67 修羅場ンバ
「別れてほしいの、彼と」
「えと、わたくしの一存ではそんなことは出来ません…」
まるで昔の歌の歌詞のようだ。
ほぼ涙目の赤毛ドールちゃんが痛々しい。
(てか、彼女のマスターは男の人の方だよね)
地味に人見知り発動しているが、私はゴクリと喉を鳴らして恐々と彼らに近づいた。
「あのぅ~」
私の小さい声に気が付いてくれたのは男のプレーヤーだ。
「え? なにか?」
苛立っているのか棘ある声音だ。タイミングの悪さを実感するが、もしやと思うのでどうにか伝えたいことを喉元まで引っ張り上げる。
「あ、あの! ド、ドール種が役に立たないのはもしかして ぼ、防御が弱いからでは…。あの、おそらくドールのカタログを入手すれば、自作じゃなくても【サイズ調整】さえかかっていれば他の服に着替えてくれますよ…」
メリッサちゃんは武器屋のおばさんから貰ったワンピースを着てくれたので、お節介とは知りつつ告げてみた。
「あ?」
なに言ってんのコイツという聞こえない筈の男性プレーヤーの心の声が聞こえる~。
修羅場中、空気読まずに自分勝手なアドバイスする第三者、それが今の私! うう、わかっていても痛い。この対応は確かに仕方ないよね…。
「唐突に失礼しました。ご存じでしたらすみません!」
そう言って私はその場を去ろうとしたが、意外やその男性プレーヤーが呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って。あんたファンシーの狩人ちゃんだよね? あのさ、人形買取しない?」
(え?)
「買取…?」
その言葉に反応したのは赤毛ドールちゃんだ。女性プレーヤーもこちらを振り向いている。
そして、私の前にジローから降りて【変化】で大きくなったメリッサちゃんがドロンと現れる。
彼女は腕組して小さいながらに踏ん張っている。弁慶か。
「聞き捨てなりませんわー! おねーさまに押し売りですの!?」
うわ、喋る! めちゃしっかり喋る! と男性プレーヤーがメリッサちゃんの対応に目を白黒している。
「いいなあ、こういうしっかりした子が欲しかったんだよな。失敗したわ」
おい。
思わず低い声出そうになった。
まあ、あなたが気の強い子がお好きなのはお連れ様で一目瞭然ですけどね。
「ちょっと…。……あなた、ドール種買ってくれんの? 今私たち困っているんだよね。この人オークションでこのドールを落札したけど全く使い物にならなくて」
そう言って彼女は赤毛ドールちゃんを示す。
赤毛ドールちゃんは下を向いて俯いている。
メリッサちゃんがスタスタ彼女に歩み寄り、ぎゅと手を握って その紫の瞳で女性プレーヤーと男性プレーヤーの二人組を睨んだ。ちょっと怖さが足りないが気迫は伝わったぞ!
