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1話 オルヴァル王城

白亜の王城の大広間。

王のいない黄金の玉座の前に、王太子と一人の女性が立っている。

そしてその壇の下には、白と青の法衣に身を包んだ聖女が呆然と立ち尽くしていた。

白銀の髪を結い上げ、額には聖女の証である銀のサークレットが輝く。


「デルフィナ。君との婚約を破棄し、聖女を騙った罪で拘束させて貰う」


よく知る声が、大広間に響く。

デルフィナは何を言われたのか、一瞬理解が及ばなかった。

周りの貴族達は驚愕と好奇の目で壇上の彼らとデルフィナを交互に見ている。


「私は今まで、君のことを信じていた。君が本当の聖女なのだと」


長い蜂蜜色の髪を束ねた美青年が、青ざめた顔で悲しそうに額に手を当てる。

彼はジェラール・オルヴァル。この国の王太子であり、デルフィナの婚約者のはずだった。

今、この瞬間までは。

デルフィナは深呼吸すると、背筋を正して静かに言葉を発した。

  

「……殿下、どういうことですか?私は、聖女として女神様より力を授かっていますが」


楚々とした美貌の治癒師が、怯むようにジェラールに寄り添った。

白いヴェールで目元は隠れている。

しかし、その治癒師──ローレライ・ファーレンが、僅かな侮蔑を含んだ瞳でデルフィナを見下ろしているのが、デルフィナの位置からは伺えた。

ジェラールは、彼女を気遣うように支えながらデルフィナを睨みつける。


「しかし、君が出来るのは封印術や簡単な治癒ではないか」

「簡単……?」

「傷を治すことしか出来ないだろう。彼女は腕を失った将軍を元通りにしたんだ」


デルフィナは初めて動揺を見せた。


「そんな力……神聖魔法にはありません!聖女であったとしても、自然の摂理に逆らうことは不可能です」


その言葉に、ローレライは怯えるようにびくっと肩を震わせる。ジェラールは、ローレライの細くて白い腕に手を添えた。


「だが、私は見た。彼女の奇跡を」


赤いベルベットの垂れ幕と黄金の玉座の前で寄り添う二人は、まるで高潔な信徒のように見えた。

貴族達の視線が釘付けになる。


「殿下。私の言葉を信じて下さらないのですか」


デルフィナの声色には落胆が隠せなかった。

ジェラールの瞳孔の動きを確認する。洗脳されているようには見えない。

彼の目の奥で燃えているのは、自分に対する怒りと悲しみだ。


「信じていたよ、今まで」

「私が……国民や殿下を謀っていたと?」

「君は完璧だった。危険を顧みず、多くの者を救ったのは事実だ。いっそ人間離れしていると思っていた。しかし、君が聖女ではないただの俗物だと知って……とても悲しかった」


