終り
「本当はもっと楽しみたかったんですけど、ばれてしまっては仕方がありませんね」
悪魔は残念そうに言った。
「最近、何かおかしいと思ったら、お前のせいだったんだな……」
「まあ、良いじゃないですか。願いが叶っていたんですから」
男は、今までの成功は全て悪魔によるものだと理解した。
「何だよ、それ……。俺は、自分自身は何もせずにのうのうと企画を仕上げていたのかよ……」
「でも、他の人に企画を回されるよりましでしょ?」
「……………」
「それに、願いが叶っていたんですよ?喜ばれはしても、恨まれる筋合いは無いと思いますけどね?」
男はしばらく黙り、
「……何で、俺に興味なんて持ったんだ。俺は至って普通の人間だぞ」
「だから言ったじゃないですか。『こんな人は初めてだ』って。私、こう見えても600年程前から人間と契約していたんです。数えきれない程の人間と。しかし、誰一人例外なく、契約内容は欲にまみれてましたよ。『今まで通りの生活』なんて無欲なこと言ったのはあなたが初めてです。だから、本当にあなたが無欲なのか、知りたくなったんです」
「で、どうだったんだよ」
悪魔はうっすらと笑い、
「欲の強さは昔の人間とさほど変わりませんでしたよ。でも、意欲がない。考えを実行に移しませんね。周りも似た感じでした。今の人間は本当に堕落しましたね。きっと、他の人間と契約しても、内容はほとんど変わらなかったことでしょうよ」
「……時代は変わるんだ。昔と比べられても困る」
「そうですね。別に今の人間を批判している訳ではありません。ただ、堕落……、いや、あらゆることに鈍感になったとでも言うのかな、そんな人間ばかりでつまらないと言いたいだけです」
「つまらなくて悪かったな。だが、これが現実、現代だ。分かったら変なオプションつけずに、契約内容だけを守ってくれよ」
男はうんざりしていた。
「分かりました。もう変なちょっかいは出しません。平凡な生活を約束しますよ」
「それで良いんだ。俺はそれで満足なんだから。さ、帰った帰った。もう俺が死ぬまで出てこなくて良いよ」
「もう出てきませんよ。……はぁ。当分、怠惰な世界が続きそうだ。次の契約者はもっと欲にまみれた願いをしないかな……」
悪魔がぶつぶつ言いながら消えようとした時。
「……あのさ、」
「はい?」
「悪魔と会った記憶は、消されるのか?」
「まあ、そうですね。消したほうが何かと都合が良いですし」
男は少し間を置いて、
「消さないでおくことは出来ないか?」
「……まあ、お望みなら。でも、平凡な生活には必要ないかと思いますが」
男はばつが悪そうに、
「頼むよ」
「……分かりました。でも、もうあなたが死ぬまで現れませんから。では、さようなら」
そう言うと悪魔は床に幾何学模様を描き、前と同じように模様の輝きが男を包んだ――
平凡な日常だ。
男は会社へ向かいながら思う。
世界は何も変わらない。天変地異も起こりやしない。
だが、男の顔は満足げだった。
世界は平凡なままだが、俺は違う。俺は毎日が非日常なんだ。この日常は、悪魔によってもたらされている――
今の男の姿を見て、悪魔はどう思うのだろう。変な人間だと呆れるのか。利用されたと悔しがるのか。ひょっとしたら、まだ人間捨てたもんじゃないと喜ぶかもしれない。
こんなラストでごめんなさい。結末も何もあったもんじゃありませんが、これで終わりです。
最後まで読んで下さった方、お疲れ様でした。そして、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。




