03.あなたのお名前なんですか?
デッキブラシ提案の最後の手段。
それはつまり、奇襲からの特攻でした。
超ハイリスクですが、他に方法が思いつきません。やるしかなさそうです。
『ハヅキちゃん、行っくよー!』
デッキブラシを槍のように構えました。
そんな私をアーノルド卿が抱きかかえ――悪霊パワー全開で、全速力の助走&スーパージャンプ。
そして。
「マッスル・ジャンピング・レンボーアターーーック!」
そんな叫び声とともに、宙に浮くリリアンに特攻かましました。容赦なしでデッキブラシをリリアンに叩き込んでやります。
「ハヅキ……あんたかぁー!」
赤い光が私の特攻を防ぎます。ですがそれは想定済です!
「くらえっ! 聖なる箒!」
「なっ!?」
オリジナルスキル・聖なる箒発動!
ギリギリで受け止めたはずのリリアンが、驚いて声を上げました。聖なる箒が発動した途端、リリアンが身にまとっていた赤い光が消えたのです。
『なに、なんなのこの力!?』
リリアンのものではない女の人の声。これがきっと、リリアンに取り憑いている魔族です。
「オラオラぁ、出てこいや魔族ぅ!」
『ギャーッ!』
ぐりぐりとデッキブラシでこすってやったら、汚い悲鳴とともに赤い光がリリアンから飛び出してきました。
『よっしゃ、出たよハヅキちゃん! ここで追撃!』
「了解! 聖なる箒!」
「ギャーッ、やめて、やめてってば! 力が、力が消えるー!」
聖なる箒を再度お見舞いしてやると、飛び出してきた赤い光がどんどんと小さくなっていきます。
おお、なんか楽しいぞ、これ。
やはり掃除。掃除がすべてを解決するんですね!
「なんなの、なんなのよその力は!」
リリアンから飛び出した赤い光が、モヤモヤと集まってきて形になりました。
ぽんっ、と軽やかな音ともに現れたのは、赤色の全身タイツに白い手袋とブーツという奇抜な衣装の、わりときれいめな女性。お団子頭に、お尻には先が尖った尻尾がついてます。
うん、魔族っちゃー魔族なんですが。
でもなんていうかこれ、色がオレンジだったら――。
「ええと。初めまして……ド○ンちゃん?」
「誰よそれ! わけわかんない名前で呼ぶんじゃないわよ!」
あ、違った。絶対合ってると思ったんだけどなぁ。
「て……あれ?」
不意に。
私の体がぐらりと揺れました。何だ何だ、と思っていたら。
「わ、わわっ、落ちるー!」
どうやら重力が仕事を思い出したようです。私とリリアンはもちろん、ドキ○ちゃんみたいな魔族とアーノルド卿が重力に敗北し、大地へ向かって落ちていきました。
「そ、そのブラシね! そのブラシが、力を消しちゃったのね!」
なんと、デッキブラシにそんな力があったとは。すごいですねー。
て、感心している場合じゃないです。このままじゃ大地に激突です!
『任せい!』
アーノルド卿が、私とリリアンをがっちりキャッチ、どぉーん、と着地しました。
一秒ほど遅れて、○キンちゃんみたいな魔族が、べちゃっ、と落ちてきました。うわ痛そう、大丈夫ですかね。
「こ、この……よくも、よくもやってくれたわね!」
ド○ンちゃんみたいな魔族がガバっと起き上がりました。
よかった、どうやら大丈夫なようです。あ、いや、よくないですね。
「あなたが、リリアンさんを操っていたんですね」
急いでデッキブラシを構え、ドキ○ちゃんみたいな魔族と対峙。○キンちゃんみたいな魔族は、フン、と鼻を鳴らします。
「操ってなんかいないっての。本人の意志よ」
「ごまかそうったってそうはいきません。リリアンさんは、返してもらいます」
「……ほんと、頭にくる子ね」
ド○ンちゃんみたいな魔族が――いい加減めんどくさいですね。お名前聞こうかな――憎々しげな顔になります。
「次から次へと、私の計画潰してくれちゃって。あんたさえいなきゃ、私が勝ってたのに!」
計画?
