今世の勇者
この小説はフィクションであり実在の小説サイトおよびランキングとは関係ありません。本当だからね。どこかで似たようなものがあっても偶然だからね。
こじんまりとした一室、椅子と茶を勧められたあとナイジェルが切り出した。
「改めて自己紹介しますっす。ナイジェルっす。神様から勇者の従者になるよう神託をうけましたっす。後ろの巫女はこの教会の巫女さまっす」
「フィニアと申します」
巫女が優雅に一礼した。
「清川勇真だ」
「中井麻里よ。たぶん、私は巻き込まれたのよね。魔法陣だっけ? あれが勇真にまとわりついて――私が勇真に接触していたからそこから光る文字が伝わってきたって感じだったから」
「そのようっすね。重ね重ね申し訳ないっす」
ナイジェルが深々と頭を下げた。
「それで、なぜこんなことをしたのか聞かせてもらえるんだろうな?」
「もちろんっす。この世界では『勇者』は魔王を倒すものっす。百年ぶりに魔王が生まれたんで――勇者が選ばれたんすよ」
「勇真、魔王だって、魔王!」
わくわくとした麻里に比べて勇真は難しい顔をしていた。
「魔王というと、人の手に負えない強い魔物――という考え方であっているか?」
勇真は出された茶を一口すすった。
「そのとおりっす。勇者でなきゃどうにもならないんす~」
勇真は茶器を置いた。
「馬鹿か?」
勇真の言葉に一番動揺したのは麻里だった。
「え! 断るの! まさかそんな! 反逆勇者って一時ランキングの上位を独占してたけど――それは勇者が生体兵器だったり、最初から裏切ること前提で召喚されたりしたからで――」
「離れろ、頼むからネット小説から離れてくれ」
思いっきり脱力した勇真は頼んだ。
とりあえず、ネット小説に興味の無い勇真には分からない話だった。
「この世界にも軍隊とかはあるんだろう? その軍隊にも手に負えない『魔王』をたかが一個人でどうしろというんだ? いくらすぐれた一兵がいようと軍隊に勝るはずは無い。せいぜい名声で兵士を鼓舞できるという程度だ。たった一兵で戦況が変わると思っているのか?」
「あ、そっちなの」
「言いたいことは分かるっすよ。けど、勇者様がいないとどうにもなんないってのは、瘴気のせいなんすよ~」
「瘴気?」
「そうっす。魔物っていうのは、瘴気――または魔気っていうんすけど、なんていうか、穢れとか歪とか――そういう良くないものから生まれるんすけど、それの桁違いの保有量なのが魔王なんすよ。そんで瘴気は神気で浄化できるんすけど、魔王を浄化できる神気をまとえるのは勇者だけなんすよ」
魔王というのは巨大な瘴気の器であり、それに対抗できるのが神気の巨大な器である『勇者』なのだそうだ。それなら勇者にこだわるのも少しは分かる。
「そりゃあ、そこそこの神気なら素質のあるものが努力すりゃあ纏えるっすよ。けど勇者は桁違いの神気を纏えるんすよ」
麻里が少し考えた後口を開いた。
「神気ってもろに神様に関係ありそうね。つまり神様が勇者を通して浄化の力を地上に送ってるって感じなのかしら」
「その通りっす。なので勇者は神の使い――神の愛子なんす」
ナイジェルがわが意を得たとばかりにまくし立てた。
「勇者として認められれば各国はすぐに兵を貸してくれるっす。勇者を粗末に扱えば罰が当たるっすからね。腕に覚えのあるものはすぐにはせ参じるはずっすよ。兵力ならすぐに調達できるっす」
だから魔王討伐に出かけてくれといわんばかりのナイジェルに勇真は渋い顔をしたままだった。
「勇真、嫌なの?」
「嫌というより――無理。言ってはなんだが、俺は平和ボケした日本人だぞ。よりによってなんだってそんなもんを召喚したんだ? この世界に勇者の素質を持つものはいなかったのか?」
