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26.閉じ込めておくのは最終手段として

「そこ!!!」


 バシン!と勢いよくソラの平手打ちがヒットし、こうもり(のような生き物)が霧となって消えた。周囲からは、拍手喝さいが起きる。


「おお~!」

「ソラ、すごいな。もともと強かったのに、聖なる力も使えて、実は『聖騎士』だったんだって?」

「国を乗っ取れるんじゃないか?」


「……いや、そんな大それたこと、するわけないだろ」

「しようと思えば……できるんだ……!」


 王都を揺るがすような大事件の日から、数週間が経った。ソラは現在、騎士団の詰所にいる。


「こっちにも! はぁ……殿下はどれだけ魔法を仕掛けてくるんだ」


 ソラがため息をつくと、皆言いようのない雰囲気に包まれた。ソラがさっきから見つけては退治をしているのは、ジェルドがソラに向けて仕掛けてくるストーカー魔法、追跡・盗聴・盗撮・捕獲・媚薬効果etc……である。


 本日通算7つ目となる、ネズミ(風)魔法を踏み潰した瞬間、ソラははっと顔を上げた。


「……やばい! じゃあ、私は外回りに出てくるから!」


 ダダダダ……

 

 遠ざかる足音と同時に、近付いてくる足音。

 

 ダダダダ……

 

 バンッ!と乱暴に扉を開ける音がして、騎士団の皆は、最近見慣れた光景に苦笑いする。


「ソラはたった今、ここにいただろ! くそっ、逃げられたか。どこへ行った?」


「ジェルド殿下……本日もお元気そうでなによりです」

「ソラなら、城の外に出ていったと思いますけど……会えるかは微妙だと思いますよ」


「……ちっ」


 王の間での一件——。ジェルドはソラに渾身の告白をした。


(ソラは恥ずかしそうではあったが、俺の気持ちに応えてくれたと、思う。これまでの言動からも、決して自惚れではないと、思う……けど……それが……ここのところ……どう考えても避けられている……ような)


 ジェルドは、どんどん気持ちが萎んでくるのを感じた。それと同時に、暗い、押さえつけられない衝動が再び湧き上がってくる。


(こそこそした魔法じゃすぐに封じられてしまうな。もっと最大出力で拘束して……まあ閉じ込めておくのは最終手段として……まずは無力化させて)


「心当たりがありすぎますが、あいつが嫌がるようなことをしたんじゃないですか?」


 ずっと我関せずと部屋の奥にすわっていたトルバルドが、椅子をくるりと向けてジェルドに告げた。やれやれ、と言った様子で薄く笑みをうかべる目の前の男に対して、ジェルドはかっと血が上る。


「うるさいっ! 毎日数時間は会ってくれるのだから、断じて嫌われてはいない!!」


「とりあえず面会できてるんなら、その通りにしてやればいいでしょう」


「留置所の罪人じゃあるまいし! それに、それっぽっちの時間で俺が満足すると思っているのがおかしい!」


「余裕のない男は益々嫌われますよ」


「ますます、ってなんだ! 最初から全く嫌われてもないし! むしろ、お前の方が絶対嫌われてるはずだ!」


 最近のトルバルドは、ジェルドを焚きつけて焦る様を鑑賞するのが日課となっていた。これはこれで、なかなか面白い。ひねくれた性格のトルバルドは、面白がっていることがバレないように極力不機嫌そうに見える顔を意識しながら、ジェルドの話に耳を傾けていた。



「失礼~」


 そこに、シリウス『王』が入ってくる。みんなぴしっと敬礼した。


「そんなに、固くならなくていいよ! じゃあ、この愚弟は責任を持って連れてくから」


「おい、離せ!」


 ジェルドの声が遠ざかっていくと、詰所はとたんに静かになった。


「こんなに頻繁に王族が通うような場所じゃないはずなんですけどね……」

「なんか、毎度のことすぎて、感覚が麻痺してきちゃいました……」


「この話題に関しては、これで終わりだ! それぞれ、仕事に戻れ!」


 トルバルドの一声で、騎士団はいつもの生活に戻っていった。


  ◇  ◇  ◇


「だから、仕事しろっての。国家が潰れそうな状況なの、分かってるだろ」


「嫌だ。勝手に潰れろ。なんで俺が大魔官の穴埋め要因なんだ」


 王城の一室に二人は立っている。シリウスは呆れた顔でため息をついた。前国王ローダンは、体調が優れずに急遽王位をシリウスに譲った……表向きはそういう話になっている。それだけでもおおごとなのに、神官も大魔官も力を失った今、ジェルドの協力は不可欠だった。


