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21 もらった(メル)

 翌日、僕は朝食が済むとロッティに会いに叔父上の屋敷に向かった。


「いらっしゃい、メル。こんなに早く来てくれるとは思わなかったわ」


 ロッティは僕を笑顔で迎えてくれた。それだけで来て良かったと思えた。


 ロッティと一緒に居間に行くと、従兄妹とロッティの兄弟たちだけでなく、叔父上叔母上、それにロッティの両親も揃っていた。


 ロッティの父上は僕の知る貴族とはかなり感じが違って、すごく優しそうな人だった。


「ロッティの新しいお友達? ロッティ、とっても良い娘だからよろしくね」


 ニコニコと笑いながらそう言ってくれたので、僕は頷いて「はい」と答えた。


 ロッティの母上や、昨日は挨拶したくらいだった兄弟たちも優しそうな感じがした。

 ノア以外のロッティの兄弟は、姉上のメリー、妹のアリス、それから弟のメイ。

 ロッティや叔父上たちが僕を「メル」と呼ぶのでロッティの家族も僕を「メル」と呼んだ。


 その後、大人たちは出かけていき、残った子どもたちはそれぞれ勉強や読書や刺繍をはじめた。


「メル、お庭に行かない?」


 ロッティに言われて、僕は頷いた。

 ロッティに誘ってもらえて嬉しかった。ロッティと一緒ならどこでも行く。


 ソファから立ち上がると、ロッティは僕の手を取って歩き出した。僕はまたドキドキしながらロッティの手を握り返した。




 庭に出ると、ロッティが話し出した。


「こちらのお庭はエルウェズのお庭とちょっと違うわね。木や花の種類は同じみたいだけど」


「そうなの?」


「ええ。何て言うか、タズルナは隙なく整えられていて、エルウェズは自然に近い感じ、かしら。でも、エルウェズのお庭も自然に見えるよう計算して人の手で造っているのよ」


「へえ」


「お城も、タズルナは歴史があって重厚。エルウェズは華やかで開放的ね」


「ふうん」


 ロッティはさらに細かくエルウェズの王宮やその庭について解説してくれた。

 途中、ロッティが僕の顔を見て首を傾げた。


「私の話、面白い?」


 僕がコクリと頷くとロッティは微笑んで、話を再開した。

 話題はロッティの住む屋敷のことに転じ、ロッティの父上がエルウェズの宮廷でどんな仕事をしているか、ロッティたちが普段どんなお菓子を食べているか、メリーの婚約者がどんなに良い人かなどにも及んだ。


