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何年も何年も、僕は試行錯誤した。

あらゆるところへ足を運び、何度も修行を繰り返した。今の見てくれでは、誰も追い返すなんてことをしなかった。重いローブをきていた時はあれほど人から軽蔑されていたと言うのに。手のひらを返して僕にものを教えてくれる人には、もう苦笑いしかなかった。


万物想像(トゥーレテ・イマージュ)


自分の手のひらに想像する。

イリスのありとあらゆる場所の血と魔力を、正常に通わせられるように。それから元気よく走っても良いように。何年も何年も、この先僕と共にいられるように。

彼女の心臓を。


「また駄目だったかぁ……」


白い寝台の上に眠るイリスの隣で、そのガラクタを握りしめた。鉄くずのようにグチャッとしたものは、何物にもなれない。

魔法具づくりとは別に、僕には違う力が備わっている。

『万物創造の力』はヘパイストス侯爵家だけが持つ最大の力。これを使うと一週間は魔力を休ませなければならない。自分の想像したものが何でも作れる代償だった。


「僕の魔力がまだ未熟なせいだよね……はぁ………なんでまだ二十歳になってもこんなことになってるんだか」


イリスの年を超えても。僕の力は磨きが足りないようだ。


「もういい加減諦めたらいかがですか。国から要請がかかっているではありませんか。舞踏会に妻を連れて出席しろと」


「それは国じゃなくて、面倒な令嬢たちからだよ。シフはいい加減、僕のお嫁さんを見て悲しそうな顔をしないでくれ。まだ死んだわけじゃないんだから」


一見冷たそうに見えるシフだが、彼女はもう九年もイリスの面倒をずっと見てくれている。彼女がいつ目覚めても良いようにと、自分の老いを感じさせないメイクすらこだわっている。


イリスが眠った数年もの間に、縁談はいくつも舞い込んできた。『異形の姿』なんていう噂が綺麗サッパリなくなってることには、もう呆れるしかなかった。


「本当、みんな馬鹿だよね。見た目一つ変わるだけで、手のひらを返すんだからさ」


「人って第一印象が肝心だと言われますから。無理はないです」


「でも、イリスは違ったよ。醜い僕にたくさん、愛情をくれた」


彼女の手を取ると、当時の温かさが蘇ってくる。この手で何度自分の頭を撫でられたことだろう。可愛い、可愛いと言われるたびに、僕は犬が尻尾を振る理由を理解した気分になった。

それに、その唇は僕の頬も額にもいろんなところに口づけを施してくれた。

焼きただれて酷い皮膚だったけれど。


「まだ治ってないよ。僕の首から下は、まだ火傷の跡が残ってる」


鍛冶に熱中するあまり、僕の体はそのへんの騎士より鍛えられていた。イリスを男らしく守れるようにと、剣術を学んだためでもあるけど。彼女を守れるような道具を発明し続けたせいでもあった。


目を覚ましてほしい。

傷が全て治るまで、彼女はそばを離れないと約束してくれたはずだ。手を握りしめて言うと、シフはわかりやすくため息を付いた。


「『赤毛の貴公子』の顔がここまで崩れてくれたら、あらゆる令嬢も手に取り放題になるのですが」


「僕の顔で、他の令嬢を遊ぼうとするのはやめてくれないかな。いくら君が没落した伯爵家の出だとしても、他の貴族に復讐しようとするのは許せないよ。そこのところ、見え見えだからね」


ムスッとふくれっ面になるシフは、黙ってイリスの腕を水布で拭った。それから服のボタンを外し始めるので、僕は他所を向くしかない。


「まだ奥様には慣れませんか」


「な、慣れるわけ無いだろう。なんてことを聞いてくるんだ。僕は意識もない女性に手を出すような輩じゃないんだから」


「『赤毛のヘタレ』」


「……なにか言った?」


「いいえ」


たま〜に、うっぷんを吐くような声がシフから聞こえる。ヘタレなんて言ってるの、バレバレだから。


でもまあ、そう言われても否定しようはない。ずっと初恋をこじらせて、眠り続けるイリスにばかり話しかけている。

鍛冶の勉強を他所でしながら、一ヶ月に一度は必ず屋敷に戻ってくる。そしてまずすることといえば心臓を作ること。

彼女はとても心臓が弱い。医者から何度もドクターストップがかかっているのに、僕を治し続けたという話を聞いたときは胸が苦しくなった。


なぜ彼女は、僕なんかにそこまで尽くしてくれたのだろう。


それを聞きたくて、僕は彼女の代わりになる心臓を作り続けている。その間の世話はシフにも協力してもらっているのだ。

心臓がもしできたら、すぐにでもイリスの中に入れて、シフに目を覚まさせてもらう。


「いつ私めの魔力修行が活かされるのですかね」


「本当はやりたくないんだけどね」


「それは、眠りを起こさせる解除方法が口づけだからですか?」


シフの強力な『眠りの力』は口づけによって解除される。修行させて解除方法を編み出してくれたのはいいけれど、よりにもよって口づけなんて許せない。


「イリス、君とせめて話せたらいいのにね」


「奥様と話せたら、旦那様はもう外に学びに行かなくなるでしょう。鍛冶職人として認められ、国からお金が出されて外国に学びに行っているのに。こうして一ヶ月に一度は帰って来るのですからね」


「別にいいだろう。ちゃんと休みのときに来ているんだから」


体を拭き終わったイリスの頬に触れる。いつまでも温かい体なのに、冷たくならないかとずっと心配になっている。


「お茶を用意していますので。勝手に奥様の裸を見るのは構いませんが、あまり部屋をうろつかないでくださいね」


「僕がそんなことするわけないよ!!」


まったく、シフは幼いときから意地悪だ。でも、彼女も僕を守ってくれた一人だった。僕は足が不自由で、今もそれは変わらない。


「シフが言っていたけど、君の顔ぐらい触っても構わないよね」


イリスは僕の顔に散々、キスしてきたんだから。


『大好きです!』


『ヴァルカン様、可愛い』


言っておくけど、そういう君のほうがとても可愛らしい顔をしていた。あのときは幼すぎて、ただそれに見惚れたり、照れる顔を隠したりするので精一杯だったけど。

彼女の顔をよく見ていたら、枕の下から何かが見えた。


「……封筒?」


それは薄い赤色をした、封筒だった。一つ掴み取れば、そこからドサドサと雪崩のように床に広がる。

枕の下にこんなに手紙を隠していたなんて。もしかしたらイリスに送られた手紙なのだろうか。夢の中で読めるようにとシフが配慮したならわかるけど。


「……全部僕あてじゃないか」


〔十二歳の、ヴァルカン・ヘパイストス様へ〕


そう書かれた封筒は、少し古くなっていた。

僕はそれをすぐに開く。


〔ヴァルカン様、十二歳のお誕生日おめでとうございます。十二歳になったら、そろそろ女の子を意識し始める頃だと思います。


どうですか?気になる人は見つかりましたか?

好きな人ができたら、ちゃんと好きと言ってあげてくださいね〕


そこには、イリスの文字があった。丁寧で、線が細い、彼女が描く文字。でも肝心な、差出人、誰から来たのか名前はない。

封筒の口は、一度開けられている跡もあった。


「旦那様、お茶を」


「シフ……これは君がやったのか」






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