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鍛冶の音が響く部屋の中はほとんど灰色の景色だ。金属を溶かす炉や、釜など、石やレンガでできた作りが多い。冷たくてピリッとした空間に。中央の方で作業する小柄な子の手元には光が宿っている。

真剣な目で、赤い火が灯る手先の方を見つめ、彼はトンカチを大人たちに叩かせていた。


「坊っちゃん、だんだん伸びてきやしたね!」


「この調子ですと、そろそろ東洋の伝統武器、刀ができそうです」


体格のいい大男たちに囲まれる小さな子。分厚いローブに身を包みながら、彼はわかりやすく頷いた。


「何度も何度も叩いて引き伸ばして。手を緩めないで」


仕事場など見たことがなかった。子供ながらに大人を相手する勇気がある方なのだと知るのも初めてだった。それに加えて、ピリッとした空気に、彼の手は震えもせずに、大人たちが叩くその鉄棒を腰元で握っている。

その光景を静かに見守っていると、あることに気付いてしまった。


「あれは…火傷跡?」


分厚いローブの下から覗く、細い腕。その白い柔肌を覆う、ミミズ腫れのような赤い筋。彼が鉄棒を力いっぱい握るたびに、それが見え隠れする。


カンコンカンコン バチチ


「おおお!!」


「火花が、だんだんと魔力を帯びてきたようです」


「やっぱ、魔石を練り込める技法は、坊っちゃんの秘伝すね」


何やら興奮した様子で彼を囲う男たちが鼻息を荒げた。楽しそうに仕事に励むこの雰囲気を壊すような勇気はもちろんなく、私はそっとそこを離れてまた自室に戻った。


「そのご様子だと、渡せなかったということですか」


猫のように目を細めるシフに、正直に伝えた。


「本当のところ、男性を相手するのは慣れていないのです。ヴァルカン様はまだ子供ですから、全然平気なんですけどね」


「たしかに、良く抱きつきに行く奥様をみてると、弟を相手しているみたいですものね」


私は病弱だから社交界に出て男の人と話したことがあまりない。だから本来ならとても緊張するのだけれど。


ヴァルカン様にはそういうことがなかった。緊張してしまうことはなくて、むしろずっと話していたくて。彼からいろんな言葉を聞きたいと思う。

そう思うと、胸が苦しくなった。長い時間をかけて作ったものを惜しげもなく私にくれて。少しでも一日を楽しめるようにしてくれる彼。

握りしめたままの金平糖の袋に、ため息を付いた。


「私…なにかしたいのですけど。ヴァルカン様のお役に立てることは何があるでしょうか」


「置き手紙なんていかがですか。それなら坊ちゃまが忙しいときでも、いつでも励ましの言葉とかを書いてあげられますよね?」


「そうね……それは名案だわ」


役に立てない自分を変えたい。

仕事に熱心な姿勢を見せて、その小さな背中に侯爵家を背負う彼の手助けができたらなと思う。

早速、お手紙を書き連ねた。


「“この前は爪切りやペンをくださり、ありがとうございました”と。あとは、大好きって書いときましょう」


「…さすがにそれは幼稚すぎません?」


「あら?別にいけないことではないでしょう?好きなら好きって伝えなきゃ、時間がもったいないでしょう。お母様はよく言うわ。『愛の言葉は伝えられる時に伝えておけって』」


真面目に回答すると、シフは目を見開いていた。そんなに我が家の教えというのは常識外れなのだろうか。とにかく、金平糖の袋にメッセージカードとしてそれをつけておいた。


「にしても、私より七歳も年下ですのに。あんなに大人たちと作業することに慣れているなんて。しかも火を扱う危ない仕事でしょう?」


「それは坊ちゃまがもっと小さい頃より、今の仕事を始めていたから平気なんですよ」


シフによれば、ヴァルカン様は物心ついた頃より、父親の発明する技術を見て覚えていったらしい。彼はさらにヘパイストス家の伝統技術に加えて、オリジナルの手法も入れているとか。


「侯爵家が有名になったのは、坊ちゃまが素晴らしい道具を作るからです。ただ、同時に坊ちゃまは…」


「『異形の姿』と…言われるようになった?」


「はい。有名になるにつれて、そういう噂が増えていきました」


「実際はどうなのでしょうね。あの方は本当に」


シフに尋ねれば、彼女は顔色一つ変えずに、ただ黙って首を振った。


「残念ながら、坊ちゃまは生まれた頃より、母君から酷い扱いを受けていたのです」


「酷い扱い?」


「奇形児というのをご存知ですか」


生まれた頃より、体の一部が少し変わった形で生まれてくる子供のこと。


「坊ちゃまは両足が歪んだ状態で生まれてきたんです。そのせいで、母君からの寵愛を受けるどころか、怪我を負わせられる毎日でございました」


あんなに大人に向かって平気そうに話しかける子どもが。かつて虐待されていたなど想像もつかなかった。


「でも、ヴァルカン様は逃げ足が早いですよね。私がお礼を言ったら、すぐに逃げてしまいます」


「それは奥様の距離感がバグっていると申し上げればいいでしょうか……」


「私、そんなに常識外れかしら」


私としては普通のことなのだ。夫に対して、妻がどうこうするなんて、愛情表現なら普段からたくさんするべき。だってお父様もお母様も、そうやって貧乏の中でも穏やかに暮らしてきたから。首を傾げていると、シフは咳払い一つで改めた。


