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ヴァルカン様からの贈り物が自室の至るところに行き渡り始めた頃。
侯爵の領土に大量の雨が振った。
「おや、またですか。洗濯物が大変なことに」
「ここはよく雨がふるのですね」
「はい。火山も鉱山も、とにかく山に囲まれた領地ですからね。パナケイア男爵の方では、雨はあまり降らないのですか?」
シフの問に頷いた。
向こうの領地はとても乾燥している。病弱な私には過ごしづらくてよく咳の薬を買ってもらっていたぐらいだ。のど飴も大量に舐めていた思い出もある。
それにくらべたら、こっちの湿気具合はまずまずだ。
「ヴァルカン様は大丈夫でしょうか。今、近場の鍛冶場に行って、新作のアクセサリーの作り方を教えているのでしょう?」
右手首にある銀環と同じようなものを、彼は他にもたくさん作っていた。それはどれも銅の輪っかだったけど、滑らかな半円が連続して輪になったブレスレットはおしゃれでも重宝する。
それを下におろしにいったということを朝より聞いていたので、少し心配になる。
「土砂崩れとか、心配になるわ」
窓を打ち付ける重い雨音は、それから夜まで続いた。夜になって消灯が始まる侯爵邸には、まだヴァルカン様のお姿は見えない。
心配で心配で。あの小さなお方が道にまよっていたらどうしようと考えていたら、使用人達の音がした。ドタバタと動く屋敷に、主の帰宅を知らされる。
周りに尋ねることはやはり人見知りがちな私にはできなくて、自室から出ると彼を探しに歩いた。
「しまったわ。私、あまり部屋から出たことがないからどこに彼の部屋があるか、暗闇じゃ分かりません」
私の方向音痴ぶりといえば、お父様も頭を抱えるほどである。
あたりを手探りに触っていると、壁を伝っていつのまにか空けた空間を見つけた。部屋の扉が一つ空いているのだ。
「誰か、そこにいらっしゃるのですか」
「ないでっ…」
「え?」
部屋から回答があるとは思わずに目を凝らすと、突然雷鳴が響いた。
ゴウゴウと雨がうちなる音に、彼の姿が浮かび上がるように見える。
小さな体は変わらない。私よりもとても小さくて、守ってあげたくなるほどの体。上着の分厚いローブも上のシャツも脱いだ彼は、その柔肌に酷い火傷跡を負っていた。
顔からヘソの辺りまでは、真赤な細い線がまるでヘビが絡みついたかのようだ。顔など、ロウソクが溶けたと言われたら納得できるほど、皮膚が垂れていた。
「ヴァルカン様」
「見ないで!!」
そう言うと顔を腕に埋めて、片手を突き出してくる。これ以上進んでくるなということを示してきていた。
これほど酷いとは思ってもいなかった。『異形の姿』と噂される方の本当のお姿。一瞬にしてまた雷光は消えて、夜の暗さが訪れる。
生まれた頃より足が悪いと聞いているけど、原因はそれではなかろうか。子どもがなにか不自由をして生まれてくると、生みの親は不名誉とされて周りから非難を受ける。貴族において大切なのは何よりも立身出世。そのほとんどが縁談によって決まるから、障害をもって生まれるというのは何よりも不名誉なのだ。
そしてよく、縁談にも使えない子供は親に手を上げられることがあると聞いた。
お母様がそういう家もあると、病気がちな私に教えてくれたこと。お父様はそういうのは不道徳なものがする行いだと怒っていたときもあった。
何も口にできない。ただ、その傷が想像以上に酷くて、私は自分の心臓の音が大きくなっているのに気がついた。そして自分の右手で彼の左手をいつの間にかつかんでいる。
「離してっ…こんなの…見せたくなかったのにっ」
振りほどこうとする彼の手を掴みそこねてしまわないようしっかりと両手で包んだ。
「ヴァルカン様」
鼻をすする音がする。彼は泣いているのだ。私に姿を見せてしまったから。
どうか泣かないでほしい。
私はちっとも、彼の姿に怖がったり批判するような思いを抱いているわけではないから。
「どうか落ち着いてください」
「無理だよっ………僕のっ……僕のこんな最悪な姿なんかっ……」
しゃくりあげる彼を、私は胸に包みこんだ。雨に打たれて帰ってきたのか、彼の肌は少し冷えている。それを温める親鳥のように、私はできるだけ優しく、抱いた。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
