選ばれた声
雨の匂いが残る共同議場で、アレンは一枚の記録を読み返した。各種族から一人ずつ使者を選び、誰か一人の国ではないことを示す。
聖光教の教えでは、魔族は言葉をまねる獣とされる。しかし、怒り、ためらい、家族を案じる沈黙まで偽物だとするには、ここでの暮らしはあまりに具体的だった。
「決める前に、ここにいる全員の話を聞く」アレンがそう告げると、最初に返ったのは賛成ではなく沈黙だった。沈黙を拒絶と決めつけず待つと、やがて最も若い者が不安を口にした。
作業の途中で竜紋が熱を持ち、視界の端が赤く染まった。彼は壁へ手をつき、痛みが引くまで誰にも命令しなかった。苦痛を隠して強者を演じれば、周囲は無理を正しいと思ってしまう。
見張り台から海の向こうの灯は見えない。それでもアレンは、人類すべてが同じ考えではないと信じたかった。信じるとは無防備になることではなく、届く道を一本ずつ確かめることだ。
明日になれば別の問題が来る。それでよかった。一度の勝利で国を作るのではなく、困った時に戻れる手順を積み重ねることが統治なのだ。
見届けた者は英雄譚を口にしなかった。水が戻った、薬が届いた、今夜は家族が眠れる。ただそれだけの報告が重なり、アレンへの警戒をゆっくり信頼へ変えていった。
その場で答えを出せなかった問いも、消したことにはしなかった。保留と記して次の会議へ渡す。分からないものを分からないまま残せることも、互いを欺かずに暮らすための力だった。
小さな決定だった。それでも、遠くの権威ではなく目の前の暮らしから決めたという事実は残る。誰かの恐怖を利用しない選択が、この大陸では新しい道になっていった。
(本文実測:685字)




