3.ユーフォルビア
ちゃぷちゃぷ、音がして、わたしは目を覚ました。
冷たい、水の匂い。
水色をしたタイルに囲まれたここは、プールだ。
タイルの上に身を起こした私は、風もないのに揺れている水面を、ただ見る。
「おはようハニー、962回目の憂鬱な朝ね」
くぐもって、響く声。
「おはようミルク、932回目の悪くない朝だわ」
黒いドレスのまま水中を漂うミルクを、あひるの玩具が囲む。
「今日は何もしないでゆっくりしたい気分ね」
歌うような、甘声。
「今日はどこかに行きたいわ。どこがいいかしら」
立ち上がって、伸びをする。
「おしゃれなカフェなんて、素敵かもね」
漂ったまま、ミルクが言う。
ドレスがはだけた素肌に、あひるが口づけるように――
「お腹が空いたわ」
プールサイド。
ドーナツの入った、バスケット。
丸いのを、ひとつ、取って投げる。
「あげるわ」
髪を、ドレスを、濡らしたままのミルクが歯を立てる。
ぱしゃり。
プールの水に、とろみを持った白。
「ヨーグルト味ね。気分じゃないわ」
バスケットから、ひとつ。
白いドレスの胸元に、白が迸る。
「違うわ。バニラ味よ。わたしは好き」
「リンゴ味は好きよ、食べたいわ」
水面から、手が伸びる。
「だからバニラ味よ」
ハートのドーナツを、ひとつ、手渡す。
ドーナツを超えて、ミルクの手がわたしを掴む。
「ミルク味の方が、好きでしょ?」
バスケットが、落ちる。
わたしが、落ちる。
白いドレスが、ふわり、水中を舞う。
落ちたわたしを、ミルクが引く。
冷たい水の中、吸い込まれるように、落ちていく。
「私は、はちみつ味しかいらないの」
ぼこぼこ、立ち上る泡の中に声がした。
黒いドレスが、光る水面に泳いでいった。
陶器のような、白い肌が、わたしを撫ぜる。
撫ぜて、這って、入り込む。
「だからハニー、混ざりましょ」
口に、鼻に、中に、水が入る。
ミルクの唇。
絡まり合う、金と白の髪。
立ち上り、続ける泡。
呼吸を続けようと、水を飲む。
水が、入って来る。
バニラ味が、入って来る。
ミルクが、入って来る。
ピッピッピッピッ――
何の、音だろう。
ぼんやりかすむ、目を開ける。
ミルクの瞳がすぐそこにある。
笑ってる。
わたしと同じ顔で。
暗い。暗い。
白いドレスは、どこかへ行った。
ここにただひとつ、残るのは、ミルクの、わたしの。
喉が、引き裂けた。
指の先から、ゆっくりと、何か。
ミルクが、笑った。
わたしが、ほつれた。
落ちて、弾けて、泡立った。
フリル、ほどけて、ユーフォルビア――




