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88.ウガルルムの弱点

 ギィンッ、ギインッ!!ガン、ガガン!!


 激しい剣戟が再開してから、すでに十分。


 アリスの大剣は幾度となくウガルルムの強靭な肉体を切り裂くが、怪人の生命力を大きく削るには至らない。

 漏れ出す光の粒子も僅かだ。

 そうした小さい傷もたちまち癒えていく。


 やはり頭部と胸部に弱点(コア)があるのは間違っていなさそうだが、こちらの狙いもすでに見透かされていた。


 漆黒の獣戦士はもはや自身の核への攻撃のみを警戒し、それ以外の部位へのフェイントも斬撃も完全に無視するようになった。


 驚異的な再生力を持つウガルルムならではの戦法と言えるが、この戦闘中にアリスの攻撃力と自分の回復速度、さらにはアリスの体力や魔力の消耗まで正確に見抜いている節があり、まさに歴戦の戦士を相手にしているようだ。


 一方で打ち出す火炎魔法が、軒並み風に弾かれるのも相変わらず。


 戦況はほとんど変わっていない。


 いや、アリスの小さな身体に細かい裂傷が刻まれ、さらに体力・魔力共にどんどん消費していることを鑑みれば、戦況は悪化の一途と言えるか。


 ウガルルムの生命力を削る前に、アリスのほうが明らかに消耗してきている。


 だが、幾度となく繰り返してきた攻防で、一つ気づいたこともある。


「《小火弾(ファイアビット)》!」


 アリスの指先から打ち出されたのは、直径五センチにも満たない小さな炎の弾丸。


 詠唱なしで魔力消費もごくわずか。


 しかも速射性に優れた攻撃魔法だが、肝心の攻撃力はゴブリンさえも五、六発は撃ち込まないと斃せないくらいかなり控えめだ——というか、はっきり言えば、実戦で使われることは滅多にない、初級魔法。


 ビュワッ!!


 その小さな炎の弾丸を、ウガルルムは一つ一つ丁寧に風で処理していく。


「《火炎(ファイア)》!」


 風で小火弾を弾きながら迫ってくる狼戦士と自分の中間地点に、アリスは魔法の炎を召喚。


 先ほどの《小火弾(ファイアビット)》よりもさらに攻撃力の劣る、ただの『火』。

 全ての火炎魔法の基礎(ベース)となる、もはや攻撃魔法ですらない純然たる自然界の炎。


「グルアアッ!!」


 ビュワッ!!


 わずかに苛立たし気な咆哮とともに、ウガルルムは自身と小柄な騎士との間に生じた炎の壁を、暴風でかき消す。


(『火』が弱点なのは……確定!)


 脅威的な再生力を持つトロールを斃す方法は『陽光』『脳破壊』、それともう一つ——魔法だ。

 特に広範囲の皮膚を焼けば、再生には時間がかかる。


 そう言えばウガルルムは、剣での攻撃には無頓着で、強力な再生力にかまけて防御もおざなりだった。


 にもかかわらず、火炎魔法は一度も喰らっていない。


 殺傷力に乏しい《小火弾》や攻撃魔法ですらない《火炎》でさえ、全て風を操って防いでいる。


 魔法全般がそこそこ効くのかもしれないけれど、少なくとも先ほど放った魔力の塊——《光弾(エナジーボルト)》は大したダメージになっていない一方で、純然たる自然界の炎も忌避したところを見ると、特に『火』が有効なのは間違いなさそうだ。


「正解。この子の弱点は『火』よ」


 アリスの表情からその思考を読んだのか、絶妙なタイミングで、モニカがアリスの推察を肯定する。


 その声で、アリスは自分がいつの間にかリンク中央付近にいることに気づく。


「それから頭と胸への攻撃が有効なのも間違ってないわ。メインの核は心臓部だけど、知覚機能や思考機能を司るもう一つの核が頭部にあるの。どちらか片方でも破壊できれば、ウガルルムは肉体を維持できずに強制送還されるわ」


 モニカが話す間、ウガルルムは軽やかに跳んでアリスと距離を置き、その後こちらを見据えたまま、微動だにしない。主の会話の邪魔をしないように、不動かつ無言。


「……わざわざ弱点を話してしまって良いんですか?」


「問題ないわ。どちらにしろ、あなたももう気づいていたでしょ?私は答え合わせをしただけ。……それに、知ったところで簡単にできるものではないわ」


「う……ごもっとも」


「見たところ、持久戦ではあなたのほうが先に限界が来る。だから、今のあなたがこの子に勝つには、どうにかして火の魔法をぶつけるか、二つある核のどちらかを砕くか。このどちらかになるわね」


 そう言った後で、ふと、モニカは思い出したように続ける。


「あ、私を倒してもあなたの勝ちだから、正確には三つね。……最後のは、あまりお勧めはしないのだけれど、どうする?」


「……とりあえず、最後のはパスで!」


 こちらからモニカを直接攻撃しない限り、彼女は参戦しないだろう。


 アリスの戦士としての勘をもってしても、相変わらずモニカの内に秘められた戦闘力は全く測れないが、先刻の防御魔法だけでも十分に規格外だ。


 それでなくてもウガルルム一体に敗けそうなのに、わざわざ二対一に持ち込む意味はない。


 真顔で答えるアリスに「賢明な判断ね」とくすっと笑ってから、モニカは、


「それじゃ、おしゃべりはこの辺にして。お客さんからブーイングが上がる前に、そろそろ再開しましょうか」


「グルァァアアアッ!!」


 その言葉を待っていたかのように、ウガルルムが獣のようにアリスに飛びかかった。


 ギィンッ!!


 同時に繰り出された四本の曲刀を、クレイモアで正面から受け止める。

 観客席から湧き上がる歓声。


「分かっていると思うけれど、今までと同じじゃジリ貧よ?それにいくら『火』が弱点といっても、さっきの豆鉄砲じゃあダメ。できれば高位、せめて中位魔法は必須だからね。——さあ、頑張って!」


「——なかなか!ハードなことを!言いますね!」


 何故だか楽しそうなモニカのすぐそばで、アリスは漆黒の獣戦士と激しい戦闘を繰り広げながら叫ぶ。


(……確かに、中位でも倒しきるには最低でも四、五発は必要っぽいな)


 四本の三日月刀(シミター)大剣(クレイモア)一本でいなしながら、合間合間で《小火弾(ファイアビット)》を撃ち込む。


 モニカに『豆鉄砲』と揶揄されたその初級魔法は、しかしその速射性と連射性能から、それなりの効果を発揮していた。


 今まで全ての火炎を身に纏う暴風ではじき返していたウガルルムも、執拗に連射される小火弾を迎撃しきれず、その身に何発か被弾。

 確かにダメージは微々たるものだが、受傷部位から立ち上る光の粒子の量から、アリスはおおよその効果測定を完了していた。



 彼の計算が正しければ——



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