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29.笑顔で別れを

 辺境伯領に到着してからほとんど休む間もなく、ティアナはすぐに霧深い谷底へ向かった。目的の場所にたどり着いたティアナは、両手を組み、静かに目を閉じる。ティアナの周囲は次第に輝きはじめ、霧がどんどん晴れていく。その姿は、正に聖女といったものだった。最後にはティアナの頭上から陽光が差し込み、大きな虹が掛かった。


「ティアナ、きれい……!」

 無理を言って見学させてもらって良かった。ソラは感動していた。


「私は物理で切るか殴ることしかできないから、霧には対処できなさそうだな」


「私たちは聖なる力を持っていても、特性が違うのだから適材適所でがんばればいいのよ」


 お互い微笑み合う二人に、それまで興味がなさそうについてきていたジェルドが話しかけた。


「聖女の力は強力だけど、これじゃまたすぐに霧が濃くなるんじゃないの?」


「そうなの、それが悩みなのよね」


「だから、俺達がこの地から生まれる魔物を討伐し続けなければいけないんだ。王都の安全は、俺達を犠牲に成り立ってるって、理解したか?」

 辺境伯が口を挟む。


 明らかに敵意のある口ぶりだったが、ジェルドは何の反応もしめさず、突然『蛇』を呼び起こした。蛇がジェルドの腕から離れ、更に谷底近くの霧の中に消えていくと、その先から真っ黒で濃い霧が増幅しだした。


「で、殿下!? 何してるんですか?」

「お前!! 何だその力は!」


 ジェルドが涼しい顔で何かを呟いた瞬間、ソラはぎゅっと空気が押しつぶされるような不思議な感覚を感じた。濃くなっていた霧はもとの様子に戻ったが、ジェルドが蛇を出す前とは明らかに何かが変わっている。すっかり、違う場所に移動したかのような……。周りで見ていた皆も、何が起こったのか分からず、呆然と立ちすくんでいた。


「聖女の力は『魔』を消滅させることができる。でも、俺の使う魔法は、『魔』を従える力がある。この先にあった魔力が溢れ出している穴は簡易的に閉じといたから、しばらくは平和に暮らせるんじゃないの」


「……確かに、今なら私の力で全て消し去れそう……世の中には、すごい力もあるものね」


 ティアナは驚きを隠せない様子だ。


「そうか……これが目当てであいつは俺に遠出の許可を出したのか……。まあ、いいや。辺境が落ち着いたなら、聖女様も頻度を上げて王都に来い、だと。()()()()


 ジェルドの口ぶりだと、今回のことはシリウス王の計算のうちだったようだ。これからも、ティアナと会う機会ができた……! ソラは望外の出来事にただただ驚いた。


「『辺境伯様』も良かったな。聖女は王都に通うことになるらしいから、好きなだけ自分一人でここを守れるだろ」


「……はっ! べ、別にティアナの力など最初から必要としていない。いっそのこと王都に戻って暮らせばいいだろ」


 それはまずいですって、とりあえず謝りましょう? と周囲の人々がアシェルをなだめた。


「あ、でも……」

 ジェルドはアシェルに向けて、続けてなにか言い出す。


「俺、スローライフ(ソラと)とか田舎暮らし(ソラと)とか興味あるから、この土地もらっちゃうってのもいいかな。俺の力があれば、お前とか別にいらなそうだし」


 急なジェルドの提案に、アシェルの顔色がみるみる変わった。

「ふざけるな!! クソ野郎が!!」


「言っとくけど、王弟だからね、俺」


「権力を盾にするとは卑怯な……」


「権力もだし、力も圧倒的に俺の方が上だけど」


「は!? 今すぐどちらが実力が上か、勝負してやっても構わないが!?」


 なんだかいつもの数倍意地悪度が増しているジェルドに、ソラは少し心配になった。


「殿下、辺境伯様はこの地をずっと守っておられる立派な方なので、あまり意地悪をいわない方が……」


 いいの、いいの、とジェルドはぱたぱたと手を振る。


「好きな女に素直になれない系の人間とは、全く理解し合える気がしないからな」


「なななな、なにをっ! バカなことをっ!!!」

 真っ赤になって怒り出したアシェルと、さらに挑発しようとするジェルドの間に入り、皆が必死になだめた。ティアナは不機嫌そうな顔で事の成り行きを見守っているだけだったが、二人はきっと想い合っているのだと、ソラは信じたかった。




 ジェルドと辺境伯アシェルは、その後の短期間の滞在でもバッチバチのバッチバチだったが、ジェルドがいろいろな人に関わっている姿を見られて、ソラは成長した我が子を見守る親の気分はこういうものかと感慨深い気持ちになった。


 数日一緒に過ごしただけではあったが、辺境伯アシェルの人となりも、なんとなく知ることができた。王都からティアナを送り届けた皆にも言葉こそぶっきらぼうな感じだが、待遇はよく、豪華な客室を用意してくれ、食事や風呂など至れり尽くせりだった。何でも、辺境伯がこの程度のもてなしもできないと見くびられては困るから、だそうだ。部下の皆さんが「アシェル様はツン9、デレ1のツンデレ」などと訳が分からない事を言っているのもソラは聞いたが、きっと「本来は優しい人」という意味なのだろう。


 ソラ達が戻る前日には、盛大な宴会を開いてくれた。酔っぱらったアシェルが「本当はティアナにそばにいてほしい、でも危険な目に合わせるのも嫌だから心苦しい」とめそめそするのをソラがこっそりと慰めたり、そんな姿を見かけたジェルドが勘違いしてアシェルにケンカを売って危うく大乱闘になりかけたり、ティアナが実はものすごい酒豪でばっさばっさと周囲の人間を切り倒していったりと、それはもう、盛大だった。


 ティアナとは、心からの笑顔で別れることができた。ずっと、かわいそうな姉を助けたい、その思いで行動してきたが、ティアナは自分の力で、ちゃんと幸せな居場所をつかみ取っていたことが分かったから。そうだ、ティアナは昔から、自分の意思をしっかり持って、困難があっても前に進んでいける人だった。


 またの再開を約束して、ソラ達は辺境伯領を後にした。

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