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22 決意した(メル)

 僕が全部話し終えると、ロッティは立ち上がって僕の隣に座り直し、持っていたハンカチで僕の涙を拭いてくれながら言った。


「そんな人たちの言うことなんて、気にする必要ないわ。メルに嫉妬してるだけよ」


「嫉妬?」

 

「メルは王子で、しかもこんなに綺麗な顔をしているんだから、その人たちは将来メルに絶対敵わないもの」


「そう、かな?」


「そうよ。大人たちがメルを見てしまうのも同じ理由だから、仕方ないわ。お兄様たちが仰るように、メルは堂々としていれば良いの」


「でも、僕は兄上たちみたいに出来が良くないし」


「メルはまだ8歳でしょ。これから努力すればどうとでもなるわ」


 ロッティにはっきりと断言されると、そんな気がしてきた。


「ああ、それから、その人たちは勘違いしてるわね。あなたが仲良くなったのはアリスだって」


「アリス?」


「アリスはあのとおり、私と違ってとっても可愛いから、男の子は皆アリスを好きになるの。でも、アリスも他人と話すのとか苦手だから、むしろ迷惑がっているんだけど」


「僕はロッティを可愛いと思うし、好きだよ」


 咄嗟にそう言ったものの、何となく恥ずかしくて声が小さくなってしまった。


「え、何?」


「あの、その、アリス、僕といる時はそんな感じしなかったよ」


「アリスにとってメルは大丈夫な相手だったみたい」


 苦手なこととかちょっと似ているからだろうか。


「ロッティ、ありがとう。聞いてもらったおかげで本当に楽になった気がする。でも、僕、男なのに泣いてばっかりで情けないよね」


「別に男だから泣いたら駄目なんてことないわ。だけど、ある程度で泣き止まないと、目の前で何かあっても大切な人を守れなくなるわよ」


 大切な人を守る、か。やっぱりロッティは騎士が好きなんだ。

 僕も努力すれば騎士みたいに強く大きくなって、ロッティを守れるのかな。


「あ、ハンカチ、洗って返す」


「いえ、いいわ。これ、あまり見られたくないから」


 僕が首を傾げると、ロッティがハンカチを広げて見せてくれた。白いハンカチの隅に、緑の葉っぱが刺繍されていた。


「この刺繍、私が生まれて初めてしたものなの。1年くらい前にお姉様が大好きな方に贈るために刺繍を始めたんだけど……。あ、お姉様の好きな方っていうのは、この前話した婚約者のことよ」


 覚えていたので、僕は頷いた。


「お姉様が上手に縫うから私も真似したくなってやってみたんだけど、全然上手くいかなかった。それで、私はやっぱり絵を描くほうが良いなって刺繍はやめたの」


 ジッと刺繍を見つめても何が駄目なのか僕にはわからなかった。ロッティが縫ったというだけで、特別な感じがする。


「僕、それほしい」

 

 ロッティは少し悩む表情をしてからきっぱりと答えた。


「これは駄目。自分が満足できていないものを人にあげるなんて、私の主義に反するわ」


 そういえば、ロッティはいつも描いた絵を全部くれるのに、この前の『受胎告知』だけはくれなかった。


「でも、万が一また刺繍することがあって、それが納得いくものになったら、メルにあげる」


「うん」


 その日の夕方、僕はロッティを叔父上のお屋敷まで送るため、一緒に部屋を出た。

 初めて僕のほうからロッティと手を繋ぐと、ロッティも握り返してくれた。


 並んで廊下を歩いていると、ふいにロッティが言った。


「あの塔って、上れるの?」


 ロッティの視線の先には、王宮の西塔があった。塔は東にもある。


「上れるよ」


「今からでも?」


「行く?」


「ええ」


 僕はロッティを塔へ連れて行った。

 長い螺旋階段を上りながら、ロッティが塔に行きたかった理由を教えてくれた。


「この前話した王子様と騎士様の物語の中に、旅の仲間たちが塔の上から夕日を眺める場面があるの。私も塔から夕日を見てみたかったんだけど、エルウェズの王宮には塔がなくて」


