9 ヴァルカン視点
なぜこの婚約を受けたのか。
それは周りの使用人たちが一斉に反対してきた時から始まっていた。
「坊ちゃまおやめください。そのような貧乏貴族を相手するなど」
「まだ坊ちゃまは若いのですから、これからそういう相手はいくらでも見つかるでしょう!」
周りが口々に反対するものだから、僕はすごく気になって仕方なかった。パナケイア家から要求された額の大きさといい。
でも顔も合わせたことがない相手を家に入れるなんてほぼ賭けだった。婚約を受け入れてしまうのなんて、輿入れ金で財産がごっそりもってかれるから本当はやめたほうが良いんだろうけど。
「僕の顔は醜いから。どうせこの先、縁談が舞い込んでくることはないよ」
皆、『異形の姿』と噂される僕を見もせずに遠ざけていく。
僕は生まれながらに足が不自由だった。そのせいで母君には虐待をされた。物心ついたときには、すでに自分の体は醜くなっていた。
いくつもできたアザに、使用人たちは怒りをあげてくれたけれど、僕はそれを抑え込むのに必死だった。
自分さえ我慢すれば、僕のために怒ってくれた使用人たちがクビになることもない。職人気質な父君を不快に思わせることもない。誰からも優しくされ無くて髪をかきむしる母君を困らせることもない。
だからその虐待を甘んじて受け入れていた。でもあるとき、母君と父君が喧嘩をした。跡継ぎについてらしく、足の悪い息子に継がせるのはと父君は反対をした。それに怒った母君が歯を立てて互いに睨み合っていた。そこに居合わせてしまったのが悪かったんだ。
父君が浴びるように飲んでいたお酒を、母君が怒りに任せて僕に投げつけた。
まだ義足を作って父君に認められる前だったから、彼も火かき棒をもって僕に投げつけたんだ。
それで身体が燃えて、こんな見てくれになってしまった。それでも運がいいのか悪いのか。義足を作って父君から伝統技術を教わり終えた頃、両親が乗っていた馬車が転落した。崖から地すべりで。
そうして侯爵家の当主となってしまった。
「坊ちゃまには無理っすよ」
「まだ小さいですからね」
ヘパイストス家に誰よりも近しく、よく働くマシューとカールが子供扱いしてくる。これでは仕事にならないと、僕は必死で大人になる勉強をした。
そうして発明もうまく軌道に乗った時の縁談。
相手はすごくきれいな女性だった。白銀色の雪のような髪を持っていて、瞳なんて青くて、夜空のようで。
「イリス・パナケイアです」
鈴のような声だと思った。僕の酷いガラガラ声とは違う。またマシューやカールのように舐められてこられたら困るから。
特に僕は幼い侯爵で、お嫁さんにいつ良いように財産を使われてしまうか警戒しなければならない。シフがそう言い聞かせてきたのは耳にタコができるほどだ。
でも彼女はそれから一切、贅沢も何もする気がなさそうだった。だからせめて、お小遣いをあげるのではなくて、自分の発明をあげようと思った。
「その…ありがとうございます」
鳥のようなきれいな声で礼を言ってくれる彼女に、僕は惹かれていった。とても綺麗で、優しげで、一緒にいると落ち着いてしまう。
それに僕の発明を誰よりも感謝して、嬉しそうに受け取るのだ。
でも僕の姿をみたらどうなるだろうか。離れてしまうだろうか。
考えるたびに自分の姿を見せるのが怖くなった。あんな綺麗なお嫁さんだから、僕の姿をみたら絶対に嫌われる。
ゴロロロ ピカッ
雷鳴が響いた夜、彼女に姿を見られた時はとても怖かった。嫌われた、絶対に気持ち悪いって思われた。もう泣きたくなると、反対に身体が温かくなっていた。
「大丈夫です。大丈夫ですから。どうか私に、この傷を治させてくれませんか」
耳元でささやく声が、酷く僕の胸を落ち着かせる。
「花の恵み(フローラ・グレース)」
彼女から漂う甘い蜜のような香りが、僕の傷を癒やしていく。
「ふふふ、存分に甘えなさってください」
僕を甘えさせてくれる女神様。そんなに大切な存在になっていったのは早かった。でも同時に腹立たしくもあった。
僕は真剣に彼女を思っているのに、どうもそういう手応えがしない。イリスの包容力にはいつも負けてしまうから言えないのだけど。
オタールという借金取りに鉢合わせたときなんて、本当に怒りが勝った。