なに言ってるんでしょう、このドキ○ちゃんみたいな魔族。
「とぼけんじゃないわよ! いい、あんたはね……」
王都の地下水道に住み着いた死霊をあふれさせ、人々を恐怖に陥れようとしたところ。
先手を打って除霊された。
ならばと気味の悪い大蛙を街にばらまき、人々の不安をあおろうとしたところ。
聖堂騎士団と協力して捕まえた挙げ句、食べてしまった。
子供を狙った誘拐事件を多発させ、人々を疑心暗鬼にしようとしたところ。
最初の一人目で犯罪組織を壊滅させてしまった。
「色々事件起こして、じわじわと王都の雰囲気を悪くしてやろうとしてたのに。あんたが全部潰したのよ!」
へー。
なんか同じようなことが、前にもあったような気がするなぁ。
剣を手に魔族を取り囲む聖堂騎士の皆様も、「またかオマエ?」て目を向けてきてますし。あー、うん、偶然だと思いますよ。私、好き勝手にしてただけですから。
「さすがは大聖女の側仕えだね。正直ナメてたよ」
いえですから、私なにもしてませんてば。
「あの……そんなことして、どうするつもりだったんですか?」
「はん、すっとぼけて。全部知ってるくせに」
いえ、知らないです。すいませんが教えて下さい。
「世の中が不安に満ちれば教堂に不信感がわくでしょうが。そこへ新たな聖女を出現させれば、忌々しい大聖女の権威が揺らぐでしょうが!」
「新たな……」
「聖女?」
私に向いていた皆様の目が、リリアンに向けられました。
アーノルド卿にお姫様抱っこされたリリアン、気を失ったままです。大丈夫でしょうか、早くお医者様に診せてあげたいですね。
「そうさ、その女さ。次期聖女とか言われてるんだろ! その力、本物さ! あっさり邪神を下ろせたんだからね。魔王に仕える側近が一人、このアリエールがお墨付きを与えてやるよ!」
あ、お名前判明。
なんだか洗浄力&消臭力が高そうですね。よいお名前だと思います♪
「だけど脆い。脆いねえ。修行が完成してないシスターなんてちょろいもんさ。私を母親の霊だと信じ込ませるのなんて簡単だったよ」
リリアンを心配するあまり現世に留まった母親を装って、少しずつ信頼を勝ち取った。
そうして影響下に置いたリリアンを新たな聖女として祭り上げ、大聖女を追い落とせば、王都は混乱し魔族が付け入る隙が大きくなる。
「そうすれば、魔王様の復活も夢じゃないのさ!」
なる――ほど?
うーん、正直穴だらけな計画のような気がしますが。うちの上司、そんなに甘くないですよ?
「あと二年……いや、一年あればうまくいったんだ。それなのに……それなのに!」
アリエールが身を潜めていた下町の聖堂に、大聖女の側近たる私が姿を見せた。
歌姫と呼ばれるアイドルに聖歌を歌わせて人々の注目を集め、放置されていた聖堂の再建が決まった。
そしてとどめとばかりに、取り壊し前の聖堂を「掃除」と称して除霊に来た。
「もうバレたと思ったね。殺られる前に殺ってやると、強硬策に出たところでこのザマさ!」
なんだかもうやけっぱちという感じで、次々と計画を暴露するアリエール。
名探偵にトリック見破られた殺人犯って、こんな感じですかね。いやまあ、勝手に自分で暴露してるんですけど。
「なるほど、そういうことでしたか」
あ、名探偵役の大聖女様が登場しました。
――て。
あらあら、まあまあ!
ちょっと奥さん、こちらもお姫様抱っこですよ!
ダンディズムの体現者、聖堂騎士団長様のたくましい腕に抱きかかえられて、美しき大聖女様の登場ですよ!
なんですかこの美男・美女のコラボレーションは。中世騎士物語の騎士とお姫様、そのまんまですよ!
ひゅーひゅー!
「ハヅキ……後でお話があります」
大聖女様、こめかみに青筋立ててにらんできました。しまった、声に出てた!
「はん、大聖女に騎士団長のお出ましかい。いよいよ私の負けみたいだね」
『気をつけて、ハヅキちゃん』
デッキブラシが、私にだけ聞こえる声で言いました。
え、なんでですか。さすがにこの状況で負けはないのでは?
『バカ。あの子と邪神のつながり、まだ消えていないのよ。絶対なにか企んでるから』
あ、そういえばそうだった、と思った矢先。
「だけどねえ……ノコノコ姿を現したのは悪手だよ、大聖女!」
観念したと思っていたアリエールが、ぱんっ、と両手を合わせて一気に魔力を集中すると。
「ありったけ……出てこい、邪神どもぉ!」
その力を、リリアンに向けて放ちました。