 一旦王宮に帰って昼食をとり、また叔父上の屋敷に戻ると、ロッティは紙とペンを用意して待っていた。


「言葉だけじゃなく、絵もあったほうがわかりやすいでしょ。私、絵を描くのが結構得意なの」


 ロッティは紙にサラサラとエルウェズのお城の絵を描いた。本当に上手で、タズルナのお城との違いがより理解できた。

 それから、ロッティの好きなケーキや、さっき一緒に庭で見た花の絵も描いてくれた。


 僕も何か描いてみようと思い、父上と母上の絵を描いた。

 でもロッティのように上手くは描けなくて、グシャグシャに丸めてしまおうとして、ロッティに止められた。


「お父様とお母様のことが大好きっていうのがよくわかる、良い絵じゃない。おふたりにもお見せしなきゃ駄目よ」


 ロッティに言われるとそんな気がしてきて、僕はその絵を王宮に持ち帰ることにした。


 そういえば、ロッティは描いた絵をどうするんだろう。


「ロッティも絵を描いたら家族に見せるの?」


「ええ。お父様もお母様も、いつも褒めてくれるわ。でも、これはメルがわかりやすいようにって描いたものだから、見せないかしら」


「僕、その絵ほしい」


「え、これを?」


 僕はコクリと頷いた。


「いいわよ。メルのために描いたんだし、好きなのをあげるわ」


「ありがとう」


 僕は迷わず全部もらった。


 夜、両親にロッティと仲良くなったことを話した。


「ロッティ? コーウェン公爵の次女か」


「お友達ができて良かったわね」


 僕は頷いてから、ふたりに僕が描いた絵を見せた。ふたりは驚き、それから笑顔になった。


「メルが描いたの? よく特徴を捉えているわね」


「ずいぶん立派に描いてくれたな」


 母上はその絵を自分の部屋に飾ってくれた。




 翌日も、僕はロッティに会いに行った。


 ロッティは一緒に庭を歩いたり絵を描いたりしながら、また色々な話をしてくれた。


 例えば、ロッティがお祖母様に勧められて読んだ物語について。

 悪い人たちに国を追われた王子が、幼馴染の騎士や旅の途中で出会った人たちに助けられて様々なことを乗り越え、やがて王になる。


 ロッティは紙にふたりの男の人の絵を描いてみせた。どちらも腰に剣を帯びていて、ひとりは白い馬、もうひとりは黒い馬に乗っていた。


「白馬が王子様で、黒が騎士様よ」


「ロッティはどっちが好きなの?」


 物語の中の王子は僕と全然違ったけど、「王子様」という答えを期待して尋ねた。


「断然、騎士様ね。強くて大きくて、本当に素敵なんだから」


 僕はちょっとがっかりしたけど、ロッティの笑顔はいつもよりキラキラして見えた。




 それからも毎日、ロッティに会いに行った。


 ロッティの家族たちと一緒に過ごすこともあって、皆とても良くしてくれた。

 だけど、やっぱりふたりきりでロッティの話を聞いている時のほうが楽しい。


 例えば、ロッティは絵を描くだけでなく観るのも好きだという話。


「家族でよくエルウェズの王宮美術館に行くんだけと、素晴らしい絵がたくさんあるのよ。私が特に好きな絵もいくつかあってね……」


 しばらく考えるような仕草をしてから、ロッティはいつものように紙の上でペンを動かし、やがて溜息を吐きながらペンを置いた。


「やっぱり駄目ね。私の力ではあの絵を再現できない」


 紙にはふたりの人が描かれていた。

 ひとりは座って読書をしていたらしい女の人。その前で跪いているもうひとりは、背中に翼があるから天使だろうか。


「『受胎告知』よ。知ってる?」


 僕は首を傾げた。


「天使様が聖母様に神の子を身籠ったと告げているところなの。本物はとってもとっても素晴らしくて、聖母様も美しいんだけど、天使様が本当に麗しくて。あ、メルはあの天使様にちょっと似てるかも」


「え?」


 僕には「麗しい」がどんなことかよくわからなかったけど、天使に対して使うくらいだから多分良い意味だと思う。

 そうか。僕はロッティが好きな絵の天使に似てるんだ。それなら、聖母はロッティに似てると良いな。




 そんなある日のこと。


 午前中はロッティに別の予定があって会えなかったので、昼食後、やっとロッティのところに行けると弾んだ気分で廊下を歩いていていると、先日と同じ3人と鉢合わせしてしまった。


「おや、メルヴィス殿下。もしかして、王弟殿下のお屋敷に行くところですか?」


「聞きましたよ。エルウェズの公爵令嬢と仲良くしてるらしいですね」


「かなり可愛い娘ですよね。羨ましいな」


 僕がやはり何も言えないうちに、彼らは「じゃあ」と歩き出し、僕も歩き出してすぐにまた彼らの声が追ってきた。


「女みたいだから、あの令嬢ともすぐに仲良くなれたんだろうな」


「女としか仲良くなれないんじゃないか」


「本当は令嬢だって迷惑だと思ってるさ。王子だから仕方なく相手してるんだ」


「どうせなら王女に生まれれば良かったのに。そのほうがタズルナの役にも立っただろ」


 僕は自分の部屋に戻った。




 次の日、朝食が済んでもいつものように僕が出かけないので家族が心配していたけど、僕はまた部屋に引きこもった。

 本を読む気にもなれなくて、ロッティの絵を眺めて過ごした。ロッティが話しながら描いてくれた絵は、ほとんどもらっていた。

 昼食後も同じように部屋にいた。


 ロッティが僕のことを迷惑がっているかもなんて思ってもいなかったし、そんなはずないって信じたい。

 だけど、ロッティは強くて大きい騎士が好きって言ってた。僕とは真逆。


 それに、あの3人もロッティと仲良くなりたいみたいだった。

 僕がここにいる間に僕よりロッティと仲良くなって、ロッティに僕の悪口を言ってるかも。

 ロッティに会いたいけど、会いに行くのが怖い。


 僕がソファに座って泣いていると、ふいに扉がノックされた。


「メル、いる?」


 部屋の外から聞こえてきた声に、驚いて飛び上がった。ロッティだ。

 僕は信じられない気持ちで扉を見つめた。ロッティに会いたいあまり、幻聴を聞いたのかも。


「王妃様にお部屋にいるってお聞きして案内していただいたの。いるなら開けてくれない?」


 僕は顔を袖で拭きながら急いで立ち上がり、扉を開けた。そこにはやっぱりロッティが立っていた。


「良かった。居留守を使われるんじゃないかと心配したわ」


「居留守?」


「メルが私の話をあんまり楽しそうに聞いてくれるから、つい調子に乗って私ばっかりベラベラ喋っちゃって、メルはそれが嫌になって来てくれないのかなと思って」


 僕はブンブンと首を振った。


「ロッティの話は本当に面白いよ。でも、僕はロッティみたいに話せないから、ロッティは僕といてもつまらないんじゃない?」


「そんな風に思っていたら、こうしてメルに会いに来ないわよ」


 僕はコクリと頷いた。

 ロッティから僕に会いに来てくれた。すごく嬉しい。


「入っても良い?」


「うん。あそこに座って」


 ロッティは僕が示したソファに座り、僕もその向かいに腰を下ろした。

 ロッティの後からは、メイドがお菓子と飲み物を載せたお盆を持ってやって来た。きっと母上が命じてくれたのだろう。

 メイドが出ていくと、ロッティが口を開いた。


「またひとりで泣いてたの?」


「え、何で……」


 顔はちゃんと拭いたはずなのに。


「目が赤いわよ」


 ロッティに指摘されて咄嗟に俯いた。


「何か嫌なことでもあったの?」


 ロッティには初めて会った時も泣いてたのを見られている。だから、心配してくれているんだ。

 でも、3人に言われたことをロッティに話すのはかなり恥ずかしい。


「無理に話さなくても良いわ。話したくなった時に、話しやすい相手に話して。そうすれば、気持ちが楽になるかもしれないから」


 ロッティは優しく微笑んだ。それを見て、ロッティに話そうと決めた。


 僕は昨日の出来事をロッティに話した。

 全然纏まっていないし、話しているうちにまた涙が出てきて声も聞きづらかったと思うけど、ロッティは根気強く聞いてくれた。

 それが嬉しくて、さらに僕はもっと前に言われた言葉や、他人の目が怖いことまでロッティに全部打ち明けた。

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