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第三十八話 廃鉱山からの脱出

 発光キノコの群生する空間は思いのほか広く、立坑へ続く道を探すことに苦労したが、やがて案内の看板を発見した。立坑はさらに下にあるようだ。下へ向かう真っ暗な坑道に入った。再び狭い坑道が下へ向かって続く。


 やがてレイラの足取りは普段と変わらないほどに回復した。


 俺はレイラに声を掛けた。


「大丈夫か、レイラ」


「はい、まだ戦闘は難しいかも知れませんが、歩き回るには支障ありません」


 カザルが言った。


「それにしても、レイラ殿のサソリとの戦いはすごかったですぜ。あの化け物と互角に戦えるなんて、ドワーフの戦士にも、なかなか居ないと思いますぜ」

 レイラが少し照れたように頭を掻いた。


「いや・・・まだまだです」


 カザルが坑道の標識を確認した。立坑までは、そう遠くはないという。やがて前方の坑道の奥から滝が流れ落ちるような水音が聞こえてきた。進むにつれて音は岩壁に反響しながら次第に大きくなる。


 真っ暗な広い空間に出た。どうやらここが目的地の立坑らしい。


 魔法で灯したランタンの光の先には、停止したままの大きな木造の水車小屋が浮かびあがった。岩壁からは、水車小屋に向かって配管が伸びており、その配管が途中で欠落して先端から激しく水が噴き出し、排水溝に流れ落ちている。跳ね返る水音が坑道内にわんわんと響いている。


 一方、水車小屋からも赤錆びた配管が伸びていたが、途中で欠落している。おそらく壁の配管と繋がっていたのであろう。本来なら配管の水が水車小屋の水車を回していたはずだ。


 水車小屋のある空間は奥行きおよそ二十メートル四方の広さだった。俺たちはゆっくりと部屋の中央部へと近づいた。そこには、十人ほどが乗れる木で作られた箱状のゴンドラが置かれており、その上端から上へ向かってかなり太いロープが伸びている。どうやら、これが立坑を地上まで昇るためのゴンドラのようだ。


 上を見上げると部屋の天井は円錐状になっており、その頂点にはゴンドラが通り抜けるのに十分な大きさの穴が開いている。これが立坑だろう。その立坑から三本のロープが垂れ下がっている。一本のロープはゴンドラに繋がっているが、もう二本は滑車を伝って水車小屋の中に導かれている。


 カザルが水車小屋の中に入って内部を調べていたが、すぐに小屋から出てきた。


「旦那、この水車小屋の装置でロープを巻き取って昇降用のゴンドラを地上の階へ引き上げるようですぜ。ただし、水車が動いていないので、そいつを直さないと上へはいけません。欠落した配管をつながないとダメみたいです」


 俺たちは水車小屋の周辺で、欠落した配管をつなぐためのパイプを探した。しかし機械を手入れするための工具や釘のようなものは見つかったものの、肝心の交換用のパイプは見つからなかった。


 思い出したように、カザルが言った。


「旦那。パイプがないなら、きのう倒した巨大サソリの足の殻を利用しやしょう」


 カザルとレイラがサソリの殻を取りに行った。


 しばらくすると二人が使えそうな殻を数本かついて戻ってきた。工作はドワーフのカザルにとってはお手の物らしく、水車小屋にあった工具と釘を使ってたちまち配管を水車に導くことに成功した。とはいえ、もともとの配管よりもサソリの足のほうが太く、継ぎ目から水が漏れ出し、出てくる水の三割程度しか利用することはできなかった。


「水の量が三割でも水車は動きますから大丈夫ですぜ。まあ、その分だけゴンドラの上昇速度は遅くなりますがね」


 なんとか廃鉱山を脱出できそうだ。俺たちはゴンドラに乗り込んだ。カザルは水車小屋で昇降レバーを操作し、ゆっくりと上昇を開始したゴンドラに後から飛び乗った。ゴンドラは一分間に一メートルという、恐ろしくゆっくりしたペースで上昇を続ける。これでは地上に到達するまでに一時間以上かかるだろう。


 俺はカザルに尋ねた。


「本当にこれで地上に出られるのか?」


「管理室で見た地図じゃあ、ゴンドラの終点から山の斜面へ向かって水平方向に坑道が掘られているらしいですぜ。そこから地上へ出られるみてえです」


 レイラの顔色はすっかり良くなっており、もう心配はなさそうだ。


 ゴンドラは立坑を上へ向かってゆっくり上昇を続ける。ゴンドラはロープで吊り下げられているだけなので、前後左右に揺れる。キャサリンの顔色がどんどん悪くなり、気持ち悪そうだ。やばいな、乗り物酔いか。こんな狭いゴンドラの中で吐かれたら、連鎖嘔吐反応を引き起こして、全員がゲロゲロになってしまうぞ。