「分かったよ。その分、ソラ・ユーミア嬢に働いてもらうことになるんだからな。彼女は国の有事に現れ救ってくれる、という伝説が残る『聖騎士』様だったんだから、表舞台に立ってもらうしかない」


「おい! ソラに国のごたごたを背負わせるな! こうなったら、二人でどこか遠くに逃げる!」


「いや、実際お前の方が逃げられてる側だろ。彼女から」


「……」


 まるで鈍器で殴られたかのような衝撃的な顔をして、ジェルドは固まった。


「いくら心の広いソラ・ユーミア嬢でも、他の男と目を合わせるの禁止、24時間体制で半径1メートル以内にいなきゃいけない、なんて束縛男は無理なんだって」


「……! こっちはっ、式典の前からかれこれ一か月近くもソラと一緒の時間が取れず、我慢し続けているんだ。ソラが手のとどかないところにいくならもういっそのこといっしょにし……ぬ……」


「はいはい闇落ちストップ! とりあえず、この後夕食時間になれば、彼女も大人しく会いに来てくれるだろ? それまでにこの仕事、任せたから。ユーミア嬢も頑張る男が好きだろうなぁ」


「おい! ……くそっ」


 言い終わるや否や部屋からいなくなったシリウスは、本来はジェルドに構っていられないほど忙しいのだろう。ジェルドは山積みの書類を前に、心底嫌そうな顔をした。魔術官で働く人間は、あの事件でほとんどが捕まり、数えるほどしか残っていない。実力が物を言う世界なので、どう考えてもトップに立つのはジェルド一択だった。


「とりあえず……新たな人材確保の進捗状況確認だ。待遇を良くしたら希望者は増えたようだな……今ある仕事の整理と振り分けはあらかたできたか。次は……はあ、めんどくさ」


 面倒事は全て自分がいなくても回るようにしたい。その強い思いだけが、ジェルドを突き動かしていた。なんだかんだ言って、ジェルドは管理職に向いている気質だったため、こうして壊滅状態に近い魔術官の仕事も、大変なりに回っていた。


   ◇   ◇   ◇

 

 夕食の時間には、広いテーブルに豪華な食事がずらりと並んでいる。日中は逃げ回っているソラも、この時間になると大人しくやってくる。断じて、義務感で仕方なくとか、夕食がおいしそうだからそれにつられてとか、そんな理由ではないはず。ジェルドは自分に言い聞かせる。

 

「……」

「……」


 ジェルドは、はあっ、と小さく息を吐いた。最近は、こうして一緒に夕食をとってはいるが、使用人が部屋に大勢待機していて落ち着かないし、ソラはソラであまり話しかけてくることもない。ソラが喜びそうな渾身のメニューだって、お披露目できていない。


(正直言って、全くソラを補充できない)


「ごちそうさま。……じゃあ、俺の部屋に来て」

「はい」


 ジェルドが何とか勝ち取ったソラとの時間は、夕食とその後の1時間ほど、部屋で一緒に過ごす時間だった。毎回の攻防に諦めを感じたのか、ここ最近のソラは、ジェルドに後ろから抱えられるようにして大人しくソファに座っているようになった。


「……疲れた」

「殿下、毎日お仕事お疲れ様です! シリウス陛下が殿下の仕事ぶりは素晴らしいとほめていらっしゃいましたよ」

「……俺からは逃げ回って、あいつには会ってるんだ——……」

「いや、そういう訳では」

「じゃあ、どういう訳なんだよ? 俺は一日中ソラのことを考えてるっていうのに」


 ジェルドがソラに回す手にぎゅっと力を込めても、何の反応もない。後ろからそっとソラの表情を除くと、困ったように眉を下げていた。

「……殿下、今は夕食とその後の時間を一緒に過ごすので許してください。ついでに、怪しげな魔法を私に使うのもやめてください」

「え、逃げなければ使わないけど」 


 そこでソラはすくっと立ち上がると、そのままドアに向かって数歩進んだ。


「しばらく……一人で、落ち着く時間をくださいませんか? それすらも許していただけないのであれば、今後はこの時間もお会いするのは難しいかと思います」

「な……」


 動揺しまくったジェルドがソラに向かって拘束魔法を放つと、ソラはそれを片手で掴み、握りつぶした。


「私は『聖騎士』の力に目覚めたのですから、殿下の魔法は無力化できますよ。では、おやすみなさい……」


 ソラの言葉に衝撃を受けたジェルドはしばらく放心状態となり、ソラが部屋を出ていったと気付いたのはしばらく後だった。

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