 そういえば、ロッティが描いたエルウェズのお城には塔がなかった。


 すっかり息が切れた頃、ようやく塔の最上階にたどり着いた。


「わあ、すごい」


 ロッティが歓声をあげて窓に駆け寄った。

 まだ日が沈むまでは余裕があり、窓からは都とその周辺、さらに遠くの山々まで見渡せた。


「エルウェズは向こうの方角よ」


 ロッティが指差したほうに見えたのも山だった。


「エルウェズは遠いんだね」


 そう呟いたら、景色がぼやけてしまった。


「そうね」


「僕もいつかエルウェズに行けるかな?」


「カイル殿下が何度もいらっしゃってるんだから、メルだって来られるわよ」


「じゃあ、ロッティに会いに行くね」


「ええ、待ってるわ。都も良いけど、うちの領地がとても良いところだから案内してあげる」


「うん」


 やがて空が茜色に染まり、太陽が山の向こうに沈んでいった。

 僕はロッティと一緒にその光景をジッと見つめた。




 そうして、翌日から僕はまたロッティに会いに行くようになった。

 でも、楽しい日々はあっという間に過ぎてしまい、ロッティの帰国の日が来てしまった。


 もうすぐロッティがここからいなくなり、次はいつ会えるのかわからない。そう思うと哀しくて、ロッティを見送りに行くつもりだったけど、足が動かなかった。


 そんな僕に、母上が声をかけてきた。


「メル、早く行かないとロッティたち帰ってしまうわよ」


「嫌だ。行きたくない。ロッティとお分かれしたくない」


 僕の目から涙が溢れた。


「ねえ、メル。そんなにロッティが好きなら、父上にお願いしてロッティと婚約させてもらう?」


 母上の思ってもみなかった言葉に、僕は目を瞬いた。


「ロッティと婚約なんてできるの?」


「コーウェン家はエルウェズの名家で、ロッティのお祖母様は王家のご出身だから、きっと父上も反対なさらないわ。まだメルの歳では早すぎるかもしれないけれど、そんなことを言っているうちに他の方に先を越されてしまっては後悔してもしきれないでしょうし、とりあえずあちらに打診だけでもしておいたら良いと思うの。あとは、エルウェズの国王陛下とコーウェン公爵、それからロッティ次第ね」


 ロッティは、僕と婚約なんてしてくれるんだろうか。僕はこんなに情けなくて、ロッティの好きな騎士には程遠い存在なのに。


「僕、まだロッティと婚約できない。もっと強く大きくならないと」


 止まっていた涙がまた溢れてきた。


「本当に良いの?」


 母上の問いに、僕は頷いた。


「そう。でも、お見送りには行きなさい。行かないと絶対に後悔するし、ロッティも哀しむわよ」


「だけど……」


「ロッティとお分かれではなく、また会う約束をして来なさい」


「また会う約束……?」


 ロッティは僕に領地を案内するって言った。それはいつになるかわからないけど、また僕と会ってくれるってことだ。


「見送り、行く」


 僕はロッティのもとへと泣きながら走った。




 叔父上の屋敷の前に着くと、すでに馬車が用意され、ロッティの家族や叔父上たちが外に出てくるところだった。

 その中で、ロッティがすぐに僕に気づいてこちらに歩いてきた。


「メル、来てくれないのかと思ったわ」


 答えたくても、息が切れていてなかなか声が出せない。涙はいくらでも出てくるのに。

 ロッティはいつもと同じ笑顔を浮かべ、またハンカチで僕の顔を拭いてくれた。


 ようやく呼吸が落ち着き、尋ねた。


「ロッティ、また会えるよね?」


「もちろん。私はまたきっとタズルナに来るし、メルもいつかエルウェズに来てくれるんでしょう?」


 僕は頷いた。


「ロッティ、僕のことは忘れて」


「え?」


 ロッティの笑顔が消えた。


「僕、次にロッティに会う時までに強くて大きい人になるから、だから、今の情けない僕のことは忘れて。そ、それで、そしたら、僕、ロッティに『結婚してください』って言っても良い?」


 ロッティは目を瞬き、それからクスクスと笑い出した。


「ええ。その日を楽しみに待っているわね。あ、忘れなきゃいけないのに『待ってる』はおかしいかしら?」


 僕もロッティにつられるように笑った。


「メル、泣くのは決して悪いことじゃないけど、私はあなたの笑顔が好きよ。だから、笑って分かれて、また笑って会いましょう」


 僕はコクリと頷いた。

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