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27.お慕いしてはいると

「……殿下、よく、ここまで辿り着きましたね……」

「……ああ、俺の全力を持ってすれば、な」 


 賑やかな大衆食堂の一席で、向かい合ってばちばちと睨み合っているソラとジェルド。そこには、甘い雰囲気など微塵もない。


 先日の夜、ソラに距離を置きたい宣言をされたジェルドは決意した。一人でうじうじとしていても、目の前の相手は気にもかけてもくれない。諦める? 死んでも無理。だったら、全力で捕まえにいくしかない、と。

 ジェルドは、これまでの経験を糧に、非常にポジティブでアクティブなヤンデレに成長していた。


「そんなに、俺に会うのが嫌だったようなのに、残念だったな。これからは、もう日の目を見れないと思え」

「いえ、最近忙しくて、ゆっくりする時間が欲しかっただけなんですよ……」

「姉と王都お買い物ツアーで休日を楽しんだり、城下町の食堂で大食いチャレンジしたり、クソ団長の仕事を一緒に手伝ったり、騎士団の男共と楽しそうに雑談する暇があったのに、か?」

「く、盗聴魔法を撃退し損ねていたか……」

「詰めが甘かったようだな」


「殿下が闇落ちしないようにあれからも一日一回、必ず夕食の時間はご一緒していますし、会う時間をとっているではありませんか」

「なんだその人を世話してやっているみたいな物言いは」

(実際にそうなんだけど……)


 はあ、と肩を落としたジェルドは、恨みがましい目でソラを見つめた。

「あんな一瞬過ごしただけで俺が満足するはずがないこと、お前が一番知ってるよな? これからは寝食全て共にする! お前なしでは生きられない体にしたこと、責任を取れ!!」


「ちょっ……公衆の面前で誤解を招くような発言はお控えください!」


 じろじろと周りの客がこちらの様子を見てくるのに恥ずかしくなったソラは、食べかけの食事もそのままに、足早に店を出た。当然、後ろにはぴったりとジェルドがついてくるのだが。


「こっちは、一秒だって……離れているのは苦しいのに。いつだって、ソラの顔が見たい、声が聴きたい、匂いを嗅ぎたい、寝ている様子をじっくり観察したい」


 後ろからぶつぶつと不穏なキーワードを呪詛のように呟かれ続け、なおもソラは鋼の精神で歩き続ける。時折飛んでくる拘束魔法を無効化しながら、気付くとソラは人通りの少ない路地まで入り込んでいた。


 まさか、大規模に戦闘を行うこともないだろう。ソラは諦めて立ち止まり、ジェルドに向き直った。



「ソラ、……悪いが、俺はもうお前のこと手放せない。最終勧告だ。強硬手段をとる前に、あきらめて俺のそばにいてもらう」


 これまでの実績を鑑みるに、今後何をされるのか、だいたいの察しがつくところが恐ろしい。


「……ホントは……お互いに愛し合って、幸せに暮らせれば、って思ってた。でも、ソラはこんな情けない俺のことなんか、……嫌いになっただろうし……もう、他に、どうしようもないから」


「え、嫌いになったなどと。そんな訳ないじゃないですか」


「……嘘だ。だって最近、ろくに目も合わせてくれないし」


「……」

「……」


 ドゴォッ!!

 しばらくの間があり、突然ソラは自分の頬に拳を入れた。


「そっ、ソラ!? おい、何やってんの?」


「お気になさらず。ちょっと気合を入れただけです」


「は? え? バカなの??」


 頬が赤く腫れ、口元から血を流したソラは、ジェルドを見据えた。


「……私、ソラ・ユーミアは、ジェルド殿下を、お慕いしてはいる、と思われます」


「…………は?」


「まず、殿下を見ると、心拍数が上がります。目が合うと、顔にも血が上るのを感じ、なぜだか言葉がうまく出てこない状況になります。そして、どうも、平常心でいられなくなるのです。そわそわして、落ち着かなくなります」


「な、な……」


 ジェルドが顔を真っ赤にして震えていることも、渾身の告白(?)をしているソラは気付かない。


「しかし、これが『恋愛感情』という代物なのか、今まで経験のない自分には分からなかったのです。だって、殿下がキラキラ輝いて見えるのですから! 万が一そういった心身に影響を及ぼす系統の呪いにかかっていた、などという可能性を含め、検討するために一人の時間をいただきたいと願い出た所存でして——……わっ」


 問答無用で間合いを詰められ、ジェルドに抱きすくめられていた。


「ソラ、嫌われた訳じゃなかったのか……いや、でもこんなに鈍いとはどういうことだ? なんで俺はここまで振り回されなきゃいけないんだ? 嬉しい…ムカつく…可愛い……くそ! 感情がせめぎ合ってどんな感情していいのかわからない」


 ぐい、ぐい。

「じたばたするな、こら」

 ぐい、ぐい。


 あまりにも暴れるソラに観念したジェルドは、体を引き離した。それでも、両手は逃がすまいといったようにそらの肩をがっしりつかんでいる。


「ソラ、こっち見て」


 近距離では、更に視線を合わせづらい。顔がかっと熱くなるのを感じた。何とか一瞬だけジェルドに視線を向けると、真っ直ぐにじっとこちらを見る視線とぶつかる。どうしていいかわからない。やはり、なにかよくない呪いじゃないのか。ソラは思った。


「それが呪いだとしたら、俺だってとっくにかかってる」

「え!? 殿下は呪いを克服されたのでは!?」


「大丈夫、この呪いは世界中の五万といる人間がかかっているものだ。……いや、呪いと言うか祝福、と言い換えたほうがいいんじゃないか? 俺だってずっと、ソラがキラッキラに見えてる」


 しばらくジェルドの言葉の意味を考えたソラだったが、一つの結論に至った。

「……殿下……そういう、こと、なんでしょうか。私、殿下を好きに、なってしまったようです、ぶっ」


 言い終わるのも待たずに、唇を塞がれた。しばらく続く、甘い、甘い口づけ。やっと解放されてジェルドの顔を見ると、涙がぼろぼろとこぼれていた。それでも、表情は幸せに溢れている。ジェルドは、涙をごしごしと拭った。


「よし、今すぐ結婚届を出しに行く」

「え?」

「盛大に式を挙げよう。俺達の幸せを、国中に見せつける。ご両親への挨拶は、事後報告でいいか」

「いや、ちょっと待ってください」

「いや、もう待てない」

「いくらなんでも、展開が早すぎます! 段階というものがあるでしょう」

「ちっ、じゃあ、段階を踏んで、また屋敷で一緒に暮らす。ここは絶対に妥協できない」

「……まあ、以前の生活に戻ると思えば、それは構いませんが」

「よし! じゃあ早速今から……」


 焦って事を進めようとしまくるジェルドの言葉を、ソラは遮った。


「あ、すみません。遠征届を出してしまったので、私、明日から一か月ほど王都を離れることになります。その後でもいいですか?」

「は!?……ふざけんな! 取り消せ!」

「こればかりはちょっと、はずせない要件でしたので……」


 路地裏には、しばらくの間二人の賑やかな声が響いていた。

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