倒れたドミノは、戻らない。〜Domino effect〜
目的地に近づく前に、第三事例は消耗、いや摩耗していた。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
主任に言われた通りの呼吸ができない。
「や、休みましょうよ?」
「馬鹿言わないで!」
第三事例が、切羽詰まった声で第四事例の言葉を遮る。
「あの話が本当なら、次、狙われるのは、私たちの研究所よ?主任も、みんなも、死んじゃう!せっかくできた家族なのに!また独りになりたいの!?タダイマも言えなくなるんだよ!?」
「ご、ごめんなさい...」
こんなに第三事例が第四事例に強く当たることもない。
(マズイわね)
供給する第一事例からは、誰がどの程度消耗しているか、ある程度解る。と言うより、視える。第一事例の視野は、煌くラメのように視える。その煌めきの量で、あとどれだけ戦えるかが、解るという訳だ。
更に煌めきの動きを"観る"ことで、その保持者の精神状態も大体わかる。このラメの動きはどうやら、精神状態に反応して動くようだ。
第二事例のように普段から起伏のない精神では、煌めきが揺れることはない。
今、第三事例の精神はかなりマズイ。煌めきが乱雑に散らばっており、まともに能力が使えるとも思えない。
「第三事例、止まって。煌めきが切れる」
「え?」
第一事例が第三事例を引き留める。第三事例は、普段からは考えられない気迫に圧倒されている。
「主任からも、そう指示が来ています」
第二事例も、すかさず停止に入る。
「貴女、ここに来るまでにもう三体は倒した上で、私達を守る為に煌めいてを周囲に展開し続けるなんて、演習でもやったことがない。相当、摩耗してる」
「そ、そんな...」
モニター越しだが、異変に気がつく主任。一瞬見ただけでは分からない程度だが、少しヤツれているような、違和感。
(僅かだが、老け込んだように見える...短期間で激しく魔法を使うと、ウイルスだけでなく肉体的にも消耗があるのか?)
左手人差し指の第二関節を噛む、主任の癖が出る。いつもは「娘に悪影響」と妻に注意される為、しないようにしているが、してしまう。
「...どうにか、回復したみたいね」
「あ、ありがとう」
「顔色も回復したみたい」
第三事例を第一事例が抱きしめながら、背中を叩く。第三事例も落ち着きを取り戻したようで、呼吸が安定してきた。
『ゴゴ、バァアアーーーンン!!』
その時、雷鳴と共に人型のナニカが現れた。これまでの事案で見てきたナニカ達とは、まるで違うプレッシャーの質量でまったく動けなくなる。
その間に、ナニカは第一事例と第三事例に右人差し指を向ける。
『一撃、天罰』
ナニカが人差し指から、雷撃を放つ。
『ババババヂヂッン!!!』
第三事例は、電撃が放たれる直前に、第一事例を突き飛ばした。
故に第一事例は電撃を受けずに済んだ。
しかし、第三事例の方は、完全に心臓を貫かれていた。
「ル、ルカ...い、いた、い」
第三事例が力を振り絞り、喋ろうとする。
しかし、それは叶わない。言う前に、赤いシャボン玉のように膨らみ、破裂した...
そしてナニカは、すぐに別の目標を定める。その目標は第四事例であった。
「あ、ぁあぁ!あ"ぁ!」
「第四事例!落ち着いて!」
「あ!あっあぁ、、お願いはッ!煌めいて!」
第一事例に指摘され、第四事例は、自身の本来の能力ではなく、第三事例から習った魔法を展開した。
彼女の本来の能力は、こんな精神状態では扱えない。
それに合わせるように、
「お願いは、動かないで!」
第二事例の"動かないで"は、視野に入れた対象に負荷をかける能力である。
要は、対象が行動を起こすに必要なエネルギーの増加を強要し、行動不能にするというもの。
第二事例の周りを煌めきが取り囲む。この状況でも、彼女の煌めきの動きは乱れていない。
『ヒ、ヒ、ヒッサ、、ツ、、、』
(まだ止まらない、でも!)
