刃の届く場所・列の後ろ
雨の匂いが残る雪の峠で、アレンは一枚の記録を読み返した。竜が教会騎士の追撃から幼い部下を庇い、混乱の中でアレンの剣がその胸へ届く。 前衛だけでなく荷車と救護班の位置を直した。強い者が先へ進みすぎれば、守るはずの列が裂ける。全員が戻れる速さへ歩調を落とす。 竜は最期に憎しみではなく警告を残す。黒い血が剣を伝い、アレンの腕へ焼ける紋が走る。
竜を倒した英雄という呼び名は、城壁を越えるたび大きくなった。だがアレンの腕では黒い紋が脈打ち、洞窟で見た竜の眼差しだけが消えなかった。
高熱の合間に、アレンは討伐報告を読み直した。竜が先に村を襲った証拠は一つもない。追われ、傷つき、それでも人を庇った事実だけが、整えられた文章から削られていた。
竜紋は力を与える祝福ではない。感覚が鋭くなるほど光と音が痛みに変わり、眠りさえ奪う。アレンは異変を隠さず記録し、未知を都合のよい奇跡へ置き換えなかった。
処分を決める会議に本人の席はない。廊下へ漏れる声を聞きながら、彼は王国へ尽くした年月を数えなかった。守った人々を、今度は自分のための戦へ巻き込まないことだけを考えた。
扉の外には、元部下が磨いた剣が一本置かれていた。同行は許されなくても、忘れてはいないという無言の印だった。アレンはそれを腰へ差し、次の朝を待った。
その場で答えを出せなかった問いも、消したことにはしなかった。保留と記して次の会議へ渡す。分からないものを分からないまま残せることも、互いを欺かずに暮らすための力だった。
小さな決定だった。それでも、遠くの権威ではなく目の前の暮らしから決めたという事実は残る。誰かの恐怖を利用しない選択が、この大陸では新しい道になっていった。
(本文実測:708字)




