が差さないので時間がさっぱりわからない。レイラがなんとか歩けるようになったので、俺たちは再び立坑を目指して歩き始めた。


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