 キャサリンが俺の側に寄ってきた。


「うええ、わたくし吐きそうですわ。お兄様・・・うっ」


「うわああ、ちょっとまて、俺にくっつくな」


 俺はルミアナを振り返った。


「ルミアナ、乗り物酔いを止めるポーションはないか?」


「そうですね、乗り物酔いに効くポーションはあります。ただ副作用がありまして・・・」


「副作用?」


「ええ。気分がハイになってしまうのです。とんでもなく上機嫌になってしまいます」


「上機嫌? そんなの問題ない。このままだと、やばい」


 キャサリンはルミアナからポーションを小さな容器に分けてもらうと、一口で飲み干した。キャサリンの乗り物酔いはたちまち解消した。しかし副作用のおかげで、すっかり上機嫌になって、鼻歌まで歌いだした、いい気なものである。


「ふんふんふ~ん。お兄様、わたくしとってもいい気分なの。廃鉱山の、かび臭いゴンドラに揺られているうちに、なぜかしら無性に歌を歌いたくなりましたわ」


 キャサリンの歌と聞いて、俺の背筋に悪寒が走った。あの不毛の大地でブラックライノを発狂させたキャサリンの歌をこんな狭いゴンドラの上で歌ったら、どうなるかわかったものではない。


 ところが、そんなことはまったく知らないカザルがのんきに言った。


「いいねえ、美人のお嬢ちゃんの歌声を聴いてみたいぜ。早く歌ってくれ・・・」


 そこまで言いかけたカザルの口を、俺は片手で必死に押さえ付けた。カザルは目を白黒させた。俺は耳元でささやいた。


「キャサリンの歌を聞きたいとか、死にたいのか、おまえ。キャサリンは凄まじいオンチなんだぞ。これ以上、余計なことをしゃべると火炎魔法の餌食にするからな。これから俺のいう事に相槌だけ打て。それ以外は一言もしゃべるな」


 カザルは俺から発する殺気に恐れをなし、小刻みに首を縦に振って了解した。俺はカザルから話を聞いたようなふりをして、それからキャサリンに言った。


「キャサリン、残念ながらドワーフの鉱山で歌を歌うのはダメらしいぞ。カザルが言うには、ドワーフの鉱山はとても神聖な場所だから、歌を歌うとドワーフ鉱山の神様が怒って罰が当たるらしい。とても残念だけど、歌はやめてくれ」


 カザルは口を塞がれたまま激しく頷いた。


 キャサリンはむくれ顔になった。


「なによ・・・ドワーフ鉱山の神様ってずいぶん度量が狭いのね、歌をでる心もないのかしら。まあそういうことなら、仕方ないですわ」


 どうやら、あきらめてくれたらしい。俺は胸をなでおろした。


 キャサリンは話を続けた。


「それに比べてアルカナの神様は心が広いのですわ。歌・・・歌といえば、子供の頃のことを思い出しますわね。わたくしは子供の頃、よく教会の中で歌を披露したものですわ。毎週、神父様と信者さんたちの前で歌を歌って聞かせるの」


「なに? キャサリンが毎週のように歌を歌っていた教会があったのか。信じられないな。大丈夫だったのか? で、その教会はどこにあるんだ。今でも王都アルカにあるのか」


「昔は王都アルカにありましたけど、今は無くなってしまいましたわ。なぜかその教会は潰れてしまいましたの。なんでも、信者さんが全員逃げてしまったらしいですわ。本当に残念でしたわ、もっと歌を歌って聞かせようと張り切っていたのに」


「信者が全員逃げたのか・・・ところで、その神父さんは大丈夫だったのか」


「教会は潰れたけど、神父さんは大丈夫だったわ。でも、その神父さんったら、なぜか神への信仰をかなぐり捨てて、悪魔崇拝者に改宗したらしいの。どうしてかしら。たぶん、もともと変な人だったのね。だから教会が潰れたのよ」


 キャサリンの歌を聴いたために、信者が全員逃げて、教会が潰れて、神父が悪魔崇拝者になったのか。死人が出なかったことが奇跡だな。


 一時間後、ゴンドラは立坑の頂上に到着した。ゴンドラを降りると、地上の出口へ向かう坑道が横方向に伸びていた。もうすぐ地上に出られる。出口が近いとわかると、歩く足にも自然と力が入る。