「坊ちゃま自身で、義足を作ったから、今のように何不自由なさそうに暮らせているのでございますよ。義足を作ることで、ご自身で自立できることを証明し、父君に伝統技術を継がせてもらうために、お作りになられました」


大人に囲われて、鉱石を火にかけてたたかせる姿は楽しそうだった。彼は自分でそういう鍛冶のことを学ぶために、義足を作った。物心ついた時からそういうことを学んでいたという話だから、ヴァルカン様はよほど天才少年なのかもしれない。


すごい子だ。義足を作るという事自体、大人でも難しいのに。それに、大人に対して彼は平然と話しかけることもできている。


「今回、なぜ坊ちゃまが奥様との婚姻にのったのか。それは奥様がまだ若いからという理由もありますけど、こういう運命だったのかもしれませんね」


この婚約には多額の輿入れ金が含まれている。お父様が頼んだお金はごっそり向こうにいっただろう。

嫁をやらせてお金をたくさんもらう手法というのは、借金がある家がよくすることだけれど。


「私め使用人一同も、この婚姻についてはたくさん口を出させていただきました」


「そうでしょうね。私が嫁に来るだけで、侯爵家の資産がかなりパナケイア男爵の方へと移動してしまうもの」


領土が一つ買えるほどのお金を渡してまで、十八歳の私をもらいうけるなど。よっぽど惚れ込んでいたりしなければできないことだ。それをヴァルカン様は、話もしたことがない相手なのに受け入れた。


「まあこれも、きっとなにかの縁なのでしょう。坊ちゃまにどこまでお考えがあるのかは存じませんが。私としては、奥様にこれだけは知っておいてもらいたいのです」


シフの瞳が鋭く光った。


「あの方は『異形の姿』をしているのかもしれませんが、性格はとてもお優しい。ですからどうか、お姿をその目に映そうとも、受け入れてほしいのです」


そう言って頭を下げてくる。ここの屋敷の使用人は周りに気遣いをする人が多い。特に侯爵様自体を尊敬しているような雰囲気がすでに出ている。

彼女はヴァルカン様の姿を見たことがあるらしい。それを見てもなお、仕えているというのは彼自身の性格がとても真っ直ぐだからだろう。


どのような姿なのだろうか。シフに頼まれた以上、姿を見ることすらなく受け入れないというのはないが。

もし見受けてしまったら、どう反応すべきだろうか。


「わかったわ。もし彼の姿を見ても、私は悲鳴をあげないことだけは約束します」


「それを聞いて安心したいところなのですが…奥様の場合、何だか嫌な予感がしますね」


「え?どういうことかしら」


シフに問い返すも、彼女はブツブツと頭を悩ませるかのように部屋を出ていってしまう。


彼は、生まれつき足が悪いという話だから、本当のところ、顔は隠さなくてもいいのではないだろうか。もしかしてそんなに自分に自信がないから、姿を隠しているだけではないのだろうか。

シフがいなくなってから、モヤモヤと疑問を抱いていると、自室にノックする音が響いた。


「イリス、見て!!」


興奮気味に駆け込んできた彼は、今までには見たことのないほど元気な声だった。


「それは…ブレスレットですか?」


彼は大きく頷くと、それを私の手首にはめてくれる。

輪っかとなった銀環。

するりと肌に馴染んだ右手に光るブレスレットは、つけただけで、病気がちな私の体が軽くなった気がした。


「ありがとうございます。すごく体が軽くなった気がしますよ」


「つけた人を快適にする魔法がかけられてる」


「そうなのですか。ならこれは、ヴァルカン様の優しい心の温かさなのですね。つけてるだけで、胸がポカポカするのは、あなたがそれほど私に願いを込めて作っているということですね」


「っっ…」


ニコリと微笑むと、また彼は何やら言いよどんだ。いつも何を言いかけるのかわからないけれど、彼からもらうものはとても嬉しかった。


「いつもありがとうございます」


「礼はいらない。試作品をつくってるだけ」


しわがれた声はとても幼い子のようには思えないけれど。照れ隠しに不器用な言葉を使うヴァルカン様は、やはり子供らしくて可愛い。


「あ、そうそう。この金平糖を渡したいのですよ」


その小さな手にメッセージ付きの袋を渡してあげた。ヴァルカン様はローブの下に手元をもっていき、そのカードを読んだのか、今度はリスのように早く逃げた。


好きって書くのは、やっぱり良いことなんだ。

彼の反応に密かにクスクスと笑った。


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