僕を子供扱いしてかばってくる彼女もだけれど。何より、自分の力を過剰に信じていたこと。実際は大人には力も出ない非力な子供ということを思い知らされた気分だったし、周りからの声でまた気づいてしまう。
そうだ、僕は醜い『異形の姿』なんだと。
今までの彼女の反応が信じられなくなった。普通なら僕の姿を怖がって遠ざけるのに。初めからイリスは寄り添ってくれた。
「ヴァルカン様は素敵な心を持っていますね。あなたの優しさはきっと誰かを幸せにします。私もその例外ではありませんよ」
「泣いたって笑ったって、ふざけたって良いんです。大人だってそうします。ですからヴァルカン様、もっとお顔を見せてください」
そうそう、醜い顔にキスをしてきた時はそれはもうビックリしてしまった。惜しげもなく口づけをされたのなんて、もう彼女の価値観を疑うしかなかった。
天然なのか、よほどの物好きなのか。でもどっちにしろ、嬉しいのには変わりなかった。
「坊ちゃまは変わりあしたね。最近はアクセサリーばっかりじゃねぇっすか」
「嫌だった?マシューは武器が好きだから、このようなことに付き合わせるのは」
「いいや。その顔を見てる方が俺は好きでっせ」
「そうですね。俺も戦争に使う道具より、こういう魔法の加護がつけられた道具をつくっていたいです」
カールも肯定して頷いてくれる。
そうか、僕は変わったんだ。今までは武器ばかり作っていたけれど。いつのまにか生活がより便利になるようにと手をこねている。
イリスがこの生活に慣れますように。
イリスがもっと笑顔になれますように。
そうやって願い続けていたら、いつのまにか鉱石たちは形を変えて身につけやすいものに変わっている。
全部彼女のおかげだ。僕がこんなにも、愛を込めて道具を作れるようになったのは。
父君からの技術をひたすら自己流に混ぜて、淡々と作るよりも。侯爵家が僕でも支えられるように、お金を稼ぐために作るよりも。
彼女の生活に便利なものを考えていたほうが、より人を惹きつけた。
今日もイリスからの愛を受けよう。魔法で癒やしてくれる彼女は、とても甘い匂いで僕を包みこんでくれる。それが好きで好きでたまらなくて。ミツバチのように釣られるようにして部屋を訪ねたら、彼女は酷く青白い顔をしていた。
「イリス?」
今までは大丈夫だったはずだ。なのに、酷くやつれていた。昨日まで、あんなに優しく僕に絵本を読んでくれていたのに。もう立ってもいられないほど、彼女の体は弱っていた。
シフに止められようとも、僕は彼女に触れたかった。彼女の体温を感じる時が、一番発想が湧いてくる。どんなもので守れるようにしようか。そう願えるのが、彼女の隣だけだったから。
最後の力を出して、イリスは僕の右目を癒やしてくれた。
でも同時に、癒やされるどころか悲痛で心臓が千切れそうだった。
「シフ、お願い。君の魔法を使って!」
「坊ちゃま…それをしては」
「いいからっ。絶対に、僕が発明するから」
彼女に頼んだのは、『眠りの力』だ。シフの魔力は特殊なものの部類に入る。一度その魔法をかけた相手を、何年も保存したような状態にすることができる。長期保存冷蔵庫は、その魔法を分解して得た製品だ。
でもそれを生き物に対してかけると、ずっと何年とその状態になってしまう。加減がわからないシフは、とりあえず目一杯、それをイリスにかけた。
「これでもう、眠り姫になってしまったね」
「坊ちゃま……新しい奥様を探されては?もう坊ちゃまの顔は誰も醜いとは言えないほど、麗しくなっておられますよ」
部屋のあちこちに置かれ始めた鏡は、イリスが治してくれたおかげだ。僕はそれまで自分の顔すら見るのが嫌だったけれど、治されて以来、鏡を見るのが好きになった。治る傷を見るたびに、イリスが優しく触れてくれたことを思い出すから。
鏡に映る自分は、もう誰も非難しないだろう。ヘパイストス家特有の茶色がかった赤髪はクルクルとパーマがかかっている。目は黒鉄のようで、鋭く、鼻はイリスが褒めてくれたとおりだ。
「全部イリスのおかげだよ。今の僕を見て好きになってくれる人なんて、意味がない」
だって、自分の心も醜い顔も受け入れてくれたのは彼女だけだったから。あんなに大きな包容力で包んでくれたことを、今更忘れるなんてできなかった。