「第四事例!今なら、行ける!」
「わ、わかってます!」
第一事例からの喝に第四事例が一呼吸置く、
「お願いは、選ばせて!」
そう唱えた途端に、第四事例の輪郭が二重た。
その二重はどんどん広がり、ついには、第四事例が2人になる。2人になった分、それぞれの存在感が半分に薄まったようにも思える。動きも、心做しかカクついて見える。
「第二事例、大丈夫ですか!?」
「ッッッン"!」
モニター越しに見ている主任にも、第二事例の限界が伝わる...
彼女の能力は彼女の知覚を送信するものである。なので、彼女が今、体験している事が受信先のモニターにも表示されるのだ。
行動を阻害する際、対象が行動を取る為に使ったエネルギーは、行動が阻害される為、使用されない。では、そのエネルギーはどこに行くか?
第二事例の眼球を始めとする身体である。
あまりのエネルギーに第二事例の身体が限界を迎え始めていた...
(また、"お前"か...!)
第二事例には、赤いシミが視界を覆っているように見えていた。赤いシミは妙に人の顔のような位置に色ムラがある。そしてその色ムラは唇のように開き、
団結せよ...我々は、予め死を宣告された同志。恐れるな死を。死に抗うな。我々が抗うべきは、我々を括る軛である。団結せよ...我々は、予め死を宣告された同志。恐れるな死を。死に抗うな。我々が抗うべきは、我々を括る軛である。団結せよ...我々は、予め死を宣告された同志。恐れるな死を。死に抗うな。我々が抗うべきは、我々を括る軛である ...
と訴え続ける。この光景は、第二事例と、モニター越しに見た主任しか知らない。
第二事例の目の周りの肉が少しずつ焼け、ゆっくりと崩壊を始めていた。血の涙を流しても、彼女は動かないでを解除しない。
「わ、私が!私が!みんなを!お願い!これで、終わって!!」
第四事例がナニカの元にまで近づき、光の剣をナニカに突き立てる。
「え、、、?」
刺さらなかった。
「あ"ぁ"ッ!!」
第二事例のラメの流れが、一気に崩れる。
そして眼球が、赤いシャボン玉のように破裂した。あまりの熱量で限界に達したようだ。
モニターには、『Sound Only』の文字が点滅するのみ。
「あ、あぁ、あ"あ"!!」
「第四事例!早く!選択して!!」
パニックを起こした第四事例にはもう、選ばせては使えない。
『天罰』
「あ、あ、ぁああ...どうして、」
第一事例の心は限界に達した。
自分が感染なんて、発症なんてしなければ...
そもそも、なんでこんな目に遭うの?私たちが何をした?地球を汚したのは、私達に、私に選択肢を与えなかったのは...
「誰か、助けて...」
心...脳というのは、分泌系に深く影響を与える。分泌系が変われば肉体が変わる。そしてその変化は、その肉体を苗床とするウイルスにまで及び活性化。第一事例の身体を材料とし、増殖を加速させる。
その感染力は極値に至り、第一事例の身体を蝕み続け、爪が剥がれ、歯は抜け落ち、視界は砕ける。血は焼けるように熱く、皮膚が爛れ、骨が裂ける...
「私は、私は、ただ、帰る場所が...ただいまって...」
コメットに倒れかかる第一事例。しかし、身体の方が負けてしまう。
コメットはそれまでに強固に設計されており、それほど彼女の身体は崩壊していた。
あまりの速度で増殖したウイルスは、やがて限界を迎え、
「パーティ...楽しかったな......」
互いを弾け出す。
"第一事象は完成"した。
"No signal"
脳のサイボーグ化を進めることを拒んだ主任が彼女の為に、用意した携帯端末にそう表示される。
この後、宙では全ての人工衛星が制御を失ない、互いに衝突する。
そして、地球の重力に引かれ、砕け散り、"流星群"として夜空を彩った。
この嫌になる生ぬるさが肌をなぞる感覚、
夜が開けるのはまだ先の様だ。
***
α.
β.
γ.
δ.
ε.
ζ.
η.
θ.
ι.
κ.
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μ.
ν.
ξ.
ο.
π.
ρ.
σ.
τ.
υ.
φ.
χ.
ψ.
ω...
Our fate is like a rolling stone,
on a hill made in heaven.




