西の門・祠の絵
風向きが変わった。アレンは西の街道で足を止め、周囲の声を聞いた。雨の朝、アレンは武具と少量の食料だけで西門を出る。見送りは許されず、鐘も鳴らない。 街道脇の祠には、角と翼を持つ影が人を食らう絵があった。幼いころ信じた図を見つめ、知らないものへの恐怖が教義へ変わる過程を考える。 門外には黙って休暇を取った仲間たちの足跡が残っていた。彼は振り返らず、その心だけを受け取る。
追放は罪人の移送として記録された。同行する兵の中には、かつて彼に命を救われた者もいる。互いに名を呼ばず、規則の内側で渡せる水だけが増えた。
夜営地で護送兵の一人が高熱を出した。アレンは拘束具を外せないまま薬草を示す。翌朝、兵は礼を言わず、代わりに水筒を満たして馬車へ戻した。
禁忌大陸について確かな記録は一冊も渡されなかった。魔族は残虐で、土地は死に、帰還者はいない。その三行だけが、何百年も疑われず繰り返されている。
海が近づくにつれ、護送の人数は減った。最後の関所では鍵だけが外され、あとは一人で進めと言われる。自由になったのではない。誰も戻ると思っていないのだ。
夕暮れの先に黒い水平線が伸びていた。アレンは王国を振り返らず、まだ見たことのない土地へ歩いた。答えがないなら、せめて自分の目で確かめるしかない。
見届けた者は英雄譚を口にしなかった。水が戻った、薬が届いた、今夜は家族が眠れる。ただそれだけの報告が重なり、アレンへの警戒をゆっくり信頼へ変えていった。
その場で答えを出せなかった問いも、消したことにはしなかった。保留と記して次の会議へ渡す。分からないものを分からないまま残せることも、互いを欺かずに暮らすための力だった。
(本文実測:698字)




