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第62章閑話

 さて、ここはオートザギア魔法学院。時刻は昼の一時を少し過ぎた頃。天気はあいにくの雨。


 校内を歩くは、金髪ロングで紫眼の少女、オートザギア第二王女のスピネリア・カサブラス・オートザギア。


 今、学校は少し休み。日本でいうところのゴールデンウィークに相当する期間が、オートザギアにもあるからだ。故に、学校の中はガランとしている……かというと、意外とそうでもない。


 休みと言っても、精々数日。勿論旅行に行ったり実家に帰省する生徒もいるが、学院で過ごすという人は普通にいる。


 スピネリアも、立場上皆と同じように何日も休みを貰えるわけではない。色々とこなさなければならない公務はあり、今日は数少ない休みを貰っているものの、結局のところ、学院で過ごす以外の選択肢は無いに等しい。


 そして学院で過ごしたとて、立場上、あまり羽目を外し過ぎるのも如何なわけで、特段何かやれることがあるわけでもないのだ。今も、最近は少し運動不足気味だったから運動しようかと思ったら、天気はこんなんであり、仕方なく校内を散歩している。


「姫様、少しお顔の色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「あぁ、ケリーヌ。別に大丈夫よ。ちょっと寝不足ってだけ」


 心配して声を掛けてくれた、古くから付き合いのある侍従、ケリーヌ・クイックリーに、スピネリアは何てこと無さそうに手をヒラヒラとさせる。


 が……そんな彼女の言葉に、ケリーヌは嘆息すると、「全部お見通しだ」と言わんばかりに再び口を開いた。


「シノダさんだって、明後日には戻ってこられますよ。もう少しの辛抱です」

「ちょっとケリーヌ。別にシノダがいなくて寂しい訳じゃ……。まぁ確かに、気楽に話せるのは彼女くらいなものだけど……」

「第一、そんな寂しいのなら、適当な理由で引き止めれば良かったでしょう?」

「ちょ、だから違うわよ。それに、里帰りしたいシノダを、無理言って引き止めるのは……まぁ、確かにその手はあったわね……」

「納得されてしまうのですか。困った姫様です」

「あぁいや、違うわ! 違うって! こら、そんな顔をしないの!」


 どこか生暖かい、そして残念な人を見るような眼を向けてきたケリーヌを、スピネリアは頬を膨らませて抗議する。


 そんな風にやいやい騒ぎながら、何の気なしに、自分達の学年が使うロッカーのところを通り過ぎた時。


「あら?」


 この空間に、ちょっとした違和感を覚えて立ち止まるスピネリア。


 ここのロッカーは、授業でよく使う道具を入れたりするために、生徒それぞれに用意されたもの。つまりは個人用。


 鍵は付いているが、魔法を使えば無理矢理開けることも不可能ではない。スピネリアは念の為、こっそり盗難防止の魔法を掛けていた。




 それが今、若干歪んでいたのだ。




 恐らく、誰かが何かしらの魔法を、ロッカーに掛けたからだろう。盗めばスピネリアが感知する仕組みになっており、それが無かったということは、ただ未遂で終わっただけか、あるいは――


「……あぁ、もう!」


 誰かが、別の魔法を掛けたということ。


 嫌な予感がして見てみれば、愛理のロッカーの取っ手に、カミソリの魔法が掛けられていた。愛理が気付かずに開けようとすれば、手を怪我してしまうだろう。


「これは……一体、誰が……」


 ケリーヌもそれに気付いて眉を顰めるが、スピネリアは何も言わずに指を軽く振って、その魔法をあっという間に消し去る。


「これ、ティリスの魔法ね。……こういうことをし始めたか」


 魔法は、使えば痕跡が残る。そしてそれは、使用者それぞれで異なるもの。スピネリアクラスの魔法使いが調べれば、誰がやったか等、すぐに分かる。


 そしてティリスは、愛理が毒属性魔法を使えるようになったことを知って、あまり良くない目を向けていた者の一人だ。……毒属性魔法は、実際は非常に有用かつ重宝する属性だが、どうしたって悪者が使う魔法という印象が強いから。


「全く……シノダが魔法を使えるようになったのが、そんなに面白くないのかしら? あの子、貿易商で名高いウィリップ家の令嬢よね?」

「ええ。確か休みが始まってすぐに実家に帰省して、昨日戻ってきておりました。……そう言えば、ウィリップ家は昔から、厳しい家庭環境で有名だったはずですね」


『名家の人間たるもの、それにふさわしい実力を持たねばならない』というのが、ウィリップ家の家訓。件のティリスという女学生も、周りにそれを公言し、時折傲慢な態度をとることがあった。


「多分、家で何か言われたのね。あの子、成績は常に学年十位には入っている子なんだけど、魔法以外の座学のテスト、最近はあの子の名前をあまり見なくなったのよ。代わりに、シノダの名前が入ってくるようになったから」

「シノダさん、数学等、魔法が絡まない授業の成績は優秀ですからね……」

「それでいて、最近シノダが魔法も使えるようになったでしょう? このまま魔法関連の成績も抜かされたら、いよいよあの子、立場が無いって思ったのかも」


 それにしても、こんな嫌がらせ方をしてくるとは、スピネリアも思ってもいなかったが。


 元々、その気はあった。故に、スピネリアは彼女に直接、()()()をしていたのだ。『シノダにあまり酷いことをしないように』と。


 よもや立場上、王族からのお願いを無碍にすることなど無かろうと高を括っており、実際、今までは遠巻きに面白くない目を向ける程度で済ませていた。だが、愛理への嫉妬と、家からのプレッシャーに晒され、遂に我慢出来なくなったらしい。


 ティリスは、成績が良いといっても、魔法使いとしてはまだ凡人の域。ここに掛けられたスピネリアの防犯魔法に気付けなかったのが運の尽きか。


「第二王女だけど、これでも王族よ、わたくし。舐められたものだわ……。もう一度、あの子に話をしておかなきゃね。……全く、休み明けには、『交換留学体験』があるのよ。こんなことする生徒がいるって知られたら、学院どころか、オートザギアの恥じゃない」


 頭痛を抑えるような仕草で、そう呟くスピネリア。


 脳裏には、今回留学してくる二名の生徒の名前が浮かぶ。


(『ファム・パトリオーラ』と『ノルン・アプリカッツァ』……確かシノダの友達よね。シノダがこんな嫌がらせを受けているって知ったら、とんでもないことになるわ)


 考えるだけで胃が痛くなってくる。


 学生寮の、ティリスの部屋に向かうスピネリアの足取りは、重い――。

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