背中をさすると、少し凹凸があった。火傷の跡はそこまで及んでいるのだと気づくのには早かった。
上半身全域に広く渡っている彼の体をいたわるように撫でた。
それから私ができることは、なんだろう。そう思い、私はすぐに思いついた。
「どうか私に治させてくださいませんか」
「……こんなのっ…もう治るわけが」
「いいえ、治ります。信じてください」
小さな耳に話しかけて、もっと強く抱いた。私の腕に収まってしまうほどの小さな子供の体。栄養がちゃんと取れているのか心配になる細身。ガラスを扱うような注意をしながらも、この思いを伝えるためにと、腕をしめた。
しゃがみこんでいる私と、真っ直ぐ立つヴァルカン様は、互いに密着するほど距離が近づいている。
「パナケイア男爵の魔力を使えばこのような傷、すぐに治りますから」
そう言って、彼の手を優しく掴んだ。紅葉のように小さな左手の小指を握り込むと、私は唱える。
「花の恵み(フローラ・グレース)」
そう唱えて、体中から溢れ出したのは、花の香だった。雨の日に香る湿った大地の匂いをかき消すように。フワリと風にそよいで消えてしまいそうなほどの弱々しくも確かに匂う魔法。それは手に集中して、ヴァルカン様の指先へと流れていった。
そうして彼の手を離すと、ヴァルカン様は確かめるように左手の小指を動かす。
「あれ?……動く」
「ふふふ、そうでございましょう?」
「なんで?どうして動くの??」
「それは、私が特別な魔力を持っているからでございますよ」
暗闇の中で、彼に微笑みかけるとヴァルカン様は顔を反らした。
「どうされたのですか?どこか体調でも」
「ぼ、僕の裸を見るなんて、犯罪だぞ」
こういうところで、恥ずかしがる彼はやはりまだ可愛い子供だ。部屋の電気をつけてから、私は彼の服を着せるのを手伝おうとすると拒まれた。
妹にはこういうことをたくさんしていたけれど、ヴァルカン様は嫌みたい。
お着替えっこするの、楽しいのに…
侯爵邸に取り付けられた電灯というのは魔法具の一種。先程の雷鳴のように部屋の隅まで明るくすると、彼の体はますます良く見えた。ひび割れたように入る赤い線は、上半身を覆い尽くている。顔はやはりロウソクのように皮膚が垂れていた。
「で……なんで僕の傷を治せたの?」
ローブまでしっかりと着ると、しゃがれた声で彼は話しかけた。
「パナケイア男爵に脈々と繋がれていた魔力のおかげですよ」
人が何気なく持つ魔力。それは血液みたいなもので、型が別れていたりする。
一般的に魔法具を発動させるぐらいの魔力は皆持っている。しかし、魔力そのものを体外に大量に放出し、魔法としてくりだすのは稀だ。
その辺は市民と貴族という枠で、きれいに分かれている。
「パナケイア男爵の魔力は衰退しているとされておりましたが、本当のところは違うのです」
男爵家の私達が貧乏な理由は、魔力を隠しているから。貴族たちは皆、自分が持つ特殊な魔力によって仕事が別れていて、国から仕事を依頼されたりする。それによって生計を立てるのが多い。
だが、私達は魔力を持っていながらもそれをずっと秘密にしている。
「ずっとこの力を隠しておりました。万物を癒やすという力を」
「それを明るみにしたら、イリスたちは大変になるから?」
「そうですね。大変になるからです。この力は便利ですが、本当はとても体に負担がかかるんです」
万物を癒す力というのは、それなりの代償がいる。過度に使い続ければ、自分の体を壊して、早くに死ぬと言う。かつて、国が戦乱の世となったとき、パナケイア男爵家はその力を多く利用された。そのために当主の血筋が一時途絶えそうになったのだ。その危険を避けるため、その力をずっと隠して特別な魔力を持たないという設定にしている。
「じゃあ、なんで僕なんかに…」
悲しそうな声で聞いてくる。
なぜ私はとっさに力を使ったのだろうか。傷を完全に癒せるとしても、ほんの一部分だけなのだ。この魔力は莫大なエネルギーの割に、効力の範囲が小指程度。しょうもないといえばしょうもないのだけれど。
「お役に立ちたいからでございます」
それは、初めてお姿を見た時に胸を締め付けた願いだった。




