52 ハウジングイベント その肆
馬車は想像していた貴族用の屋根付きではなく、複数人が乗れる幌馬車だった。西部劇で出てくるようなヤツだ。
幌の中を見ると中央に寝袋のようなものにくるまれた初老の男性、その彼を気遣わしげに覗いているやはり初老のご婦人。そして、彼女の隣には少しきつめの顔立ちの若い女性が、こちらを見ていた。
「クラウス殿、そちらは…?」
女性がいぶかし気に聞く。彼女の視線は私たちではなく、その後ろにいる星黄泉ディスケートと保護者ポラリスさんに注がれている。
「湖畔の村に庵を構えていた世捨て人とその甥ですよ。彼らも神殿に向かうのでご一緒します」
それを聞いて初老の婦人の方が声を荒げた。
「…賢者の甥と言えば、忌子ではないの…! やめて、死の予言者なんか乗せないで! 冥界門が開くことも予言したそうじゃないの! 星黄泉ディスケートの予言は不吉ばかり! あなたが不吉を招んでいるのでしょう! 夫を冥界門の供物にでもするつもり!?」
初老の彼女が伯爵夫人なのだろう。彼女は横たわる伯爵をかばうように覆いかぶさった。まるで、ディスケートから隠すように。
「お母さま、気を確かにお持ちください。ディスケート様はただ見えた未来を口にしただけ。それが星読みの仕事なのです。――賢者ポラリス、どうか気を悪くなさらないで」
女性が伯爵令嬢か。気強い調子で言うが、内心冷や汗かいているのではないだろーか。
実は今回の依頼は伯爵たちの方がたまたまプルミエを訪れていたクラウスたちに緊急依頼をしたので、本来、クラウスが脱出させるのはポラリスと星黄泉ディスケートだけだった、という事情がある。
しかも、もともと星黄泉ディスケートは星読み一族でも高貴な生まれ。ぶっちゃけ王族の血を引いている。彼の祖母が王女で降嫁したのだそうだ。
それでポラリスやクラウスを責めるのはお門違い。掲示板によればなんとポラリスの伯爵家への好感度によってはこのまま、彼らを置いていく展開もあったとか。
(NPC同士の好感度が存在するなんて! イェイ、サーシャ情報! さすがー!)
そんなサーシャを横目で見ると、彼女はうう、と困惑している。
「うう、ここで掲示板情報にない選択肢が…」
「え?どんな?」
私たちパーティーメンバーがサーシャを中心に集まる。クラウスや伯爵夫人たちもこちらを見ているが、なにかを待っているように言葉を発しない。ただ視界の右端の時間は刻々と過ぎていく。
『1.星黄泉ディスケートをかばう。2.伯爵夫人をかばう。3.クラウスに仲裁を頼む』
すると、急に私にメールが届き、差出人名に困惑した。
――俺には頼るな。これはお前たちの資質を見るためのテストのようなものだ クラウス
(ギャギャーン! なにこの人の心読んだようなメール! てか、NPCもメール出せるんだ! うわー、リオンちゃんたちともあとでフレンドになっておこうっと…、いやそうじゃなく! え、じゃ、あの伯爵夫人の態度は芝居? いや、待て待て これはもともとゲーム…。ということはクラウスからのヒントってことか!)
この事を皆に話し、選択をサーシャに問う。
「私は1!」
「俺はどれでもいいよー」
「俺も心情は1だけど、サーシャに任せる」
「うう、悩んでいる間に時間が過ぎてゆく~…。……よし、女サーシャ腹を括りました。もう時間気にせず見られるイベント全部見ていく気持ちでいきます、いいですか!?」
サーシャの目が据わっている…。
「いいよ! せっかくのイベントチャンスだもんね」
私もふんすと息をあげた。
「無料にこだわっていた二人がいいなら」
「まーね」
男子たちは流されてくれた。この、空気どもめ、素敵!
サーシャと私は目を合わせて、選択肢を押す。
「――2です!」
「え!? なんで!」
「普通の対応じゃ起きないのがイベントだと思うので!」
……サーシャは私が思うより面白い女の子だった。
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幌馬車の中には護衛対象たちと私以外のパーティーメンバー。私? 私はなぜか御者台にいて、御者をしているクラウスと周囲を警戒しているヘレンと一緒にいる。
星黄泉ディスケートを責め立てた伯爵夫人をかばうことは正直周囲の反感を買うかと思いきや――逆であった。
『2.伯爵夫人をかばう。』
この選択をしたら、どうやら台詞がサーシャの眼前に現れたらしく、たどたどしくサーシャはそれを口にした。
「えっと、"皆さん、伯爵夫人をお責めにならないでください。誰だって大切な人間が危うい時は弱くなるのです、誰かのせいにしたくなる…。本心じゃなくても出てしまう言葉がある。ポラリス様、ディスケート様も…、それはご自身の体験でお分かりではないでしょうか?"」
その言葉を読み上げたあと、場は静まり返った。そして、ワッと驚くほどの大声で伯爵夫人が泣き出した。
「も、申し訳ありません、ディスケート様…! わ、わたくし、あなたのような小さな子供になんてことを…!!」
泣きながら何度も詫びる伯爵夫人にポラリスさんが声をかけた。
「いいえ。追い詰められた夫人の気持ちを察することが出来ず――申し訳ない。頭を上げてください」
いいえ、いいえと老いた母親の背を撫で続ける伯爵令嬢とポラリスさんとのやり取りを見て、困惑したディスケートが意外に助けを求めたのはクラウスだった。
クラウスは頭を掻きながら声をあげた。
「出発するぞ! 追手は待ってはくれないからな。…そこの! 猫人の…、クロと言ったか。お前"幻想器"持っているだろう? 馬車の中でディスケートに見せてやってくれ。こいつ、魔法具や幻想器に目がないんだ。それと…フェザント。あんたは御者台だ。遠距離武器持ちがいると助かるからな。さあ、それぞれさっさと持ち場に行け。それと」
その言葉を聞いた私たちは馬車に乗り込み始めた。
(えーと、えーと、私は持ち場が御者台か。クラウス好感度でイベント起きているんかな?)
サッと颯爽と乗り込んだペケポンさんに手を引かれてよいとこしょ、とサーシャが四苦八苦していた。その後ろからクラウスが近づき、サーシャを子供のように脇に手を差し込んで馬車に乗せて言った。
「お前さんたち、いいやつらだな。ありがとうな」
それを聞いた私たちは視線を合わせた。
(クラウス・ヘレンの好感度爆上がりか――!)




