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02.悪い子・リリアン

 神様は私を助けてくれない。


 わかっていた。

 わかっていたはずなのに、すがってしまった。


 ううん、そうじゃない。

 神様が助けてくれなくても、大聖女様が助けてくれると信じていた。


 だけど、大聖女様は私を選んでくれなかった。


 悔しくて、悲しくて、腹が立った。どうしてあんな子を――文字もろくに読めない、神の教えも理解していない、不真面目極まりない子を側仕えになんかしたのか。

 あんな子を選んだことを、大聖女様は絶対に後悔する。

 そのときこそ私を選んでくれる――そう思っていたけれど、そうはならなかった。


 私がしたかったことを、あの子はどんどん実現していった。

 めちゃくちゃにやってるくせに、大聖女様の側にいることが自然に見えた。大聖堂をピカピカに磨き上げ、聖堂騎士と心を通わせ、子どもたちに慕われ、下町の人たちに気に入られ――すべての人が、あの子を受け入れていくように見えた。


 なんで、どうして、て思ったけれど。


 大聖女様は、ちゃんと見抜いていたんだ。

 あの子の素質を。

 そして、私の罪を。私がかつて、世界のすべてを呪い、人の死を心の底から望んだことを。


「リリアン! 飲み込まれてはいけません! 気をしっかり持ちなさい!」


 大聖女様。

 ごめんなさい、大聖女様。でも知っていたんですよね、私が悪い子だって。神様にも救ってもらえない、すごく悪い子だって。


『そうね。大聖女ですもの。すべてを知っていたのでしょうね』


 優しい声が頭の中に響いた。

 ママだ。ママの声だ。よかった、まだそばにいたんだね。


『ごめんねリリアン。私が悪いの。あなたを守ってあげられなかった、ママが悪いの。あなたが悪い子になったのは、ママのせい』


 ふわっと、何か温かなものが身を包む。

 大聖女様の声が遠ざかり、代わりにママの声が大きくなる。


『ごめんね、リリアン。ママは最後まで一緒だから。たとえ地獄へ行くことになっても、ママがいっしょだからね』


 うん、ママ。

 そうだよね、ママがいるんだもの。大聖女様にすがる必要なんてなかったんだよね。どうせ救ってもらえないんだもの、無駄な時間過ごしちゃった。


『リリアン。これ以上、大聖女に迷惑をかけてはだめよ』

「うん」


 大聖女様。

 心から憧れた人。どうやったって同じ場所には行けないのに、あがいてすがって迷惑をかけてしまった。ごめんなさい、お詫びに私、ここで死にますから。


『さあ、大聖女が罪悪感を持たないよう、思い切り憎しみをぶつけてやりなさい』


 心の底に封じ込めていたものがあふれ出す。

 それは、八年前のあの日に願ったこと。その願いがたくさんの人を傷つけた。その罪を赦してほしくてシスターになったけれど。

 もう赦してくれなくていい。だからもう一度、ここで願う。


「……死んじゃえ」


 誰も私を助けてくれない、私を傷つけ、奪うばかり。こんな世界、私はもういらない。

 だから。


「みんな、みんな……死んじゃえ!」


   ※   ※   ※


「リリアン!」


 リリアンの体を包む赤い光が強くなり、炎となって大聖女に襲いかかりました。


「くっ……」

「せいやぁっ!」


 残る力を振り絞り結界を張る大聖女。しかし力が足りません。それを見て取った聖堂騎士団長が、剣をふるい炎を叩き落としていきます。


「ぬぅっ」

「シン!」


 大聖女を守るべく、身を盾にした騎士団長。炎に包まれた騎士団長を見て、大聖女が思わず声を上げました。


「心配するな、コウメ。かすり傷だ」


 炎を叩き消し、頼もしい笑顔を浮かべる騎士団長。大聖女はホッとした顔になりました。


「さて、どうしたものかな」


 騎士団長は剣を構え直し、宙に浮くシスター・リリアンと対峙しました。

 魔族の気配が見え隠れします。それさえ倒せばリリアンは正気に戻るでしょうが、リリアンの中に隠れているため、魔族だけを倒すのは困難です。


「手加減できる相手ではないぞ。殺す気でやらねば、こちらが殺られる」

「でも!」


 大聖女はリリアンのことをずっと気にかけていました。どうにかしてリリアンを救いたいと、ずっと思い悩んでいました。

 それを知っている騎士団長ですが――大聖女の、ひいては教堂の危機とあっては、やむを得ません。


「たとえ君に恨まれようとも……私は、私の役目を全うするのみ」

「シン!」


 騎士団長は一歩前に出て、必殺の構えを取りました。


「シスター・リリアン。すまぬが大聖女の命はやれぬ」

「ええ、そうでしょうね、騎士団長様」


 リリアンが笑います。


「どうぞその剣で、私をお斬りください。さもなくば……私はまた(・・)世界を炎で染めてしまいますから」


 底知れぬ悲しみと憎悪に歪んだその笑顔、騎士団長の心にずしりとくるものがありました。

 あのとき――八年前のあの日、この子にきちんと罰を与えていればこんな事にならなかったのではないか。中途半端な優しさが、この子をここまで追い詰めてしまったのではないか。

 そんな思いが脳裏をかすめます。


「迷わないでくださいませ、騎士団長様。私は、神に見放された悪い子です。斬らねば、私が世界を滅ぼしますよ?」


 ぶわっ、と赤い光が力を増しました。


(これほどとは)


 圧倒的な力を感じます。全力の一撃を持ってしても倒せるかどうかわかりません。ですがここで倒さねば、大聖女・コウメが殺されてしまい、世界に危機が訪れるのです。


(なんとしても倒す。刺し違えてでも……コウメは守ってみせる!)


 身構える騎士団長に、大聖女の祈りの声が届きます。もはや空っぽのはずの力を絞り出し、騎士団長に加護を与えてくれたのです。


「死んではだめ……だめだからね、シン」

「承知」


 力強くうなずき、腰を落とした騎士団長。

 呼吸を整え、いざ必殺の一撃をと剣を握り直したとき。


「マッスル・ジャンピング・レンボーアターーーック!」


 どこからともなく、勇ましい少女の声が響いてきました。


   ※   ※   ※


 炎に包まれた大聖堂に向かって、七色の光が走りました。

 誰もが驚き見上げた先に見えたのは、金色のデッキブラシ(ゴールデン・ブラシ)を手に夜空を飛ぶ、一人のシスターでした。


「ハヅキ!?」

「ありゃ、ハヅキちゃん」


 大聖女の側仕え、シスター・ハヅキ。

 デッキブラシを槍のように構え、虹色の光とともにまっすぐに飛んでいくその先には。


「ハヅキ……あんたかぁー!」


 あふれ出す憎しみで歪んだ表情を浮かべる、シスター・リリアンがいました。


「くらえっ! 聖なる箒(ホーリー・ブルーム)!」


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