 だが、坑道の先は土砂で埋まっていた。


 カザルが悔しそうに叫んだ。


「ちくしょうめ、ここまで来たってのに」


 その声を制してルミアナが言った。


「しっ、静かに。何かいるわ」


 坑道の暗がりの中には、たくさんの光る眼があった。じっとこちらの様子をうかがっている。野生動物のようだった。


 ナッピーが俺たちの前に歩み出た。


「待って待って! あたしがお話してみるから」


 光る眼の正体はプレーリードッグに似た動物たちだったが、大きさはその二倍はありそうだ。数は三十匹ほど。特にこちらに危害を加える気はなさそうだ。


「この子たちは、地面に穴を掘って生活しているんですって。地表からこの坑道まで穴を掘って、ここを巣穴にしているみたい。ほら、この穴が地上に繋がっているそうよ」


 ナッピーが指さした先には、動物が通り抜けられるほどの大きさの穴が開いていて、穴の向こう側から風が流れてくる。確かに外に繋がっているようだ。


 キャサリンは喜びながら穴に駆け寄ると、頭を突っ込んだ。


「わあい、ようやく地上に出られますわ、やりましたわ」


 しかし、尻が穴につかえてしまった。尻がつかえたまま、暴れている。


「なによ、こんな狭い穴では、通り抜けられませんわ。穴を掘り広げてくれないかしら」


 ナッピーがテレパシーで動物と交渉した。


「掘り広げてくれるって言ってる。でも条件があるって。キャサリンが持っているナップザックの中のクッキーを、ぜんぶ欲しいんですって」


 キャサリンがナップザックを両手で抱えながらいった。


「えー、いやよ。これはお兄様に食べさせるんですから」


 おお、これはラッキーだ。キャサリンの毒物級のクッキーを食べなくて済むうえに、外にも出られるとは。俺は内心喜んだが、いかにも残念そうな声で言った。


「あー、キャサリン。ここから抜け出さないと、みんな死んでしまうよ。クッキーを食べられないのは残念だけど、その動物たちに全部あげてくれないか」


「・・・仕方ないですわ、分かりました。そのぶん、お城に帰ったら、この三倍のクッキーを焼いてあげますから、楽しみにしていてね」


 ぐは、やぶ蛇だった。こうなったら半分はミックに食わせよう。ミックの方を見たが、ミックは素早く視線をそらせた。


 キャサリンはリュックをまるごと動物に差し出した。動物はぴょこっとお辞儀をしたように見えた。動物たちはリュックからクッキーを取り出すと、皆でさっそく食べ始めた。しばらく食べた後、ナッピーに何かを話したようだ。


 ナッピーが通訳した。


「あまり、おいしくないそうです。木の根の方がマシだって」


 キャサリンが真っ赤になって怒った。


「なんですって! 動物のくせに、わたくしの手作りクッキーにケチをつけるなんて許せませんわ。そんな生意気な動物は、毛を全部むしってやるわ、赤裸にしてやるわ」


 荒れるキャサリンを一行がなだめていると、動物たちが穴の中に入り、すごい勢いで土をかき出しはじめた。穴は見る見る広がった。その穴を通って俺たちは地上に生還した。


 穴から地上へ出てみると、そこは、王都アルカ周辺の乾燥した大地からは想像もできない、高層湿原のお花畑だった。広々とした湿原には小さな沼や池が点在し、一面の草原が広がっている。山は緑の木々に覆われ、その彼方に蒸気を吹き出す火山が見える。


 キャサリンが言った。


「なんてきれいな景色ですこと。まるで別世界のようですわ」


 俺はキャサリンに説明した。


「ここは山脈の高原地帯だ。海から吹き付けてくる風が、このあたりに雨をもたらしているんだろう。そのおかげで池や沼が出来て、緑が広がっているわけだ。さらにそれらの水が地中に浸み込んで、温泉として湧きだしているんだろう」


 カザルがあたりを見渡して言った。


「地上に出たのはいいけど、ここがどこなのか、まるで見当が付かないですぜ」


 ナッピーが応えた。


「大丈夫だよ、いま、ピピを呼んでみるから」


 ナッピーのテレパシーはかなり遠くまで伝わるらしい。しばらくするとツバメほどの大きさの小鳥が上空を回り始めた。ナッピーの友達で、ピピという名の小鳥だ。


 ピピの先導で、俺たち一行は無事に王都へ戻ることができた。


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