「つ、使い物にならないとは?」
「この子、剣士職なのよ。…このサイズで!」
あ、と思わず私も腑に落ちる。
ドール種は【変化】で人間サイズになれるが決して大人へ成長するわけではない。
ヘレンさんが大人サイズなのは元々のサイズが大人サイズなのだ。ちなみに1/6、国民的ドール、ルカちゃんサイズである。これはどうやらNPCだけの特殊仕様のよう。
大の男のクラウスが1/6のヘレンを手に持っている姿を想像すると危険なので考えない。常に【変化】させている筈だ…。
「魔法職は無理なんですか?」
「今この子Lv3だけどMP8よ! ドゥジエムのドールマスターに鑑定してもらったら体力値が高くて腕力が上がるタイプ。剣士職だと言われたの。けど1/3サイズに比較したら死にやすくって駄目。すばやさが低くて! この子が戦闘不能にならないよう戦うのにいい加減ウンザリなのよね。それだけしてもすぐ戦闘不能になるし」
「まあなぁ…。防具作ればいいんだろうけど自分たちの装備変更が優先だしさ。戦闘中、インベントリに入りっぱなしになっていてくれればいいのに、出てくるんだよな~」
それは思い当たる。ドールはペット枠。
ペット枠はプレーヤーの都合良くは振舞わないのだ。
狩人の悩みでもある。
「そ、それは…! わたくし達は武器なのですから…! 戦いに赴くのは当然ですわ!」
メリッサちゃんが主張するが、それは女性プレーヤーに一笑された。
う~ん、悩みどころだわ。彼らの主張もわかるしね。
「だから育てられないなら手放そうって言ってんの。勝手されて迷惑なのよ」
「…だったら、オークションに出されては?」
言いづらいがこの二人に育児は無理そう…。
さっきから目に涙ためている赤毛ちゃんを、メリッサちゃんが一生懸命慰めている。
新しいマスターとの出会いの方が重要ですわ、とか。おねーさまがなんとかしてくださいます、とか。いや、さすがそこまでは無理。
だが、この二人組もこっちをじっと見る。
「オークションは結構手数料高額なんだよ。あんた、いくら払える? これ、引き取ってくんないかなぁ。人形好きでしょ?」
こら、誤解すんな。別に人形好きではない。
……最近、よくアノンドールさんのサイト見たりはしているけど!
メリッサちゃんの防具やドレス作りの参考にだよ!
「オークション、紅薔薇と競って手に入れたけど、あいつも途中でピッド降ろしたもんね。この子が育てづらいってわかっていたんだろうなぁ。安くするからさ」
「はあ…」
「10万でどう?」
(……出せない金額じゃないな)
思わずチラとドールたちを見る。メリッサちゃんの信じてるという瞳が後押しをする。
「じゃあ…」
「20万」
えっ、という顔したのは男性プレーヤー。
「20万よ。オークションで手に入れたのよ。10万なんて端金なわけないでしょう」
「え、いやこいつ人気なかった…」
彼女は男性プレーヤーをジロと睨む。
(剣士職…。確かに小さくHPの低い内は育てづらい。でもうちにはジローさんという鉄壁盾職がいるし…。ギリ今なら懐も豊かだし…、うん!)
私はやや考え込んだが、決断する。
(クラウス師匠にも剣士職育てろ言われたし!)
「わか――」
「20万はボリすぎ。せいぜい、15万だね」
私の返答にかぶせるように、アルトの声が聞こえた。
奥からにこやかに走りよって来た人物は私と歳の変わらない少女で、薄いラベンダーの肩までのボブに、いっそ煌びやかなまでの――まさに中世の貴族そのままの豪奢な衣装を着ていた。
(ロ、ロココ…!! でも男の子?)
その子の来ている服は貴族の少年の衣装だ。でも、プレーヤー名と性別は女性だった。アリアドネ、と。
「ところで、余裕だね。今こっちに大物釣って来たんだけど君たち参加する? 参加するなら邪魔しないでくれる?」
彼女がくるりと後ろを見ると通路奥から巨大な牛頭のモンスターが現れた。
【レイドモンスター:迷宮の門番 ミノタウロス】
そして、彼女の傍にやはり華やかなドレス姿の女の子が2人、現れた。一人は弓士でもう一人は槍を持っている。剣士だ。剣士は槍、斧、剣と武器を選べるのだ。年頃は私より年下だろうか。そしてモンスターを追いかけて奥から黒い騎士たちがやはり複数現れた。プレーヤーだ。
プレーヤー人数は膨れて15人ほどになっている。
「え? ダンジョンボス?」
私は眼前で雄たけび上げる牛の頭のモンスターのHPバーの数に肝を冷やす。
「まさか。ダンジョンに不規則に出るモンスターだよ。でも通常より強くなっているね!」
初撃、彼女は魔法を放つ。炎が竜巻を起こし、モンスターの10本のHPバーの内、1本が消えた。
(………この人 ひとりで終わるんじゃね?)
正直な感想だった。




