86.そういう訳だから、ね?
「モ、モニカさん……?」
全くの想定外に正直うろたえたアリスだったが、よく考えてみたら、ルール上はこれもありだと気づく。
そもそも実戦なら、強力な召喚獣を操る敵と遭遇した場合、その召喚者を真っ先に排除するのはセオリーだ。
まあ、今回に限っては、全然、狙い通りではなかったけれど。
——だが。
凄まじい勢いで燃え上がっていた紅の火炎が、ゆっくりとその勢いを失っていく。
「!!」
そして、その炎の消えた先には。
『おおおっとぉ——!!??な、なななんとぉぉおお!無傷!モニカは無傷だぁ!!?』
青い髪、黒いドレス。
モニカが、炎に包まれる直前と何一つ変わらない姿でそこにいた。
その美しい髪にも、ロングドレスにすら汚れ一つない。
彼女の周りには、薄っすらとガラスのような透明な球体。
『肌も髪も服も!何一つ!何一つ乱れていないぞぉぉ!』
「……ちょっとくらい洋服が焼けていたほうが、セクシーだったかしらね」
モニカはそう言って肩を竦め、悪戯っぽく小さな舌を出した。
「魔法障壁……!」
そもそも音速を超えて射出された巨大な火球。
しかもそれがウガルルムによって軌道を逸らされ、モニカを襲ったのは全くの偶然——言うなればただの事故だ。
アリスの魔力の高まりを正確に感知して、詠唱中から結界を展開したのならまだ分かるが、それはあり得ない。
とすれば、あのごくごく短時間——もはや『刹那』というのが正しいか——であれだけ強固な障壁を造り出すとは。
(本当に何者だろう、この人……。防御魔法だけなら、ルシア隊長より間違いなく上……いや、下手したらランフィス様クラス……!?)
半ば呆然とするアリスの顔を見て、モニカは妖艶に微笑む。
「そういう訳だから、ね?もちろん私を倒してもいいのだけれど。たぶん、あの子を負かす方がまだ現実的だと、助言しておくわね」
「よ、良く分かりました……」
アリスは苦笑いで答えるのが精いっぱいだった。
とりあえずモニカは、少なくともウガルルムがやられるまで、自分が戦う気はないらしい。
アリスもまずは、聖霊との戦いだけに専念することにする。
そもそもこの聖霊自体、自分よりはるかに強い。
はっきり言ってこのまま勝てるとは思えない。
(でも、だからこそ)
絶好の機会だと思った。
自分より強い。でも全く手の届かないほどではない。
実戦では、こんな都合の良い経験はそうそう積めるものではない。
自分より弱い敵を倒して勝利を積み重ねていく。
運悪く自分より強い敵と相まみえれば、そこで終わりだ。
待つのは純然たる死のみ。
経験もへったくれもあったものではない。
「グルルルルルッ!!」
アリスの集中が完全に自分のみに向いたのを察知してか、ウガルルムは低い唸り声を放つ。
まるでそれを歓迎しているかのように。
そして神獣は地を蹴った。
「!」
それを見たアリスも石畳を蹴り、正面から狼戦士へ突撃する。
そしてまた、激しい剣戟が鳴り響く。




