一話 閉鎖された家族
1995年の8月10日の茨城の山奥、少し暑い夏だった。
その山の麓にはラヴェンダーが咲いており、爽やかな香りが山頂にある家まで届いている。
そのラベンダー畑の側で椿華鈴は佇んでいた。
「ほんと……あいつらがクズじゃなかったら、のどかな場所なのに……」
「おい華鈴、誰がクズだって!?」
「そーよ。雑魚の分際で!!」
不意に背後にいた二人が言う。
華鈴の発言が気に障ったのか、椿家の特徴の銀色の髪を逆立てていた。
「鈴人…鈴奈…」
「お兄さん、お姉さんってちゃんと言えや!!」
鈴人は華鈴を思い切り、蹴り上げる。
ラベンダー畑の中を転げ回り、花びらが舞い上がって、降り落ちる。
「ゲホゲホ」
(せっかく、ここまで育てたのに……)
華鈴は服に付いた花びらを残念そうに見つめる。
鈴人は地面に倒れている華鈴の側に近づくと、慰めるどころか、頭を踏みつける。
「お前みたいなやつがよくここまで生きてこられたもんだな?」
華鈴が苦しむように、自分の足先をグリグリとこめかみにねじ込む。
「う、うるさい!」
華鈴は足を払いのけようともがくが、鈴人の力に抑えられる。
「蓑虫みたぁい!」
近くで見ていた鈴奈はーーフフッーーと笑いを堪えていた。
そして薄ら笑いを浮かべながら、鈴人に話しかける。
「ねえ……鈴人。こいつも私たちの妹だよね!
同じようにおいわさまからの加護を受けているのになんでこんな弱いんだろうね?」
「確かにな……お前の異能が弱いなら、死んでいった奴と同じように死ねばよかったのになぁ?」
華鈴のことなんか目も暮れず、「ハハ……」と二人は目を見合わせて笑い出す。
「お前は俺たち家族の中では弱い『出来損ない』なんだよ、よぉく自分の立場を考えろ!!」
「あなたが『下』で私たちが『上』なのよ!!」
二人は「愉快」、「愉快」と言わんばかりに笑いながら、どこかへ去っていった。
「うるさいんだよ……クズどもが!」
華鈴は地面を握りしめて、悔しさのあまり、何度も彼方向こうに土を投げつける。
彼女の前には、小さな影がヒョコッと現れる。
「お…お姉ちゃん、土だらけで大丈夫!?」
「美鈴……いたの?」
美鈴は近くに駆け寄り、華鈴の服の汚れをパンパンと払う。
「お姉ちゃん、私ね、またお菓子作ったの!!」
美鈴はポケットから袋に包まれたクッキーを取り出す。
この山で取れた木の実や、自家製のドライフルーツが練りこまれているようだ。
「すっ……すっごい美味しそう!」
(上手になったなぁ……)
このクッキーを最初に作った時は、形も歪だった。
しかし、今は綺麗な円の形で、はみ出ているレーズンなどの果実が食欲を掻き立てた。
「鈴音お兄ちゃんにもあげてね。それまで食べちゃダメだよ。
美鈴ね!あとね。もう一個見せたい物があるの!!」
「うんうん、なになに?」
美鈴が両手を合わせて念ずると……
足元の雑草が、まるで意志を持った生き物のように身をよじり、美鈴の足首に甘えるように絡みついた。
「この子たち、言うこと聞いてくれるようになったの、すごいでしょ!!」
「うん……すごいなぁ。私とは大違いだ……」
「お姉ちゃんの力もすごいと思うけどなぁ〜みんなはね、わかっていないだけだよ!」
美鈴の言葉はじわりと華鈴の傷ついた心の奥深くに滲んでいく。
それと同時に、年下の妹にこんなに心配をかけているのだと華鈴は情けなくて、恥ずかしくてたまらなかった。
溢れそうになる感情をグッと堪えながら、美鈴の顔を見る。
美鈴から漂うオーラは、春の陽気のように暖かかく、黄土色に輝いていた。
「私ね、この後おとーさんに呼ばれているから先に戻ってるね!!」
「うんありがとう。じゃ、また後で!!」
「またね!!」
眩し過ぎるほどの笑顔に華鈴は今にも昇天しそうだった。
美鈴は無邪気にステップを踏みながら、自分が来た道を駆け戻っていた。
山を少し上がるとたくさんのゴツゴツとした岩が転がっている場所が見えてくる。
そこを椿家は「訓練場」として使っている。
そこで、鈴音は、上半身裸で、滝のような汗を掻きながらも大きな岩を押していた。
「体力のトレーニングでもしてるの?
鈴音さぁ、汗を拭かないと風邪引くよ?」
「……」
岩を押すのに集中しているのか、質問に答えない。
(いつもはすぐに返事してくれるのに、無視!?)
「鈴音〜もしもーし聞こえてますか〜?」
華鈴は様子のおかしい鈴音の肩を叩いて呼びかけると……
「うるせぇんだよ、華鈴姉!!
強くならないとここでは用済みなんだ、だから、俺も強くならないといけないんだ‼︎」
華鈴の言葉に耳を貸さず、鈴音は熱心に岩を押し続ける。
華鈴から見て、彼の表情や言い草はまるで、強さに固執する兄や姉、そして父の顔に酷似していた。
「鈴音、そっち側に行かないでよ……」
華鈴はそう念を込めるように、彼の服の裾を掴む。
今日の鈴音は何故か当たりが強い気がするのと同時に緊張しているようにも思えた。
「なんだよ……邪魔なんだよ。うざいから話しかけんじゃねぇ!」
鈴音は肩に触れている手を乱暴に振り払う。
「わっ!」
鈴音の強い力に、華鈴は転んでしまった。
その拍子に、美鈴が作ったお菓子の袋を地面に落としてしまい、崖に転がっていってしまう。
「あ……なんか今落ちなかったか?」
「……美鈴が作ったものだよ!」
鈴音は、悲しい表情を浮かべる姉を見て、ことの重大さを理解して我に帰る
(鈴音もそっちに……)
家の風習に影響されず、華鈴を姉と慕ってくれる可愛い存在だった。そんな最愛の弟に、拒絶されて華鈴は相当ショックだった。
「ごめ……」
「お姉ちゃん、流石にカチンときたよ‼︎
あとでまた来るから、その時は覚悟しとけよ。ばぁーか‼︎」
華鈴はボロボロと涙を零しながら、鈴音の前から去った。
(反抗期の年頃なのはわかるのに……)
しかし最愛の弟まで、この家の風習に染まってしまったのかと、華鈴は一方的に思い込んで、絶望した。これらの気持ちから華鈴は早く逃げたくて、鈴音を見ずに家の方へと走り出す。
「ちょ……姉ちゃん待てって!!」
鈴音はなにか言いたかったのか、華鈴は彼のオーラの揺らぎ具合でわかった。
「華鈴姉はいつもボロボロだ……俺が強くなって鈴人と鈴奈にギャフンと言わせるために鍛えてたのに……
なんて言えば、よかったんだろう。」
ーー悪かった……ごめんなさいーー
そう言いたかったが鈴音は口に出させなかった。
彼は走り去って行く姉の姿を見ているだけだった。




