78 人形の夢
流血描写があります。
2021/7/2 「錬金術師パラケルススに"アデリーヌ"と呼ばれた1/6のドール種は1歩下がる。」の一文追加。誤字修正。
イベントだ。
そうは思うが、姿の見えない子供の声は正直怖い。
思わずギュッと目をつぶる。
それからおそるおそる瞼をあげると、見ていた景色が微妙に変わっていた。
部屋は泊まっていたプリンセス家具の部屋だが、置いてあるものに木馬が増えていた。
カーテンも落ち着いた色合いだったのだが、可愛いピンクになっている。そのカーテンは大きく開いていて、白いレースのカーテン越しに見えた空には本来見えているはずの月がない。青空、なのだ。
(あれ…、昼間の情景…?)
気が付けば私もベッドから位置が変わっている。
ベッドの隣に小さな椅子があり、そこにチョコンと座っていた。
そう、チョコンと。
(え? ち、小さくなっている~!)
驚き立ち上がるが声は出せない。強制イベントなのだろう。
自分を見下ろすと、フリルたっぷりのドレスを身にまとっていた。
(えええ? もしかして、私…)
半袖のパフスリーブから出ている腕を見やると、関節が球体だった。これは、【変化】前のドールの形状だ。
すると、さっきから聞こえていた子供の声が近づき、ドアが勢いよく開けられ、その主が扉の向こうから現れた。
声の主は10歳くらいの女の子と男の子だった。
「私の勝ち! フィリップ遅いわ」
「ずるいよ。僕はヨハンナお嬢さんの荷物も持っているのに…。ほら、君の第1ドールも呆れて見ている」
そう言って男の子は私を指さした。
(わ、これって、ドール視点なの!? ヨハンナにフィリップって、この子たちは二人の小さい頃なんだ? 私、ヨハンナさんの第1ドールになっているんだ!?)
そして彼は戸惑う私をそっと抱き上げ、そのままヨハンナさんのもとに連れていく。
ドール視点だと人間がとても大きく見える。
私は1/6サイズくらいに縮んでいるようだ。
1/6、ドールマスタークラウスの第1ドール、ヘレンと同じサイズ。1/6はNPCしか持てないサイズらしい。
「可愛がってくれるのは嬉しいけど、この子は戦うのに向いていない。将来の人形の家の主の第1ドールには相応しくないんじゃないかな…。持って生まれたスキルがひとつ。それも戦闘には役に立たないスキルだったね。もっと僕が錬金術師としての腕を磨いて、もっといいスキルを持った子をヨハンナお嬢さんに預けるよ」
彼女は私を愛おしそうに見つめて首を横に振る。
「いいえ。フィリップ、あなたの生み出した最初のドール種よ。この家の跡継ぎの私が最初に育てるのにこの子以上の子はいないわ。そうして私たち、あなたのお師匠様や私のお父様のように、二人でこの人形の家を守っていきましょうね」
そうして二人は白いレースのカーテンが日差しと伴にゆっくりと翻る中 微笑みあい、また笑い声を残し夢のように消えた。
それから、エステンのピアノ曲、『人形の夢と目覚め』が小さく流れ始め、私の見ているものが変わる。今度部屋に入ってきた二人は少し大人びていて、フィリップさんは彼女に悩みを打ち明けていた。お師匠様の奥方が男といなくなり、自暴自棄になった師匠が博打にのめりこんでいると--。
フィリップさんを励ますヨハンナさん。彼らの過去の幻影は現れては消え、私にこの家でなにが起きたか見せてくれる。
(……ああ、この映像、人形の見ている夢、なんだ……)
人形の見ている、幸福な夢。二人が支えあい、成長していく姿をヨハンナさんの第1ドールはこうして見つめてきたのだろう。
鼻の奥がツンとなった。
そして、この幸福な子供たちを映した夢は、急に終わりを告げた。
音楽が途絶え、大人になったフィリップさんが、真剣な面持ちでヨハンナさんに対面していた。
そして重々しく呟く。
「……最近、師匠がおかしい……。あの正体のわからない女と付き合いだしてから……!」
場面は雷鳴轟く夜に変わり、部屋の外から悲鳴が聞こえた。ヨハンナさんの声だ。
私は慌てて部屋の外へ駆け出していた。
「お父様、お父様…! だ、だれがお父様をこんな目に……!!」
そこは人形の家の応接室で、私が昼間フィリップさんとお話した部屋だった。
鮮血の中に男性が倒れていた。
ランプを手にして、ヨハンナさんが駆け寄る。
「お父様、しっかりして! ああああ…!」
男性のお腹から流血しており、彼女は自分の手のひらに付いた血に動転していた。彼女の白い寝間着にも赤い染みが広がっていく。その染みは床の絨毯にもどんどん広がっているのだ。
そして彼女は狂ったように回復の呪文を唱えているが、それが全く効かないのだ。
「どうして? どうしてなの!?」
「それは、その男が呪われているからよ……」
私の背後、扉の外から声が聞こえた。
女の声。
ぞわりと肌が粟立った。
私の後ろを恐怖でひきつった顔でヨハンナさんが見やった。
「すまないな、ヨハンナ殿。もう、ワシはこうするしか術がなかったんだ…」
「パラケルスス様…。そ、そんな…、長年この人形の家を支えてくれた錬金術師のあなたが…、ど、どうして…」
私が自分の背後を見ると蒼白な顔の初老の男が真っ赤に血濡れたナイフを握っていた。
その後ろにはもう一人いる。足元の靴を見ると女のようだが、暗くてその姿が確認できない。
「あなたがドールマスター、ヨハンナ?」
女が問うたと同時にヨハンナさんは憎悪をたぎらせ攻撃魔法を使った。女と錬金術師の周囲が炎に包まれた。
だが、その魔法も一人の黒衣の人形――ドール種によって遮られた。彼女の着ているものは喪服で顔はベール付きの帽子で隠されていた。この子も1/6なので、主要人物なのだろう。
「いい子ね、『ウィドウ』。パラケルスス、さすが、あなたの作るドールは出来がいいわ。あなたのご夫人そのままの姿はいただけないけど」
(――え、この女、ドールマスターなの!?)
「『ウィドウ』などと呼ぶな…! アデリーヌ、下がれ…!」
錬金術師パラケルススに"アデリーヌ"と呼ばれた1/6のドール種は1歩下がる。
攻撃魔法を消滅させられたヨハンナさんは驚愕していた。
「アデリーヌ…、お、おば様? いなくなったおば様をモデルになさったの…? どうやって…? ドール種はスキルはともかく外見は錬金術師の望んだ姿で生まれるものではないわ…。それにおば様は駆け落ちなさったはずでは!?」
ヨハンナさんの言葉に錬金術師パラケルススは怯む。
代わって答えたのは背後の女の方だ。
「駆け落ち直前にパラケルススが見つけてね。彼女を男のところに向かわせないため一服盛ったの。以来ずっと奥方は眠り姫よ。魔女の特別な眠り薬なら衰弱させずに眠らせておけるから、その時からこの男は私の僕というわけ」
――魔女の特別な眠り薬――
――死なないNPCを束縛する方法――
(魔女の特別な眠り薬…? もしかして、プルミエ伯爵に盛った薬も魔女の薬…!)




