24.キャロラインSide——礼拝堂の公開処刑
私自身に話しかけられるのは、これほど奇妙なものなのか。
私の顔をし、私のドレスを着た女性が、親しげに歩み寄ってきた。
衝撃のあまり、私は思わず一歩退きそうになった。
自分に話しかけられる経験をする者が、この世にいるだろうか。
私はこんな顔をしているのだ、とふと思った。
昨晩、イーサンにはねつけられたはずなのに、そんな気配は微塵も見せず、彼女――私の顔をした女は、静かに微笑んでいた。
「昨日は結婚式に来てくれて、ありがとう」
その声まで、私だった。
背筋が冷えた。
教会のざわめきが消えた。得体の知れないモノに対峙している感覚に、足元がゾワゾワした。
3年前、結婚式の初夜の相談を私はアーニャにしたはずだ。
教会で会った私は、『アーニャ、後で相談したい事があるの』と大親友のアーニャに初夜でイーサンが別室に寝た事を相談しようとしたはずだ。
あれは相当なショックな出来事だったから、私は覚えていた。
ーー何があったの?
ーーあなたはなぜ親友に相談しないの?
ーーイーサンは、私にはねつけられて、あなたの眠る寝室に行ったの?夫婦になったの?
私は笑みを顔に張り付けたまま、訳が分からず、静かに微笑んだ。
ーーグレイの事は、あなたも知っているでしょう。
ーーでも、秘密を共有して救世主までの方だと心を許したのは、死に戻った私の方だから、あなたにとっては以前から知る気持ちの良い若者のままね。
ーーあのメガネを取ったら、とても素敵なブルーの瞳なのよ…。
ーーあぁ、あなたには話せないわ…。
ーーイーサンにぞっこんなのでしょう。結婚式を上げたら、もう、イーサンは妻の遺産を手に入れるつもりよ。
目の前の私の顔をしたレディは、少し間を置いてから口を開いた。
「あのね、アーニャ…』
そうそう。
ーー初夜の話を相談したいわね?あなた?
その時――
「アーニャ!」
イーサンの声だ。背後から足音がした。
目の前の私の顔をした女性は、にっこり微笑んだ。
「またあとでね、アーニャ」
そう囁くと、私の顔をした女は立ち去った。
「アーニャ!」
イーサンは人をかき分けるようにして、一直線にこちらへ来た。イーサンに飛び付かれないかと心配になった。それほど、勢いよく私めがけてやってきたので、猟犬のようだと心の中で思った。
「昨日のグレイ氏のことなんだけれど」
私は予想もしない名前が出てきて心底驚いた。
「グレイのこと……?」
「そう。彼の顔に確かに見覚えがあるんだ。王家の誰かだと思う。それが誰だったか思い出せない」
「彼はブライトンの港で港湾臨時書記をしているのよ」
イーサンは焦った様子で私に詰め寄るようにしてきた。
「君とどういう関係なんだ?」
イーサンは一歩近づいた。
香水とワインの匂いがした。昨晩、花嫁の傍にいた男の匂い。
「私から離れてくださる?」
彼は聞こえないふりをした。
イーサンは私に迫りたくて夢中のようだ。こんなに焦りに我を忘れた様子のイーサンの姿を初めて見た。リネンのシャツの襟を苛々と触って首元を開けようとしている。
目が血走っていた。
ーーあぁ、私が独身な事に気づいたのね。
ーーそうよ、貴方は既に既婚者よ。私はまだ、どの男性でも選べるわ。アーニャ◦ホーソーンが引くてあまたなのは、ご存知よね?
ーー貴方しか目に入らないアーニャとキャロラインという状況にあなたはあぐらをかいているようだけれど、もはや幻想よ。とっくに好きでもなんでもないわ。綺麗な顔をした紛い物の男なんて、大嫌い。
おそらく、拒絶されたことが私からもアーニャからもなかったのだろう。
イーサン・レッドワイクは取り乱したと言ってもおかしくないくらいに私に接近した。
ワインの匂いのする息を私に吹きかけた。
身体を密着させ、私を壁際に閉じ込めた。問い詰めるつもりだ。
「グレイとどういう関係なんだ?」
ーー未婚の女性に何するの!?
「放して」
彼は聞こえないふりをした。
「アーニャ」
懇願するようにイーサンが苦しげに囁く。
私は顔をそむけ、はっきりと通る声で冷たく言った。
「結婚した翌日に、妻以外の女へ迫るなんて。随分とご立派ね」
周囲の空気が止まった。
「どうした、アーニャ?」
「いやだと言っているでしょう?結婚しても妻以外の女性に手を出すのは変わらないんですね」
最後の言葉は、教会にいる参列者すべてに聞こえてほしいと願った。
「アーニャ、僕らは…」
「どうもしないわ。あなたが大嫌いなだけ」
イーサンの顔色が変わった。
「何だって?」
「視界に入るだけで不快なの」
正直な本音だ。
イーサンは心底驚いた様子で、口をあんぐりと開けた。
とても間抜けな顔だ。
あぁ、こんな顔をするのね。妻の資産がなければ生きていけない没落伯爵のくせに、妻を裏切る者は。
私を散々裏切って死にに追いやった癖に、金輪際貴方と話したくもないわ。
「だから、あなたの事が嫌いなのよ。視界に入るだけでこちらの運が悪くなりそうだわ」
イーサンは、焦って動揺のあまりに、私の肩をつかんだ。
「その手を離したまえ!」
低く澄んだ声が礼拝堂に満ちた。
教会の入り口にいきなり姿を現した人物がいた。グレイが立っていた。
教会の入り口に差し込む朝の光を背に、こちらを真っ直ぐに見ている。彼はなぜか威厳あるオーラが溢れていた。全員が無意識に彼に道を開けたようにすら見えた。
彼は迷いなく私たちの間に入り、イーサンの手を払いのけた。
「君は既婚者だ。節度を持て」
グレイはそうイーサンにキッパリ言うと、私の肩を抱いてイーサンから距離を取らせた。
周囲の人たちは一部始終を目撃した。
イーサン・レッドワイクの評判は、この界隈では地に落ちかけているはずだ。
私の救世主は、やはりこの人だった。