ジェラールは息を吐く。その瞬間の、喜びにも似た安堵の表情。

それが余計に彼女を困惑させた。


「ローレライ・ファーレン……」


デルフィナはローレライを見る。

その魔力の高さを買われ、皇国騎士団の治癒師に登用されてまだ一年ほどのはずだ。


「あなたは聖女候補ではなかったのに、どうやって女神の声を聞いたのですか?」

「それは……何故私が選ばれたのか、私にも分かりません」


ローレライが辛そうに俯くと、ジェラールが庇うように彼女の前に出る。


「町の教会でも祈りを捧げられるだろう」

「生命に干渉できるほどの力があるとすれば、それは神聖魔法ではありません」

「ローレライが邪教の魔女だとでも言うのか!?」


ジェラールが声を荒げた。

観衆に緊張が走り、固唾を飲んで彼らを見つめている。


「真の聖女の力を恐れるあまり、そのような戯言を!君が魔女なのではないか?」

「私は聖女として教会に登録されています。正式な記録を確認して下さい」

「それも大聖堂の人間を魅了していれば分からないだろう」


彼は堰を切ったように言葉を重ねる。


「君は人心を掴むのが上手かった。それは君の力ではなく、本当は何らかの邪法によるものだったのではないか」


それを聞いたデルフィナの双眸は、次第に光を失っていった。

指先から冷たくなっていく感覚。

見知ったはずの貴族達は、小声で囁き合うだけでジェラールを咎めはしない。

下を向くと、大理石の床に自分の影が落ちていた。


「……そんな荒唐無稽な主張で、婚約を破棄して私を拘束しようとなさってるのですか?」

「無実ならば、すぐに釈放される」

「不毛の地の浄化はどうするおつもりです?穀物を巡って、隣国との関係も緊迫しているというのに」


ぴくりとジェラールは口元を引きつらせる。

彼がデルフィナに一任していたといえば聞こえは良いが、政策も対処も彼女に丸投げしていた問題だ。

しかし彼はローレライに目をやると、自信を覗かせた。


「彼女と二人なら、乗り越えられるはずだ」


ジェラールの手がローレライの肩を引き寄せた。デルフィナには見せたことのない、柔らかな笑みを浮かべている。


「ローレライが新たな時代の聖女であるという事実は変わらない。そしてその力の限り、私を支えると誓ってくれた」

「……そうですか」


デルフィナは低い声で呟いた。

それをどう思ったか、ジェラールは眉を下げて声を震わせる。


「私も良き伴侶として、君を愛せると思っていたんだ……それが、まさかこんな裏切りに遭うとは」


デルフィナの声音は、ジェラールと対照的にどこまでも冷静だった。


「国王陛下はこのことをご存知なのですか」

「父は関係ない」


ジェラールはうんざりしたように溜息を吐く。


「君はいつも口を開けば父や、民のことだ。私のことを考えたことがあるのか?私は、いつも惨めな気分だった。いつだって君が見ているのは、私の地位だけだった」

「……そんな」


思いがけない言葉に、デルフィナは絶句していた。

ジェラールは形の良い眉を顰めて悲痛に声を絞り出す。


「君のような人と関わるのでは無かった。全て、間違いだった」


デルフィナはその場に立ち尽くす。

咄嗟に反論が出てこない。

その隙に、ジェラールは衛兵に向かって手を挙げた。


「魔女を捕らえよ!」

「!!」


衛兵が一斉に動く。

その瞬間、デルフィナは叫んでいた。


「女神の御名に於て、風よ来たれ!」


デルフィナがローブの腰に差していた杖を掲げる。

彼女を中心に旋風が巻き起こる。

貴族の悲鳴が上がり、衛兵が貴族達を庇う。

デルフィナの身体が浮き上がった。

彼女が杖を振るうと、大きな音を立てて嵌め殺しの窓ガラスが割れ、更に悲鳴が上がる。

デルフィナは窓枠に足を掛けた。

そしてそのまま振り向くこと無く、風に乗って城を出ていった。


「追え!生きたまま捕らえろ!!」


ジェラールが怒鳴ると、衛兵達が軍靴を鳴らして彼女を追った。

窓から夜風が吹き付ける中、参列していた貴族達の悲鳴や困惑の声がいつまでも続いている。

ローレライはジェラールに縋りながら、デルフィナが出ていった窓を見つめていた。




「はぁ……」


国境の大森林まで逃げた所で、デルフィナは息を整える。

山一つを覆う広大な森には夜の帳が降り、白い法衣だけが闇に浮かび上がっていた。

梟の鳴き声と虫の羽音に混じって、彼女の靴が地面を擦る。


「陛下と教会が動いてくれるといいのですが……」


ジェラールの軽蔑した瞳が脳裏を過ぎる。

足を止めると、デルフィナは鼓動が速いままの胸を押さえて息を吐く。


「……もう追手が」


どこからか馬の蹄が地面を蹴る音が響いてくる。

それに気付いて耳を澄ませた瞬間。

一本の矢が風を切って、デルフィナの顔の横を通っていった。


「っ!」


後ろを見ずに走る。


「風よ!」


長い法衣の裾がもつれそうになり、足元を浮かせて森の深部へと進む。

馬の走れない所まで行けば撒ける。

そう思っていた。

しかし、辿り着いた先には夜空が広がっていた。

足元には底の見えない絶壁。

一瞬の躊躇い。

そこに矢が放たれる。


「痛っ……!」


矢が腕を掠めて杖を取り落とした。

闇の中へ消える杖の後を追うように、デルフィナの身体が崖下へ投げ出される。


「光の障壁よ!」


デルフィナの声に呼応して、銀のサークレットが光った。

白い鎖が身体を包む。

攻撃から身を守る防護壁だが、どれほど落下の衝撃に耐えられるかは分からない。

偽の聖女。

その言葉が頭の中で反響している。

彼女は歯を食いしばりながら、底の見えない闇夜へと落ちていった。


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