「平和ボケってなんすか?」
きょとんとしたナイジェルにどういえば分かりやすいか勇真は考えた。
「我々の世界はたぶんここより物質文明が発達している。その恩恵に与っている俺はたぶん、かなり無力だ」
「無力って勇真強いじゃない?」
麻里が言うのは剣の腕のことだろうが、勇真がいう“強さ”とは別物だ。勇真はおそらく自分がこの世界では“弱い”方だろうと予測できた。
「……麻里、お前生きた鶏を絞めて料理できるか?」
麻里が一瞬で青ざめた。もう一度勇真はたずねた。具体的に――
「生きている鶏を、首を落として殺して血抜きし、羽を毟って解体して料理できるか?」
「無理、無理、無理! それ、絶対無理だから!」
ブンブンと勢いよく麻里が首を振った。逆にナイジェルがきょとんとした顔をした。
「なんでそんな簡単な事ができないんすか? そちらのお嬢さんは貴族かなにかで?」
「か、簡単って、ナイジェルさん、殺すとか羽毟るとか、解体するとかって、無理! そんな恐いことできない!」
麻里は涙目で訴えた。
「恐いって、なにが? 誰でもやっていることっすよ」
ナイジェルは訳が分からないという顔をしていた。
「こういうことだ。我々の世界――というより日本という国がというべきか――治安がよくてな、一般人は暴力とは程遠い生活を送っている。生活も豊かで、もう調理するだけの肉や魚が売られているから、生き物の『命を奪う』ことはめったに無い。我々は殺すことに慣れていないんだ」
「……えっと家畜すら殺したことが無いんすか? 狩りとかも?」
「ない。家畜なんかは専用の業者がいる。魚なんかは釣りが趣味の人間なら一般人でもそういうこともある。後は貝なら生きたものを調理することもあるかな、ぐらいだな。そもそも狩りは今の日本じゃできるところも限られているし、そのための猟銃の所持は許可制で、未成年は普通無縁だ」
ナイジェルが目を丸くした。
「りょうじゅうってーのがなんなのか分かんないっすけど――物凄く治安のいいところの生まれで命のやり取りをしたことが無くて、家畜も殺せないってことっすか?」
「日本人は普通そうだ」
重ねて言う。
「おそらく魔物というものでも『命を奪う』こと『戦う』ことに躊躇し恐怖するだろう。そういう覚悟が俺にはない。そんな無力なものを呼び出してどうするつもりだ?」
勇真は剣術もやってはいるが、それとて現代では――武道ですら――実践的なものではなくあくまでスポーツか精神修行のようなもの。たとえば真剣で実際に斬り合えといわれても、勇真にはできそうもない。
その覚悟がない限りは自分は弱者だろうと勇真は思う。
「……そういわれても、もう選ばれてるんすよ。どうしようもないっすよ」
机に突っ伏してしくしくとナイジェルが泣いた。
「ここまで前代未聞の問題が待ち受けているって……これはあれっすかね……神様が怒っているんすかね……これも罰っすか? ……おかしいとは思っていたんすよね~、わざわざこの国に神託をよこすなんて……嫌がらせっすか?」
「…………何事も神の御心のままにですわ」
茶を用意してくれた巫女――らしき人も涙ぐんでいた。
「なにか訳ありか?」
ナイジェルが顔を上げた。
「うう、そこから話さないと訳分かんないっすよね……この世界の住人なら子供でも知っている話なんすが……この国は『神に見放された国』なんすよ」
「不吉な名だな」
「てゆーか、そんな国名ありなの?」
「勇者を粗末にすると罰当たるっていいましたよね? あれは例えじゃないんすよ。本当に勇者に危害を加えて天罰食らった国があるんす。それがここっす。本当の名すら忘れ去られ『勇者殺しの国』とさげすまれ続けた国っす」
「勇者殺し……」